昨日の奈良津町一丁目と北見台の間を通る坂道を通称吉津坂という。国道313号線が通るまではメイン道路だった。その吉津坂の麓(ふもと)、北吉津町五丁目1の四辻の空き地に石の道標が建っている。従是北石州道(これよりきたへせきしふみち)と書いてある。
官道
藪路大峠(やぶろのおおたお)を越えて、横尾で東に折れると、神辺宿(かんなべ)を経て、井原、岡山方面の旧山陽道に連なる。下りは横尾からそのまままっすぐ高屋川(石橋が架かっていた)を渡って西に折れるのが参勤交代道(官道=旧山陽道)で、芦田川の大渡橋を渡って、山手の西土手を下り、尾道、広島方面に通じる。西国の参勤交代道は大きく福山城下を迂回していて、旅人が街中を通行することはなかった。芦田川の橋は大渡橋が一本だけで、山手に臨時の板橋が架けられることはあったが、普段は取り外されて通行できなかった。

福山城が築かれるまでは、備後の中心は神辺城で、神辺から大渡橋を通って、芦田川の土手を山手まで下り、山裾を迂回して、海岸を避け、松永の山側から、尾道に出た。旧山陽道がそういうルートだったのだ。
石州道
城下から吉津坂(よしづ)、大峠(おおたお)を越えて横尾に出て、そのまままっすぐ府中方面に行くと、石見銀山に通じる商業道路で、このルートを石州街道と呼んだ。「これよりきたへせきしふみち」とはそういうことだ。
神辺道
福山城下から旧山陽道に出るには、実はもう1本山道がある。吉津の道標から東に750m程行った北消防署の東側の道が千田町二丁目の丸池まで続いて、沼地を避けるために大きく東に千塚池まで迂回し、山裾の足場のいいところを千田の蓮池まで戻って、参勤交代道(官道=旧山陽道)に合流した。このルートが京、大坂に通じることから、道標には、「従是東京大坂道」と書いてある。勿論東京ではなく、「これよりひがしへ、きやうおほざかみち」と読む。東の福山道で通称神辺道と呼ばれた。
(昔、旧山陽道を西宮から下関まで何度も行ったり來たり、旧道を踏査したことがあったので、自慢げに横道にそれてしまいました)〆(..)para1002n(ぱら仙人)


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