奈良津の変電所(広島県福山市)から北東に直線距離で150mほど離れた三丁目が数回の波状攻撃を受けている。本庄や木之庄では一度投弾しながらさっと通った跡が幅90m、飛行距離300〜400mだった。その形状と比べると、奈良津町三丁目の焼失跡は少なくとも、東西に2回、南北に1回、計3回は攻撃を受けたと思われる。
奈良津町三丁目

この道路から右(東)は山際まで30軒が全滅しました。

道路の反対側(西)のこのお宅だけが残った。
どうしてここがこんなに執拗に攻撃されたのだろうか。北に抜ける重要な道路を遮断するだけでは、こんなにしつこく襲う必要はないのではとも思う。福山空襲の記録の手記には、軍需物資の貯蔵所があると見られていたのではないかとも。ここで接骨院をしているHさんは「ドラム缶に入れた油が貯蔵されていたと聞いたことがある」と語った。〆(..)para1002n(ぱら仙人)


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