○「貧困化する社会」の特徴
これまでこのカモブログ
「貧困化する社会」シリーズでは、
@日本社会が貧困化するなかで、それまでは当たり前だった「働けば食べていけるし、所帯を持って家族を養える」という
中間層の概念が崩壊したこと、それどころか、
A不況で働く場所を追われたら、とたんに路頭に迷い、しかも公的機関がそうした人たちを救わずに
追い出す社会になってしまったこと、
B二極化と競争化の社会の中で、こういうときこそ助け合うべき
私たちのつながりそのものも薄れてしまったこと、
C私たちが競争でバラバラにされる中で、
飛び交う大量の情報が解析・共有されず、ただ大勢に流されてしまうだけで、先行きの見えない
暗い時代になってしまったこと、など述べてきた。
こう見てくると、
貧困化する社会は、人間の生きる条件そのものを圧縮しているようである。
自殺者が11年連続で3万人を超えているのも、こうした生きる条件が掘り崩されているがゆえに、一筋縄ではいかない深刻な問題になっていることを伺わせる。
○政治の役割
私たちは、経済が混迷し、破綻し、先行きが見えなくなっているこういうときこそ、経済を調整し、人々のつながりを再生し、生きる条件そのものを再構築するために、全体の奉仕者であるはずの
政治の力に頼らざるを得なくなる。
しかし、私たちが選挙で選び、議会に送り出しているはずの政治的な「力」は、貧困化する社会を食い止めるどころか、ますます拡大させるための機能を発揮させている。
どういうことか。
○貧弱な国保制度の実態から
例えば、既に崩壊している「国民皆保険」の制度的保障である国民健康保険制度の実態を見ると、この事態は明らかだ。
しんぶん赤旗の特集記事
「国保受難の時代」(6月17日付〜19日付)を読むと、この制度の深刻な崩壊ぶりを伺うことができる。
加賀谷さん(44)は、大手ゼネコンの孫受けとして、埼玉県内で鉄筋業を営み、8人の従業員を雇いながら、妻と3人の子どもと暮らしている。
ここ5年くらいの年収は300万円程度で、家計は火の車。毎月複数のクレジット会社から借金をして従業員への給料を支払っている。
そんな中でも、容赦なく税金が課され、特に
年収の1割以上を占める国民健康保険の保険税は支払いが遅れている。
毎年、分割で少しずつ国保税を支払い、ようやく今年は2002年度分を支払い終えたものの、滞納額は230万円に上った。
昨年、とうとう有効期限のある短期保険証しか使えなくなり、市役所からは「納付期限を一度でも超えたら短期保険証の返還も求める」といわれている。
しかも、保険証を持っていても、安心して医者にかかれるかというとそういうわけではなく、背中に原因不明の痛みがあっても精密検査を受けるお金がなく、
病気になっても3割の自己負担が重く、まともな治療も受けられない、という。
こうした大変な状況を市の窓口に相談に行っても、市職員は「廃業してどこかに勤めたら」など、とんでもないことを言ったそうである。20年以上鉄筋業一筋でやってきて、今更どうしろというのか・・・。
○34万世帯近い資格証明書発行世帯、受診は通常の53分の1!
国保税の滞納世帯は、2008年6月1日時点で加入世帯の20.9%にのぼる約453万世帯。
保険料の滞納を理由に
保険証を取り上げられ資格証明書を発行された世帯は、33万8850世帯。
短期保険証の発行は約124万2000世帯にのぼり、資格証明書と合わせると全世帯の7.3%(前年比1.4ポイント増)が正規の保険証を取り上げられている。
※
資格証明書を交付された人は、医療機関で、かかった医療費の全額をいったん払わなければならないため、通常の保険証を使っている人に比べ、受診率は大幅に減少する。
全国保険医団体連合会の調査によると、
一般の53分の1まで減ってしまうそうである。
つまり、残り53分の52の人は、医者にかかりたくてもかかることのできない人であり、「金の切れ目が命の切れ目」という社会のあり方は、現実のものになっている。
○制度を悪化させた国
国は、こうした医者にもろくにかかれない人たちを大量に生み出し、格差と貧困の社会を深化させるべく、
2002年度より社会保障費の伸びを毎年2200億円削減する方針を続けてきた。
高齢社会が進むにつれて、社会保障費が伸びるのは当然のことであるが、政府は、こうした高齢社会に対応すべく制度を充実させる、という責任を放棄し、逆に医療費の自己負担割合の引き上げ、診療報酬の引き下げ、障害者自立支援法の施行、後期高齢者医療制度の導入など、続々と制度を貧弱なものに仕立て上げてきた。
更に、社会保障を支えるための財源として、政府は国と事業主の負担を減らし、自治体と家計に負担を転嫁することを一貫して行っている。
(「医療危機について」参照)
支出はケチって、収入は家計への負担を求める・・・このことが格差を広げ、貧困世帯をますます貧困の底へ落とし込んでいる大きな要因となっているといっていいだろう。
政府は、国民の批判が集中したため、来年度の1年だけはこの2200億円の抑制政策を撤回したが、その後の社会保障の抑制政策は変わっていない(「骨太の方針09」)。
○更に危険な流れ〜国保「広域化」
国が社会保障への責任を放棄し、国保への負担である補助金を減らしていく中で、地方自治体は国保への負担を一般財源から投入せざるを得なくなっている。
そんな中、新たな「突破口」を求めて今、京都府と埼玉県が力を入れているのが、
「国保の広域化」という事業である。
この「国保の広域化」というのは、市町村単位で任せられている国保事業を、
府県単位で統一することによって、現在市町村で行われている
一般財源から投入する税金をなくし、その分国保加入世帯に負担を求めようというもので、つまりはまたもや家計への負担の転嫁である。
各市町村長は、いずれも一般財源からの国保への財源投入を放棄したいようで、ほとんどどの首長もこの「国保の広域化」には賛成のようである。
しかし、この「国保の広域化」が実現すれば、国に続き、自治体までもが社会保障への責任放棄をすることを意味する。
○「広域化」が格差を広げ、更なる貧困層をつくりだす
加入世帯に求める保険料は拡大し、しかも、たくさんの資産や収入のある世帯への最高保険料である上限(法律によって年69万と固定・自治体によってこれより少ないところもある)は動かすことはできないので、
圧倒的多数の一般所得・低所得者に相当の負担増がかぶさるというのは目に見えている。
つまり、
自治体が率先して格差の拡大と貧困層の増大を作り出す、という罪深い政治が行われることになるのである。
私は埼玉県に住んでいるので、あの上田清司とかいう知事が、自公民オール与党の支援で知事になったこともよく知っているし、厚顔にも「国民の生活が第一」などとのたまう民主党出身だということも知っている。一体この政策は何なのか。
国に続けとばかりに、自治体までもが民を棄てる=棄民政策を実行する。
時には国民の批判に合い、選挙前には一部修正もするが、結局行き着く先は私たちの生きる条件の縮減そのものである。
○何を言っているのか、ではなく、何をやっているのか
民主主義の政治とは、本来経済の荒波をコントロールし、国民の生活を守り、税金を格差の縮小に向かうように、再配分することを託されているはずである。
しかし、現在行われているのはこれとは正反対の、生活破壊の動きしか見えてこない。
問題は、彼らが何を言っているのか、ではなく、何をやっているのか、何をやるつもりなのか、ということである。
こんな貧困拡大をすすめるような政治は、もう終わりにしなければならない。
※この資格証明書発行を自治体に義務付けたのは自民・旧民主・社民の各党で、2000年より実施されている。
しかし、このあまりにも酷い現状に、せめて中学生以下の子どもには有効期限の短い短期保険証だけでも、ということで、現在中学生以下の子どもに4月から短期保険証が発行されているが、根本的な問題は、生活困窮世帯をこの制度から締め出す、制度のあり方そのものにある。

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