2009/11/7
コメディー・ルーティーン? −アマンプールの論評−
以下は、アフガニスタンのある村においてタリバン勢力を一掃しようとするアメリカ兵と村人との会話。
■アメリカ兵:「タリバンがどこにいるのか教えてほしい。」
■アフガンの村人:「私たちにはわからないな。」
■アメリカ兵:「タリバンがどこに行ったのか教えてほしい。そうしなければ、タリバン側の者として扱われることになる。」
■アフガンの村人「私たちはなにもない人間だよ、与えるものなどないよ。」
CNNの自らの番組の『アマンプール』において、クリスティアンはこの場面を報じた後、「繰り返される喜劇」、と評した。
アメリカにとっては喜劇と映るのかもしれないが、アフガニスタンの人々にとっては8年間、タリバン制圧の名のもとにアメリカ軍を中心とするNATO軍による空爆と村々の攻撃を受け続け、タリバンとまったく関係のない一般市民が傷つき倒れる日常を経験してきているのである。
アマンプールの勇気ある報道姿勢は十分に理解できる。しかし、これほどの「悲劇」があるだろうか?
■アメリカ兵:「タリバンがどこにいるのか教えてほしい。」
■アフガンの村人:「私たちにはわからないな。」
■アメリカ兵:「タリバンがどこに行ったのか教えてほしい。そうしなければ、タリバン側の者として扱われることになる。」
■アフガンの村人「私たちはなにもない人間だよ、与えるものなどないよ。」
CNNの自らの番組の『アマンプール』において、クリスティアンはこの場面を報じた後、「繰り返される喜劇」、と評した。
アメリカにとっては喜劇と映るのかもしれないが、アフガニスタンの人々にとっては8年間、タリバン制圧の名のもとにアメリカ軍を中心とするNATO軍による空爆と村々の攻撃を受け続け、タリバンとまったく関係のない一般市民が傷つき倒れる日常を経験してきているのである。
アマンプールの勇気ある報道姿勢は十分に理解できる。しかし、これほどの「悲劇」があるだろうか?
2009/11/7
戦争状況における誤爆
日本のアジア侵攻を「犯罪」だ、と断じながら世間を渡る人々がおられる。別に悪いこととは思わない。
アフガニスタンにおいてNATOの空爆が誤爆であり、民間人の多くが犠牲になったことが、臨時ニュースでCNNに流れた。これまでにも多くの犠牲者が出ており、タリバン政権ではここまでひどい常態は起こらなかったことから、アフガニスタンの人々にとってはアメリカ軍が主導するNATO軍による誤爆、民間人の殺傷に対しては堪忍袋の緒が切れていると言われている。
日本のアジア侵攻を「犯罪」と断罪するのであれば、10万を超すアメリカとNATOによるアフガニスタンの人々への誤爆や殺傷が数千人、数万人に上ったとしても、何の咎も問われることはないことは、「犯罪」という概念は権力のあり方によることをほとんどと言ってよいほど考慮していないこととなるのではないか。
イラクにおける民間人は6万人ほどとなったことが知られているが、一部では数10万人に上る可能性があることが指摘されている。
国際関係論が日本においてもさらに人々の議論の場となる必要がある時代が訪れているのだが、それにしてもアジア侵攻を「犯罪」と声高に主張するだけで大学の助教授になどなられては、指導される学生とその御家族のことを考えれば、やりきれない思いを抑えることはできないようだ。
アフガニスタンにおいてNATOの空爆が誤爆であり、民間人の多くが犠牲になったことが、臨時ニュースでCNNに流れた。これまでにも多くの犠牲者が出ており、タリバン政権ではここまでひどい常態は起こらなかったことから、アフガニスタンの人々にとってはアメリカ軍が主導するNATO軍による誤爆、民間人の殺傷に対しては堪忍袋の緒が切れていると言われている。
日本のアジア侵攻を「犯罪」と断罪するのであれば、10万を超すアメリカとNATOによるアフガニスタンの人々への誤爆や殺傷が数千人、数万人に上ったとしても、何の咎も問われることはないことは、「犯罪」という概念は権力のあり方によることをほとんどと言ってよいほど考慮していないこととなるのではないか。
イラクにおける民間人は6万人ほどとなったことが知られているが、一部では数10万人に上る可能性があることが指摘されている。
国際関係論が日本においてもさらに人々の議論の場となる必要がある時代が訪れているのだが、それにしてもアジア侵攻を「犯罪」と声高に主張するだけで大学の助教授になどなられては、指導される学生とその御家族のことを考えれば、やりきれない思いを抑えることはできないようだ。
2009/11/7
ニダール・ハサン、銃乱射犯と米国プロ・イスラミスト
米国で5日起こったテキサス州の陸軍フッド要塞での銃乱射は、13人の犠牲者と38人の負傷者を出した。犯人がパレスティナからの移民の両親を持つアラブ・イスラムであること、自身が陸軍の心理療法士であったこと、さらに、生存したまま身柄を確保されたことなど、現在、全米はニダール・ハサン陸軍少佐の起こした銃乱射事件の報道により、騒然となっている。
本日は、松井が大活躍したヤンキースのワールド・シリーズの凱旋パレードがニューヨークで行われたが、その報道は、ハサンの銃乱射事件の前に、時間的に小さな扱いとなってしまったことは残念だ。白いワイシャツに灰色のジャケットの松井の勇士が数秒間だけ映し出されていた。パレードが終わった後は、39トンの紙とごみの山が残されるそうだ。庶民がコンフェッティ(紙吹雪)を作ることは面倒なので、トイレット・ペーパーを投げることで済ませるのだが、映し出されたパレード後のブロードウェー通りは、まさに紙屑に埋め尽くされ、路面がまったく見えない。今後一日がかりで清掃が行われるという。日本では本当の意味での「凱旋パレード」はここ数十年行われたことはないことを思うとさみしい気持ちがこみ上げた。
ところで、テキサス州のフッド要塞陸軍基地(Army Fort Hood Base)は、陸軍の兵士たちがイラク、アフガニスタンなどへの赴任の準備をするところとして枢要な位置を占めている。ハサン少佐も、凶行に及ぶ直前、イラク・アフガニスタンへの赴任の命令が下っていた。水曜日には隣近所の人々に家具などを譲り、準備をしていたことが伝えられている。詳細はこれからの捜査による。ハサンのような米国陸軍にはアラブ系イスラム兵士が三千人あまりおり、イラク・アフガニスタンでの米軍作戦において、イスラムの文化、人々の習慣などを米兵に伝える重要な役割をになっているわけだ。
アメリカ国内のイスラムの人々が事件に対して遺憾と落胆の意を表明しているが、一部はテロの脅しはアメリカ的脅しの文化に通じるものとして、テロによる脅しを称賛までしており、今後のアメリカ国内のイスラム教徒のあり方が注目される。
ハサン少佐の銃乱射による殺傷事件の一方、フロリダ州オーランドにおいても銃乱射事件が起こったが、こちらの犯人の動機は、失職をしたこととされているが詳細は伝えられていない。
個人の自由と尊厳を、個人の銃所持を認めることにより行う社会においては、個人の問題を社会が解決できなければ、銃乱射の事件へと至る可能性が大きいことをアメリカ社会は認識せざるを得ない時代を迎えつつあるのでありましょう。
本日は、松井が大活躍したヤンキースのワールド・シリーズの凱旋パレードがニューヨークで行われたが、その報道は、ハサンの銃乱射事件の前に、時間的に小さな扱いとなってしまったことは残念だ。白いワイシャツに灰色のジャケットの松井の勇士が数秒間だけ映し出されていた。パレードが終わった後は、39トンの紙とごみの山が残されるそうだ。庶民がコンフェッティ(紙吹雪)を作ることは面倒なので、トイレット・ペーパーを投げることで済ませるのだが、映し出されたパレード後のブロードウェー通りは、まさに紙屑に埋め尽くされ、路面がまったく見えない。今後一日がかりで清掃が行われるという。日本では本当の意味での「凱旋パレード」はここ数十年行われたことはないことを思うとさみしい気持ちがこみ上げた。
ところで、テキサス州のフッド要塞陸軍基地(Army Fort Hood Base)は、陸軍の兵士たちがイラク、アフガニスタンなどへの赴任の準備をするところとして枢要な位置を占めている。ハサン少佐も、凶行に及ぶ直前、イラク・アフガニスタンへの赴任の命令が下っていた。水曜日には隣近所の人々に家具などを譲り、準備をしていたことが伝えられている。詳細はこれからの捜査による。ハサンのような米国陸軍にはアラブ系イスラム兵士が三千人あまりおり、イラク・アフガニスタンでの米軍作戦において、イスラムの文化、人々の習慣などを米兵に伝える重要な役割をになっているわけだ。
アメリカ国内のイスラムの人々が事件に対して遺憾と落胆の意を表明しているが、一部はテロの脅しはアメリカ的脅しの文化に通じるものとして、テロによる脅しを称賛までしており、今後のアメリカ国内のイスラム教徒のあり方が注目される。
ハサン少佐の銃乱射による殺傷事件の一方、フロリダ州オーランドにおいても銃乱射事件が起こったが、こちらの犯人の動機は、失職をしたこととされているが詳細は伝えられていない。
個人の自由と尊厳を、個人の銃所持を認めることにより行う社会においては、個人の問題を社会が解決できなければ、銃乱射の事件へと至る可能性が大きいことをアメリカ社会は認識せざるを得ない時代を迎えつつあるのでありましょう。
2009/11/6
NCIS または、「クール」な正義と国際性
刑事ものが人気があるのは日本もアメリカも同じだが、その内容となると、かなり異なっている。日本では「西部警察」のような「男の正義」を正面に出すための演出と言ってよいのではないだろうか。アメリカの現在の刑事ものは、科学捜査ものが主流になっており、現代科学の粋を利用したテンポの速い捜査が「クール」な雰囲気をたっぷりと楽しむようになっている。
ところで、日本の刑事ものでも会話は、往々にしてぶっきらぼうなものが、観ているものに余韻を与えることは良く理解できるが、アメリカの科学捜査ものでも、会話は軽妙ではあるがぶっきらぼうである。この感覚は、刑事ものにかなり普遍に見られるようだ。
日本とアメリカの刑事ものドラマが、多くの共通点があることに気がつく時、社会の秩序と正義に対する一般の人々の思いは普遍的であることに気づく。
「正義」はクールであってほしいという日米庶民の願いは、国境という枠組みにおいて初めて枠組みを与えられるのでありましょう。インターポールの刑事ドラマが非常に少ない理由は、理屈ではインターポールの役割を理解しているつもりでも、現実の価値観は民族性が最も強いものであることをどうしようもないことを気づいえているからでありましょう。
現代の国際社会の価値観は、正義や秩序に関して言えば、各民族に負うものであり、正義と秩序の国際性は、残念ながら、「誰かが与えるもの」というところで留まり続けているのではないでしょうか。
日本は、国際的な正義と秩序を自らが提示できるようになった時、初めて国際的な国家と認められる、と断言してよいのだ。
ところで、日本の刑事ものでも会話は、往々にしてぶっきらぼうなものが、観ているものに余韻を与えることは良く理解できるが、アメリカの科学捜査ものでも、会話は軽妙ではあるがぶっきらぼうである。この感覚は、刑事ものにかなり普遍に見られるようだ。
日本とアメリカの刑事ものドラマが、多くの共通点があることに気がつく時、社会の秩序と正義に対する一般の人々の思いは普遍的であることに気づく。
「正義」はクールであってほしいという日米庶民の願いは、国境という枠組みにおいて初めて枠組みを与えられるのでありましょう。インターポールの刑事ドラマが非常に少ない理由は、理屈ではインターポールの役割を理解しているつもりでも、現実の価値観は民族性が最も強いものであることをどうしようもないことを気づいえているからでありましょう。
現代の国際社会の価値観は、正義や秩序に関して言えば、各民族に負うものであり、正義と秩序の国際性は、残念ながら、「誰かが与えるもの」というところで留まり続けているのではないでしょうか。
日本は、国際的な正義と秩序を自らが提示できるようになった時、初めて国際的な国家と認められる、と断言してよいのだ。
2009/11/5
中国からリオへ、そして、チャールズ!
中国が日本のGDPを追い抜くのは早くてあと数カ月と試算する研究者もおられる。いよいよ、日本は3位、中国が2位の時代が訪れるわけだ。日本企業の中国進出は2万社を超えたあたりから頭打ちなのでしょうか。このごろは特に中国でのめざましい日本企業の発展のニュースは入ってきません。一方の中国も、GDPが恐ろしいほどの勢いで伸びつつあるわけですが、庶民の賃金も上がってきているわけであり、勢い労働力が「高価」になりつつあることも否めない。
中国で開催されたオリンピックも8年後にはブラジルへ行くわけだが、これはアマゾンの労働力を求めることが暗黙のうちに含まれているのでありましょうか。先ごろNHK総合で放映されていたアマゾンの裸族ヤノマミ族の番組に対して、再放送の要求がNHKに殺到しているらしいのだが、ヤノマミと言う名称、そしてこの方たちの面立ち、どう考えても、イヌイットから中南米の人たちは日本人とのかかわりがあるように思われてならない。ここではこの話題にはこれ以上触れる余裕はないが、とにかく、アマゾンの人々は原始的な生活から焼畑を行っている部族もかなりある。
労働力を求めて中国からリオへと向かう、世界の資本の行方は、これで行き場がなくなることになるのでありましょうか。そして、いよいよ先進諸国、経済新興国などにおいて戦争の危機が招来されることになるのでありましょうか。きっかけはテロとの戦い、ということではありましょうとも。
そういえば、CNNでは、連日、チャールズ皇太子が熱帯雨林の保護のため、温暖化に対する決定的な行動を起こす時を公共広告の様式をとって放映されております。しかし、よく聞いてみると、焼き畑などをやめさせることが最も重要と述べられており、はやくも、アマゾンの人々に対してのバトル・ロイヤルが始まっていると考えても良いのではないか、などと思ったりも致します。
中国で開催されたオリンピックも8年後にはブラジルへ行くわけだが、これはアマゾンの労働力を求めることが暗黙のうちに含まれているのでありましょうか。先ごろNHK総合で放映されていたアマゾンの裸族ヤノマミ族の番組に対して、再放送の要求がNHKに殺到しているらしいのだが、ヤノマミと言う名称、そしてこの方たちの面立ち、どう考えても、イヌイットから中南米の人たちは日本人とのかかわりがあるように思われてならない。ここではこの話題にはこれ以上触れる余裕はないが、とにかく、アマゾンの人々は原始的な生活から焼畑を行っている部族もかなりある。
労働力を求めて中国からリオへと向かう、世界の資本の行方は、これで行き場がなくなることになるのでありましょうか。そして、いよいよ先進諸国、経済新興国などにおいて戦争の危機が招来されることになるのでありましょうか。きっかけはテロとの戦い、ということではありましょうとも。
そういえば、CNNでは、連日、チャールズ皇太子が熱帯雨林の保護のため、温暖化に対する決定的な行動を起こす時を公共広告の様式をとって放映されております。しかし、よく聞いてみると、焼き畑などをやめさせることが最も重要と述べられており、はやくも、アマゾンの人々に対してのバトル・ロイヤルが始まっていると考えても良いのではないか、などと思ったりも致します。
2009/11/4
ソーシャル・キャピタルと酒
ホッブスは人間本来の現実社会はアナーキーであるとし、万人の万人による戦争状態が「常態」であると喝破した。この「常態」を統御するのは唯一、リヴァイアサンのような巨大な権力をもったものであるとし、クロムウェルの共和国を間接的に揶揄するとともに、王権の必要性を「合理的」に示そうと努力をした。
リヴァイアサンは清教徒革命の嵐が吹き荒れているとき、フランスで書かれたわけだが、そのフランスではほどなくルソーが社会契約論を示し、社会と個人の究極の安定した関係を提示した。
しかしながらルソーの提示した社会契約は、実際には資本家の台頭の前では、社会は下支えする労働者の人間的生活を保障するまでには至らず、マルクスはコミュニズムなる用語を発明することにより、階級闘争のための労働者の団結を呼びかけた。
社会は階級闘争の場とされたわけだが、これでは社会全体を包括的に理解することはできず、ここにコムトによる社会学の視点が提供されることとなった。
ソーシャルとは、明らかにコミュニズム的な階級闘争の場としての社会の理解ではなく、ルソーを一つの範とする社会の包括的な理解の視点であるわけだ。
ソーシャル・キャピタルは、人間相互の紐帯の程度を指標化したものだが、社会の総括的視点を人々がどのように持ち、維持できるのかが示されていると言ってよいだろう。
「酒」は、重要なソーシャル・キャピタル増大のために消費されることとなる。
リヴァイアサンは清教徒革命の嵐が吹き荒れているとき、フランスで書かれたわけだが、そのフランスではほどなくルソーが社会契約論を示し、社会と個人の究極の安定した関係を提示した。
しかしながらルソーの提示した社会契約は、実際には資本家の台頭の前では、社会は下支えする労働者の人間的生活を保障するまでには至らず、マルクスはコミュニズムなる用語を発明することにより、階級闘争のための労働者の団結を呼びかけた。
社会は階級闘争の場とされたわけだが、これでは社会全体を包括的に理解することはできず、ここにコムトによる社会学の視点が提供されることとなった。
ソーシャルとは、明らかにコミュニズム的な階級闘争の場としての社会の理解ではなく、ルソーを一つの範とする社会の包括的な理解の視点であるわけだ。
ソーシャル・キャピタルは、人間相互の紐帯の程度を指標化したものだが、社会の総括的視点を人々がどのように持ち、維持できるのかが示されていると言ってよいだろう。
「酒」は、重要なソーシャル・キャピタル増大のために消費されることとなる。
2009/11/1
ミラドール −マヤ文明の世界最大のピラミッド−
マヤ文明は、現在のグアテマラに広がっていた。その一部にマラドールがある。30年前はいわゆるジャングルの状態であったが、現在では、うっそうとした樹木がかなり減少し、人間も立ち入ることができるようになった。マラドールでは考古学者・歴史学者たちの発掘が行われていることがCNNで報じられていた。巨大なピラミッド構造がすでに数多く確認されているが、なかには、自然の丘かピラミッドか判然としていないものもあり、もしもピラミッドだとすれば、エジプトのピラミッドを抜き、世界最大のピラミッドとなるという。マヤ文明は日本の教科書に示されえいるよりも早く、青銅器をはじめ金属器の使用はなかったものの紀元前300年ころにはすでに西半球で最大かつ洗練された文明の中心地となっていたという。
アメリカ大陸の人々がいつごろ、どのように大陸へわたっていったのかについては、よくわかっていない。教科書にはベーリング海峡が陸続きであったころ渡って行ったとされているが、最後の氷河期が二万二千年から一万七千年ごろであったことから、氷河が少ない氷河期前か、氷河期が終わるころか、どちらかの時期か論争が続いている。さらに、ヨーロッパから直接船で渡ったとする説、日本人が海藻を求め、流されてたどり着いたとする説などがある。
アメリカ大陸の文明が「遅れいていた」、というのが私ども一般の認識であるが、十四万年前ごろのアフリカから移動をしていった現在の人類が、中東へまず出て、ヨーロッパと中央アジアへ分かれ、そこからインド、シベリア、中国方面へと別れていったことを考えれば、紀元前3000年ごろから、エジプト、オリエント、インダス、中国と古代文明が花開いたのとまったく同じように、アメリカ大陸へ渡った人々がマヤ文明などの古代文明を紀元前400年ごろから花咲かせたことは、極めて人類とその文明の開花として自然なことであることが理解される。
そのうち、人間性の一つとして、社会的集団生活と文明開化との関係がプログラムされている、ということが判明するのではないだろうか。
アメリカ大陸の人々がいつごろ、どのように大陸へわたっていったのかについては、よくわかっていない。教科書にはベーリング海峡が陸続きであったころ渡って行ったとされているが、最後の氷河期が二万二千年から一万七千年ごろであったことから、氷河が少ない氷河期前か、氷河期が終わるころか、どちらかの時期か論争が続いている。さらに、ヨーロッパから直接船で渡ったとする説、日本人が海藻を求め、流されてたどり着いたとする説などがある。
アメリカ大陸の文明が「遅れいていた」、というのが私ども一般の認識であるが、十四万年前ごろのアフリカから移動をしていった現在の人類が、中東へまず出て、ヨーロッパと中央アジアへ分かれ、そこからインド、シベリア、中国方面へと別れていったことを考えれば、紀元前3000年ごろから、エジプト、オリエント、インダス、中国と古代文明が花開いたのとまったく同じように、アメリカ大陸へ渡った人々がマヤ文明などの古代文明を紀元前400年ごろから花咲かせたことは、極めて人類とその文明の開花として自然なことであることが理解される。
そのうち、人間性の一つとして、社会的集団生活と文明開化との関係がプログラムされている、ということが判明するのではないだろうか。
2009/10/31
歴史資料館と国際学生
歴史資料館では、キュレーターの方が、ほとんど解説をして頂いたのだが、説明を受けながら次第に阿吽の呼吸になってきた。貝塚(kitchen midden)の説明も、適度に止めて時間をとってくれた。
ただ、国分寺(municipal monastery of Nara Period)の説明では、大分では七重の塔であり一般の五重塔ではなく、pagoda と訳すと、すかさず、「pagoda?」と鋭い視線を投げかけられた。調べてみると pagoda は、一般の仏塔であり、仏舎利塔の意味では、stupa を使わなければならなかった。日本語の「卒塔婆(そとば)」に当たるわけだ。
巷では日本の文化紹介の英語本がかなり販売されているが、じっくりと歴史資料館で英訳に当たる方がはるかに考えを深めることができる。
欧米からの国際学生はそれほど興味を示さなかったが、ネパールから来た国際学生は、洞窟に掘られた石仏に大変に興味を示していた。ネパールが仏教の国であり、ブッダの出生地は現在のネパールのルンビニであることを改めて知らされた。
アメリカ、オーストラリア、中国、スウェーデンからの国際学生にとっても、日本での思い出となった一日にとなったのではないでしょうか。
ただ、国分寺(municipal monastery of Nara Period)の説明では、大分では七重の塔であり一般の五重塔ではなく、pagoda と訳すと、すかさず、「pagoda?」と鋭い視線を投げかけられた。調べてみると pagoda は、一般の仏塔であり、仏舎利塔の意味では、stupa を使わなければならなかった。日本語の「卒塔婆(そとば)」に当たるわけだ。
巷では日本の文化紹介の英語本がかなり販売されているが、じっくりと歴史資料館で英訳に当たる方がはるかに考えを深めることができる。
欧米からの国際学生はそれほど興味を示さなかったが、ネパールから来た国際学生は、洞窟に掘られた石仏に大変に興味を示していた。ネパールが仏教の国であり、ブッダの出生地は現在のネパールのルンビニであることを改めて知らされた。
アメリカ、オーストラリア、中国、スウェーデンからの国際学生にとっても、日本での思い出となった一日にとなったのではないでしょうか。
2009/10/31
歴史資料館と国際関係−遥かなる古代文明−
国際学生とともに訪れた歴史館では、キュレーターが先導をして展示の説明をして頂いた。日本語での解説を英語に直していたが、縄文を平和な時代、弥生は戦争の時代、と説明されていた時には、思わず力がこもって訳してしまった。
しかしながら、古代の国際関係については、中国との関係をわずかに述べるにとどまり、なんとももどかしさが残った。古代史における朝鮮半島とのかかわりは、日本では、とりわけ地域の歴史においては、「枝葉末節」、または、「愛国へのレバリッジ」、としての位置づけが与えられているかごとしだ。
もしかしたら、ゼノフォ―ビア(外国嫌い)とまでは言わないまでも、日本列島という島国の環境が、日本人を「外交下手」にさせている元凶なのでありましょうか。いや、日本の国内をまとめるためには外国との関係を「てこ」にすることが最も手っ取り早いということを理解しなければならないのでありましょうか。
韓国の国立歴史博物館で展示をされていた土器が、縄文土器とまったく同じでした、などとは日本で述べたとしても、きっと誰も耳を貸して頂くことなどはないのでございましょう。
しかしながら、古代の国際関係については、中国との関係をわずかに述べるにとどまり、なんとももどかしさが残った。古代史における朝鮮半島とのかかわりは、日本では、とりわけ地域の歴史においては、「枝葉末節」、または、「愛国へのレバリッジ」、としての位置づけが与えられているかごとしだ。
もしかしたら、ゼノフォ―ビア(外国嫌い)とまでは言わないまでも、日本列島という島国の環境が、日本人を「外交下手」にさせている元凶なのでありましょうか。いや、日本の国内をまとめるためには外国との関係を「てこ」にすることが最も手っ取り早いということを理解しなければならないのでありましょうか。
韓国の国立歴史博物館で展示をされていた土器が、縄文土器とまったく同じでした、などとは日本で述べたとしても、きっと誰も耳を貸して頂くことなどはないのでございましょう。
2009/10/26
どちらがぐっすりと寝たかを口論する前に −睡眠警告装置の提言−
サンディエゴからミネアポリスに向かったノースウェスト航空のA320便は、ミネアポリス上空に到着しても着陸態勢をとらず、そのまま飛び去ってしまった。乗客144人が気づかないまま、約220キロメートル飛びすぎたところで引き返し、無事に着陸をした。なぜこのようなことが起こったのかについては現在調査中だか、コックピットの記録では、操縦士と副操縦士が、お互いが眠りに陥っていたことに対して激しく口論をしているところが残されていることがわかった。真相はこれからの捜査によって明らかになるのだろうが、二人ともうたた寝をしていた、ということになれば、航空業界もなんらかの対応に迫られるのではないだろうか。目が覚めてから、どちらがより「ぐっすり」と寝ていたのかを口論するのではなく、睡眠状況に陥れば、直ちにそれを感知し警告を発するような装置の開発が必要なのでありましょう。