2年前、私は脚に副木をして、米英軍によるイラク攻撃のニュースを聞いていました。その1週間ほど前に、戦争が始まったらどうしようと思いながら地下道の階段を下りていて、足首をひねってしまったのです。報道によれば、アメリカでは好戦ムード一色だということでしたが、ラムズフェルド国防長官の「ピンポイントで攻撃すれば容易に片がつく」などという話は、子どもでも空想世界のたわごととわかるようなばかばかしさで、こんな話に乗せられて本当にアメリカの人たちが開戦を支持しているのだろうかと半信半疑のところもありました。
去年の今頃は、自衛隊のイラク派遣が決まってからいてもたってもいられずに書き始めた小説(もどき)をやっと書き終えたところでした。戦争への動きに抗して自分にできることがあるとすれば、これだけだと思っていました。
けれども、それも日の目を見ることなく終わり、今年は、ブログに載せる日記を書きながら、今日を迎えています。
一昨日、辺野古のニュースを転載しながら、初めて辺野古のことを知ったときのことを思い出していました。どうしてこんなひどいことが起きているのに、テレビで一向に流されないのかと激しい怒りを感じていた自分を、です。東京の学校で起きている出来事についても同じです。権力によるこれほどあからさまな思想弾圧は、新聞の一面に大きく出て、ニュース番組でいっせいに報じられるべきことです。それなのに、テレビも新聞もまったく静かで、インターネットで情報を得ることができなければ、私はこのことを知らずにいたでしょう。ニュースを見ても新聞を見ても、一体メディアはどうなっているのかとはらわたが煮えくり返るようでした。
けれども、一昨日、辺野古のニュースを転載していたとき、私の中にあのときと同じ激しさはありませんでした。私は「慣れて」しまったのだろうか、麻痺してしまったのだろうかと自問しました。
確かに私は、「慣れて」しまっています。こういう事件がテレビにも新聞にも出ない現実を「受け入れて」しまっています。でも、麻痺はしていません。だから、自分が伝えなければならないと思っています。
大昔から、人間は戦争をしてきました。人殺しは悪だと知ってからも、戦争は別格でした。戦争もやっぱり悪いと知ってからも、起き続けています。いつも戦争を望むのは一部の権力者で、苦しんで死ななければならないのは、戦争を望まない無名の弱い人々です。戦争をなくすには、権力に歯止めをかける以外にありませんが、法律を作るのはいつも権力の側なので、自分に都合の悪い法律は決して作られません。ですから、私たちの9条の大切さがいよいよ身に沁みます。
私たちの国が平和への信念を守りぬくことができるかどうか、今年は正念場です。地道に自分にできることを続けていこうと思います。
昔読んだ本の中から、いくつかの言葉をご紹介させてください。時代は違っても、人の思いは同じだと教えてくれます。
「俺たちはまず何よりも人間であればいいわけだ。たとえば、君と俺と今こうやってむかいあって座っているが、これはつまり、ひとりの人間ともうひとりの人間がむかいあっているんで、ロシアの囚人と日本の俘虜がむきあってるんじゃない。そんな区別は、馬鹿や狂人のつくったたわごとさ。
俺の考えでは、世界で何人かの男がとんでもない大間違いをしでかした。そのまちがいのおかげで、俺はヨーロッパへ行って働き、君はシベリアで働くというような馬鹿げたことになった。この何人かの阿呆のほかには、世界じゅう誰ひとりこんな馬鹿げた結果を望みはしなかったんだよ」
第二次世界大戦中ソ連に抑留されたポーランド人ベーチャの言葉
『極光のかげに』高杉一郎 (冨山房百科文庫)
「だから戦争は呪われてあれ、
武器のいとなみは呪われてあれ。
賢者は、戦争の妄想などと
なんのかかわりももちはせぬ。
私は賢者ではないし、昔日のリ・タイ・ぺも、恐らく賢者ではなかったでしょう。それでも私は、今こそ、人間がくだらぬものではないことをふたたび考えるべき時だ、という考えに賛成です」
ドイツの彫刻家 エルンスト・バルラハの手紙(1918年)の一節
(4行詩は中国の李太白のものです)
『人間を彫る人生 エルンスト・バルラハの人と芸術』宮下啓三 (国際文化出版社)
「いいえ、奥様、兵隊なんて誰の役に立つものですか!全く、人民こそ可哀そうなものですよ。こっちは、せっかく飼ってやってるのに、何を習うかといえば、人殺しばかりですもの!それは、わたしは、何の教育もない古い女かもしれませんけれど、大の男が、朝から晩まで、汗水たらして、足踏みの稽古なんかやっているのを見れば、いくらなんだって、考えまさあねえ。──世の中には、人様のお役に立つために、いろいろ発見なされる人々もあるのに、一方には、人様の迷惑になるために、自分で勝手に苦労している人々があるなんて、それでいいものでしょうか!考えてもみてください。相手がプロシア人でしょうが、イギリス人でしょうが、ポーランド人でしょうが、フランス人でしょうが、人を殺していいなんて、とんでもないことじゃありませんか?
──自分に害を与えたやつに仕返しをすれば、それはいけないということになって、罪になる。ところが、兎射ちにでも行った気分で、わたし共の息子を片っ端から殺す分には、それはいいということになって、いちばん殺した奴は勲章がもらえる。どうです、そんな法があるものでしょうか。わたしには、ここのところが、さっぱりわかりません!」
(普仏戦争を題材にした『脂肪の塊』より)
『脂肪の塊・テリエ館』モーパッサン 青柳瑞穂訳 (新潮文庫)
「盗み、不倫、子殺し、父殺し、すべては徳行のうちに地位を占めたことがある。ある男が水の向こう側に住んでおり、彼の主君が私の主君と争っているという理由で、私は彼とは少しも争ってはいないのに、彼に私を殺す権利があるということほど滑稽なことがあろうか。」
『パンセ』パスカル 前田陽一・由木康訳 (中公文庫)
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今日は世界じゅうで色々な催しが行われるようです。
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