HAPPYChristmas
皆さんおのおの楽しい時間をお過ごしですかあ?
今回も有る文章にはなるんですが載せさせていただきます。
今回この文章を載せるに当たって同僚の方や中国語の同額の方に修正復正していただき感謝しております。
有り難うございます。
文章は実話で毎年この時期になると新聞などに掲載されてる絵本にもなってる物です。
その前に私のクリスマスの思い出エピソードとしてもちろん親からのプレゼントも嬉しかったですが、
それと片思いしてた方とプレゼント交換をし一緒にふみやのコンサートへ行ったことも嬉しかったですが、
私の中の1番は、
小学校5年生の時眼の手術で入院をしました(12月8日)。
その時同部屋になった20代後半の女性の方がおられました。
その方に折り紙をおる時や何かと遊んでくれたり気にかけていただきました。
優しいお姉さんだなあって思いながら四日間がたちお姉さんは退院されていきました。
寂しかったのは覚えています。(名前も覚えています。)
それからクリスマスの日小学校5年正の私は夜8時から9時まで寝ていました。
眼をさますと枕元に永靴にお菓子が入ったサンタさんからのプレゼントがありました。
看護婦さんに聞くと四日間同じ部屋だった優しいお姉さんが持って来たことを知りました。
その時の私はお姉さんがわざわざプレゼントを持ってきてくれたことと会いたかった気持ちと嬉しさで泣いてしまってました。
ほんとにサンタさんはいるんだと思わせてくれたお姉さんに今でも会いたいです。
有り難うって伝えれてないから!
毎年クリスマスに思い出してはうるってしちゃいます。
では実話の文章をお読みくださいませー!
【サンタクロースって いるんでしょうか?】
子供の質問にこたえて
サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか?
8歳の少女の質問にこたえ、ある新聞社が、愛情をこめて、味わい深い返事をだしました。
サンタクロースって、いるんでしょうか?
そんな質問に、ぴったりと答えた人がいます。今から百年ほど前のアメリカのニューヨーク・サンという新聞に出た社説です。この本は、その社説を訳したものです。
さあ、サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか。
訳者 中村 妙子
〈一八九七年九月二十一日 ニューヨーク・サン新聞「社説」〉
ニューヨーク・サン新聞社に、このたび、次のような手紙がとどきました。さっそく、社説でとりあげて、お返事したいと思います。
この手紙の差出人が、こんなに大切な質問をするほど、私たちを信頼してくださったことを、記者一同、大変うれしくおもっております。
きしゃさま
あたしは、八つです。
あたしの友だちに、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。
パパにきいてみたら、
「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」といいました。
ですから、おねがいです。おしえてください。サンタクロースって、ほんとうに、いるんでしょうか。
バージニア=オハンロン
ニューヨーク市 西九五丁目一一五番地
バージニア、おこたえします。サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友だちは、まちがっています。
きっと、その子の心には、いまはやりの、なんでもうたがってかかる、うたぐり(・・・・)や(・)こんじ(・・・)ょ(・)う(・)といものが、しみこんでいるのでしょう。
うたぐりやは、目に見えるものしか信じません。
うたぐりやは、心のせまい人たちです。心がせまいために、よくわからないことが、たくさんあるのです。それなのに、じぶんのわからないことは、みんなうそ(・・)だときめているのです。
けれども、人間が頭で考えられることなんて、おとなのばあいでも、子どものばあいでも、もともとたいそうかぎられているものなんですよ。
わたしたちのすんでいる、このかぎりなくひろい宇宙では、人間のちえは、一ぴきの虫のように、そう、それこそ、ありのように、ちいさいのです。
そのひろく、またふかい世界をおしはかるには、世の中のことすべてをりかいし、すべてをしることのできるような、大きな、ふかいちえがひつようなのです。]
サンタクロースがいない、ですって!
サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのとおなじです。
ためしに、クリスマス・イブに、パパにたのんで たんていをやとって、ニューヨークじゅうのえんとつをみはってもらったらどうでしょうか? ひょっとすると、サンタクロースを、つかまえることができるかもしれませんよ。
しかし、たとい、えんとつからおりてくるサンタクロースのすがたがみえないとしても、それがなんのしょうこになるのです?
サンタクロースをみた人は、いません。けれども、それは、サンタクロースがいないというしょうめいにはならないのです。
この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、みえないものなのですから。
バージニア、あなたは、妖精がしばふでおどっているのを、みたことがありますか?
もちろん、ないでしょう。妖精なんて、ありもしないでたらめなんてことにはなりません。
この世の中にあるみえないもの、みることができないものが、なにからなにまで、人が頭のなかでつくりだし、そうぞうしたものだなどということは、けっしてないのです。
あかちゃんのがらがらをぶんかいして、どうして音がでるのか、なかのしくみをしらべてみることはできます。けれども、目にみえない世界をおおいかくしているまくは、どんな力のつよい人にも、いいえ、世界じゅうの力もちがよってたかっても、ひきさくことはできません。
ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、たとえようもなくうつくしく、かがやかしいものを、みせてくれるのです。
そのようにうつくしく、かがやかしいもの、それは、人間のつくったでたらめでしょうか?
いいえ、バージニア、それほどたしかな、それほどかわらないものは、この世には、ほかにないのですよ。
サンタクロースがいない、ですって?
とんでもない! うれしいことに、サンタクロースはちゃんといます。それどころか、いつまでもしなないでしょう。
一千年のちまでも、百万年のちまでも、サンタクロースは、子どもたちの心を、いまとかわらず、よろこばせてくれるでしょう。
あとがき 中村 妙子
『サンタクロースって、いるんでしょうか?』
これは、今からほぼ百年も前に、アメリカの『ニューヨーク・サン』新聞にのった社説です。いまでは古典のようになって、クリスマスの時期が近づくと、アメリカのあちこちの新聞や雑誌にくり返し掲載されるということです。
これを書いたのは、フランシス=P=チャーチ(一八三九〜一九〇六年)という同社の記者でした。この人について、当時の編集長は、回想録に「人間生活のあらゆる面について、ふかい洞察力とするどい感受性をそなえた人物だった。」と書いています。まやかしや不正をどこまでも追求する記者魂とともに、ゆたかな想像力と暖かい同情心をそなえていたようです。
ある日編集長は、チャーチに、幼い筆跡で書かれた一通の手紙をわたして、この子への返事を社説に書いてみないかといいました。八歳の子どもへの手紙を社説に? チャーチは、はじめぶつぶついいましたが、やがて机にむかって書き上げたのが、これだったのです。
バージニアのお父さんは、警察関係のコンサルタントもつとめる外科医でした。たぶん小さな娘の率直な質問にたじたじとして、「サン新聞にきいてごらん。」といったんでしょうね。
成長したバージニアは教職につき、引退する前の三年間は、ブルックリンの公立学校の副校長をつとめました。この学校は、長期にわたって入院生活を送っている子どもたちのための学校でした。
バージニアが一九七一年に八十一歳で亡くなったとき、『ニューヨーク・タイムズ』は、「サンタの友だちバージニア」という見出しで彼女に一文を捧げ、「アメリカのジャーナリズムにおいて、もっとも有名な社説が書かれるきっかけとなった、かつての少女」と記してその死をいたんでいます。
二十一世紀の今日、物質文明がめざましい発展をとげているいっぽう、東西南北どこの国も、それぞれにむずかしい問題をかかえているいま、日本の子どもたちに、またバージニアと同じにかつては確かに子どもであったおとなの方がたに、よそおいもあらためたこの本をお届けしたいと思います。

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