福塩線の前身、両備軽便鉄道が敷設されていた(広島県福山市)北吉津町四丁目、奈良津町一丁目の線路跡は田圃だった。しかも戦前の話で、昭和10年には廃線になっている。同じ町内で生まれ育った人でも、線路跡の真上に戦前から住んでいた人はいない。証言を本に住宅地図上に仮に引いた線上のお宅を一軒一軒訪ねた。
両備軽便鉄道跡-北吉津町四丁目12付近

H野さん宅の向かいのアパートの間を通ると草原の空き地です。写真の左が北。正面はK田さん宅。

神辺街道(現旭通り)側から見たところです。街道からは遠い(37.5m)ので、広角では小さすぎるし、アップは縮まって距離感が出ないので、先回りしてK田さん宅の隣の駐車場から斜めに撮影しました。写真の左奥がK田さん宅。鉄道は右のアパートから空き地を通って、K田さん宅の中を通っています。緑の線はブロック塀の後ろ、破線は家の中という意味で空中に浮かして引いています。

S野さん宅から37m進んだ次の路地です。通り(写真奥突き当たり)から37.5m、T野さん宅の角に水路を渡る鉄橋の石垣が残っていたそうです(近所の方談)。

K田さん宅から東を向いた様子です。写真右がT野さん宅、I井さんの門柱(中央)があって、更に隣(写真左)がS本さん宅。I井さん宅はT野さん宅の奥(東)で、門柱だけが表の水路脇にあります。したがって、鉄道は、T野さん宅の角から、一軒北隣のS本さん宅を通って裏(東)に抜けています。〆(..)para1002n(ぱら仙人)


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