○小林多喜二「蟹工船」
「おい地獄さえくんだで!」
小林多喜二「蟹工船」の有名な書き出しがある。
蟹工船という蟹缶詰を作る工場船で、蟹の漁に缶詰作業に、労働者は奴隷のように酷使され、作業の手を緩めたら暴行を受け、不衛生なタコ部屋にボロ雑巾の如く押し込まれる・・・果ては死人まで出る。
蟹工船で描かれる労働は、まさに「地獄」そのものである。
蟹工船に雇われる労働者は、各地から集められたてんでんバラバラな人たちだ。季節労働で北海道の開拓民から流れた者、食い詰めた渡り者、正直な百姓・・・そうして集められた人たちが、工場船で奴隷労働に従事する・・・。
ここまで紹介して、次に現代に目を移してみる。
○現代の「派遣労働」の一コマ
現代にも、各地から労働者を集めて一時的に工場で労働をさせるという形態は普通に行われている。しかし、さすがに暴力が横行したり、死人までが出ることは普通はない。
現代で行われるのは派遣労働という形が一般的である。
今度は湯浅誠「反貧困」(岩波新書)に描かれた工場派遣労働の一コマを紹介する。
製造業請負最大手のN総業から長野の自動車部品工場に送り込まれる。
残業は毎日4時間以上、寮費は二人用個室で7万円かかり、手取りは月15万・・・
工場内作業員の大半は派遣・請負労働で主力を担う。
社内には序列があり、正社員>パート>派遣となっており、派遣には休憩すらなかった。正社員はラインには加わらず、管理をするのが任務・・・ 仕事は3ヵ月で期間満了。更新はされず。
次の愛知の自動車工場では、残業はなかったものの、寮費を引くと、手取りは10万円を切る。そこは自分から3ヵ月でやめる・・・
総じて古株の派遣・請負労働者の士気が低く、正社員がいなくなるとサボり、新人に任せる。給料は自分たちの手に入る前に業者に半分近くピンはねされている、と感じていることが原因という。
上記の2つの派遣場所で働いた人は、派遣・請負の実態を知り、正社員になろう、と地元の会社を受けたものの、全部不採用で、結局派遣しか道はなかった。
次に働いたのが東京の武蔵村山市の工場で、コンビニ弁当を作る仕事。
仕事は深夜22時から翌朝6時までの深夜労働で、10時間労働がぶっ通しで続き、休憩も取れず。トイレにも満足にいけない仕事のため、5日間で仕事をやめる・・・
そうして、結局職を失い、バイトをしながらネットカフェ暮らしをしたものの、続かず、持病の腰痛もひどくなり、「反貧困」著者の自立生活サポートセンター・もやいに相談をして、生活保護を受けることになる。
これが、現代の派遣労働の顛末として、報告されている。
○「蟹工船」のラスト
蟹工船のラストはどうかというと、蟹工船の労働者たちは、「奴隷労働」のような言語道断な現実を前に立ち向かう。ストライキの実行である。
一度目は帝国軍艦が介入して失敗するものの、二度目には文字通り労働者全員でストライキをしたことにより、監督者は観念し、成功する。
そして、「「組織」「闘争」この始めて知った偉大な経験を担って、漁夫、歳若い雑夫らが、警察の門からいろいろの労働の層へ、それぞれ入り込んでいった」・・・
方や戦前の小説で、方や現代のルポであり、内容に大きな隔たりがあるので比較は少々乱暴であるが
、「蟹工船」の労働は「植民地における資本主義侵入史の一頁」(小林多喜二)であり、存分にその時代を映す鏡となっているのは確かである。
○「蟹工船」と現代
今、この「蟹工船」が多くの若者たちに読まれている。
「今、若者にウケる「蟹工船」 貧困に巻けぬ強さが魅力?」(アサヒ・コム)によると、「小説の労働者は、一緒に共通の敵に立ち向かえてうらやましい」という感想や、「会社の隣の席で働くのは別の派遣会社から来たライバル。私たちの世代にとっては、だれが敵かもよくわからないんです」という感想もあるという。
ここまで読み、確かに現代は、周りを見渡して「こんな働き方おかしい! 一緒に団結しよう!」と力んで呼びかけたところで、若者の冷めた視線を浴びるのは目に見えていることに気付く。
「そんなにはっきりと、誰に対して立ち向かえばいいのか」「隣の人(労働者)とろくにすら話もできないのに」という現実が聞こえてきそうだ。
そのとおりだ。現代は、生身の人間のぶつかり合いも、分かりやすい地獄のような死へ直結する労働もあるわけではない。
生き死にをかけてたたかった「蟹工船」とは前提が違う。
上記に紹介した派遣労働の働き方も含めて、ジワジワとなされる日々の労働に苦しみ、精神的に病み、自殺を図ったり、ニートになったりといったケースが増えてきて久しい。果ては社会不信に陥り、街で無差別に殺人を犯すケースすらでてきた。
無差別殺人は言わば鬱積された絶望が憤激となって「溢れた」ケースだが、その背後には将来に希望を持てず、誰とも分かり合えない「闇の底」へ落とされた多くの若者たちの姿があるはずである。
○広範囲にある「人間が壊される」労働
かく言う私も、それほど希望を持って生きているわけではないし、鬱積された怒りも溜まっている。
日々の労働に押しつぶされ、何のために生きているのか分からなくなることすらある。
職場には精神的に病んだり、体調を崩したり、そのことで職場を去ってしまう人もいて、労働によって「人間が壊される」ことが決して珍しいことではなくなってきていることを実感もしている。
「人間とはかくも弱い生き物」であるということを痛感する日々である。
ただ、こうした現実を見て、ひたすら後ろ向きになって社会不信に陥ったところで、それはおそらく生産的な解決にはならないことは判断できる。
○「生産的な解決」とは
しかし、「生産的な解決」とはなんだろうか。
竹中とかいう以前大臣をしていた者ならばこういうだろう。
「人より努力をしてキャリアアップをはかれ」
「世の中の流れを読んで、一番儲かる仕事を見つけろ」
「自分でその仕事を作り出せ」・・・
私は現状を見てこのようなことを正面切って言う人間を決して信用しない。
なぜなら、そのような個人的な解決をいくら説いたところで、この問題は構造的な問題であり、個人の解決とは別の問題であるからである。
確かに、一部のベンチャー企業の成功者など、個人的に解決できる人もたまには居ることだろう。
しかし、いくらそういう人たちの「成功談」を語って諭したところで、構造的に問題になっている派遣労働や、それだけでなく正規社員にまで深く広がっている「人間が壊される」労働の問題にはなんらの解決にもならない。
まさか、工場のラインで働いている労働者は「必要ない」と言い切ることはできないだろう。
○答えを出すのは私たち
普通の労働、たとえありふれた労働であっても、まっとうに働けば「人間らしい暮らし」の希望が持てることができない社会は正常とはいえない。
その社会を構造的に認識し、どうすれば解決になるのか・・・たとえ私たちの「団結」がすぐさまなされなくても、私たちがどうすればその解決に向かって一歩でも進むことができるのか。考えなければならないときが来ている。
その一歩は、まずは考える場を共有すること。そこから初めて、「生産的な解決」のための足がかりを得ることができるだろう。
かつて、「青年雇用大集会」をこのブログで紹介したことがある。そうした取り組みがあらゆる地域で無数に行われるようになれば、それが足がかりになると思う。
「蟹工船」(岩波文庫)の紹介にはこうある。
「(小林多喜二の作品は)地方性と党派性にもかかわらず思想評価をこえ、プロレタリア文学の古典となった。搾取と労働、組織と個人・・・歴史は未だ答えず。」
歴史は未だ答えを出していない。答えを出すのは、私たち自身である。