福山空襲死没者名簿では、川口町でI村さんを含む2名の名前が記載されている。町内で焼失したのは15戸25棟。爆撃機の編隊は南西の方から来て、入り江の方向に飛んでいった。主にエンコ川より北側、一部多治米町境の三丁目14を含む。三丁目11の殆どと、10の南半分、更に二丁目11で一軒を焼失した。
エンコ川南側のIさん宅では裏の軒庇に穴が開き、柱に火がついた。近所中の人が集まって消火してくれたと仰っていた。
エンコ川の北側が炎上-東川口町三丁目

I村さんは逃げようといわれても家から出ず、そのままご先祖の位牌の前に布団を被って座った姿でなくなられていたそうだ。畑仕事のおばあさんが、ここは昭和22年に嫁に来た所で昔のことはよう知らんと言いながら、そんなことをぽつりぽつり語り、I村さん宅が見えるところまで出て、小声で教えてくれた。
被災地の周辺で訊ねるには訳がある。焼失した所に元の人が住んでいるとは限らないし、お宅は戦災に遭いましたかとは聞きにくい。被災地区のぎりぎり境界で、古くからあったらしい広い屋敷か寺院などで訊ねるが、大抵代が替わって当時のことは分からない。で、近所の古くから住んでいる人で事情に詳しく、焼失しなかった家を紹介してもらう。そこでなら遠慮なくどこからどこまで焼けたのか聞くことが出来た。〆(..)para1002n(ぱら仙人)


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