○今ここにある光景
数ヶ月前、大宮駅でアスベスト訴訟問題で原告訴訟団支援の駅頭宣伝をしていたときのことである。
一緒に宣伝をしている仲間が、たまたま派遣切りをされ寮を追い出された人から相談を持ちかけられたことがある。
その人は40代の男性労働者で、神奈川の工場から解雇されたため、自分が長く暮らした大宮に戻ってきたそうである。
しかし、その人は寝る場所も無く、持ち金も尽きているため、仲間が労働組合と共産党に相談を持ちかけ、何とかその人の寝場所と職を確保して事なきを得た。
普段何気なく駅頭を歩いている人でも、既にその日の寝る場所も無く、持ち金も失い、文字通り路頭に迷っている状態の人が身近にいる。これが、今ここにある光景である。
○「追い出す」社会
いろいろな相談例を聞くと、役所に相談に行っても相手にされずに追い出された、とか、仕方が無いので公園に寝ていたら警察を呼ばれて追い出された、など、
いわゆる公的な機関が貧困に陥ってしまった人たちをなんら救う手立てを持たず、また救おうともせず、ただの「邪魔者」として追い出していることが平然と行われている実態が語られている。
年末年始にテレビでも取り上げられた「派遣村」では、飛び降り自殺を試みて付近の住民に通報されて警察に保護された人をどうしていいか分からない警察官が派遣村へ連れてきたり、福祉事務所すら「派遣村に行けば何とかなる」と、相談者を派遣村に追い出したケースが報告されている。(「派遣村は何を問いかけているのか」 湯浅誠 「世界」09年3月号 )
現在の問題点は、こうした「追い出し」の異常が社会的に広範に広がりつつあるにもかかわらず、それを食い止めるための社会的な「合意」がなされていないことにある。
○自殺へ「追い出す」社会
自殺者が11年連続で3万人を超えたことが報じられている。
去年1年間に自殺した人はおよそ3万2200人。「うつ病」などの健康問題を理由に自殺した人が1万5千人。失業や就職の失敗などを理由に自殺した人も増えている。
特徴的なのは、30代の自殺者が昭和53年の統計以降で最多の4850人になったことだ。
自殺者のうち無職の人が半数余りで、特に30代は就職氷河期を経てこの大不況が追い討ちをかけている。
いわば、「人生そのものから追い出されてしまう」事態が、社会を担う世代を直撃している。
首都圏では毎日のように電車に飛び込む人がおり、すでに自殺(人身事故)で電車がストップする光景は今や日常の光景となってしまっている。
個々の自殺者がどのような思いで飛び込むのかは分からない。しかし、あえて公共交通機関で利用者の多い路線を停めることで、自らの最期の存在証明をしているのではないか。
そういう人たちが増えているということは、
いかに社会から「相手にされない」=「必要とされない」と思ってしまう人たちが増えているのか、ということを示しているのではないか。
○単なる経済不況ではない
他に相談することのできる人もいなく、経済的にも苦境に陥り、日々追い詰められて行ってしまう人たちの姿が目に浮かぶようである。
それは、現在の経済不況が単なる経済不況ではなく、
人々のつながりそのものを引き裂いてしまう、信頼関係を失わせてしまう、そういう「生きづらさ」を生み出しているのだ、ということを象徴的に示しているように思えてならない。
上記に述べた「追い出し」を食い止める社会的合意がないということは、一人一人が窮したときにも追い出されて「当然」である、ということを暗に意味している。
どうしてこのようになってしまったのか。この状態が正常な状態といえるのだろうか。
引き続き考えていく。

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