○「情報社会」に生きる
私たちは、情報社会の中で生きている。
携帯のメール機能を使えば、その時々の情報を瞬時に、場合によっては写真や動画つきで伝えることができるし、家に居ながらにして、買い物をすることも当然のようにできるようになっている。
私の仲間の一人は、休みの日などにはネットで生活用品を届けてもらい、ネットを駆使して情報を得て、家から一歩も出ないで過ごしている人もいる。電子マネーという技術も今では広く普及している。
インターネットに繋がったパソコンが一台あれば、簡単な調べものをするのに困ることは無い。ものによっては、かなり詳しいことまで調べることが可能だ。
中には「効率的な自殺の方法」だの「麻薬の取引」「爆弾の製造方法」など物騒なものまであるらしい。「出会い系サイト」にいたっては、頼んでもいない「情報」を勝手にメールで送ってくる始末だ。
しかし、これで情報社会だ、便利になったといって喜んでいられる状況にあるのかというと、単純にそうだ、ということにはならないだろう。
○「暗い顔の学生に伝えたいこと」
滝沢壮一氏(富山国際大学客員教授)の「暗い顔の学生に伝えたいこと」(「しんぶん赤旗」6月8日付)という文章にそのことを考えさせられた。
氏は、新聞記者から転進して22年、齢70を過ぎた今も非常勤の教員として、大学や短大で教壇に立っている。
氏は、教壇に立っているとき、「暗い顔をして目の前で学んでいる男女の学生たち」が、「人並みの仕事と家庭を持ち、それなりに楽しく有意義な人生を送ることができるだろうか」という疑問を持っている。
氏の経験によると、「昨年秋、私が教えていた東京のあるマンモス女子大」で、4年生の教え子が満面に笑みを浮かべて、アパレル大手に契約社員として就職が決まったことを喜んでいたという。
契約は毎年更新されるという約束で、ボーナスも正社員と同様に支払われる、というのが喜んでいた理由である。
この学生は、もう一つのアパレル産業にも正社員として内定が取れていたが、こちらは中小企業なので内定を断るつもりだったようだ。
氏は、即座に契約社員の大手はやめて、中小企業に行くように彼女に強く勧めたそうだ。
そのように言われた彼女は不満顔になったが、それからわずか1ヵ月後、その大手アパレルが学生の内定取り消しや、契約社員だけでなく正社員の解雇まで始めたことが報道された。・・・
○届かない「情報」
氏が言いたかったのは、現代社会の厳しさにあまりに無知な学生たちが多いということ。
「親指をすばやく動かすことだけは天才的」だが、全く新聞を読まないため、「働く人の3人に一人は非正社員、特に24歳以下の若者と女性の場合は、2人に1人が非正社員という現状」を多くの学生は知らない。
また、「正社員」として入社したはずなのに、いきなり「名ばかり管理職」になって過密労働を強制され、バイト以下の時間給になり、心身を病むとポイ捨てされる現状は、新聞を読まない学生たちには届いていない、という。
氏は、米国の若者たちが「チェンジ(変革)」を合言葉に掲げ、オバマ氏を選び、米国に変化が訪れていることを引き合いに出し、学生たちに「総選挙が迫った今こそ、新聞によって、まず社会・世界を知ること、そして1票を投じる−それしか苦境脱出の道はないことを説き続けたい」と結んでいる。
この文章を見ていて思ったのは、
結局、情報社会だといって「親指をすばやく動かして」喜んでいるのは、ただ便利になって喜んでいるだけの話で、その根本−自分たちにとって何が正しい情報なのかを取捨判断し、自分の頭で考えるための材料にする、ということ−が抜けていると、逆に不要な情報の洪水に流されてしまうということではないだろうか。
○飛び交う「情報」
「小泉劇場」では、「郵政民営化」是か非かを国民に突きつけ、刺客報道がマスコミを賑わし、自民党旋風が巻き起こった。
そして、今度はその自民党が格差と貧困の社会を生み出し、政権運営に行き詰ると「政権交代」で民主党旋風が起こっている。
しかし結局、これは財界の掌の上で踊っているだけのことで、彼ら「二大政党」およびその取り巻きは、この貧困化した社会については何一つ触れることはなく、上辺だけの金のバラマキや雇用保険の少々の手直し程度で問題を済まそうとしている。
結果、多くの労働者は、気がつけば不安定な「派遣社員」として会社をたらい回され、不要になったら捨てられてしまう。正社員になっても、過密労働で「うつ病」にかかって、最悪「過労自殺」するケースまで珍しいものではなくなっている。
情報が洪水のように溢れているだけでは、人間使い捨ての政治・経済が転換(チェンジ)を迫られることは今後も起こりそうもない。
○「暗い顔」のままで終わらせない情報の共有を
今時の学生たちが、社会がそのような有様をなしていることにあまりに無知だ、と氏は言うが・・・いや、
薄々と知っているからこそ、学生たちの顔が「暗い」のではないか。
彼らは、あくまでも薄々とではあるが、自分たちを取り巻く状況が益々厳しくなっていること、まるで真綿で首を絞めるかのように息苦しくなってきていることに気付いている。
しかし、それに対してどのようにして打開できるのか、知らないし、そんなことを考えもしない。
あるとすれば、大企業や官公庁の正社員として採用されれば救われる、という幻想くらいしかないだろう。またぞろ「自己責任」論である。
「暗い顔」は、何も氏の教え子である学生たちだけではない。
毎日の通勤ラッシュの電車の中でも、「暗い顔」「疲れきった顔」の人は異常なほど、多い。まるで、それがあまりにも多すぎて異常ではない、とでも言うかのように。
私たちの生きる社会全体が「暗い顔」でしかなくなってきている現在、情報をどう選び、解析し、共有し、それによってつながっていくか、ということが、こんな情報社会の荒波の中だからこそ、問われているのだと思う。
morichanさんのブログ「関係性」など、これからも「社会・世界を知る」ためのつながりを、大事にしていきたい。

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