2009/6/21  21:40

プロテスタンティズムへの質問状 −もう一つのアプローチ−  

魔女狩りという17世紀の欧米の歴史については、日本ではファナティック(狂信的)なキリスト教の行過ぎた歴史的事例、という程度の意味づけしか行なわれていないかのようだ。しかし、欧米の歴史観ではウィッチ・ハントこそプロテスタントの「恥辱の歴史」であり、ながくその咎を共有することで信仰のあるべき姿を求める礎となっているのだ。魔女狩りを語るためには少なくともルネサンスへとさかのぼらなければならない。

ルネサンスにおける最大の功績は、古代ギリシアに範を求めたセキュラー(世俗)な人文・科学の興隆が行なわれたことである。その最も根本的思想は、マキャベリに求めなければならない。君主は自分の領土領域、政治的諸権利を守るためであれば「なんでもしてよい」、というディスコース(教え)は、広くヨーロッパ諸侯に受け入れられることになったのでありましたが、これはとりもなおさず、カソリックの権威への相対的失墜を促すこととなったのであります(当時はこの部分がオフレコであったことは論をまちません)。ルネサンスにおけるこのセキュラーな思想・活動の活発化は、次第に宗教における「自由」を求める運動を促してゆき、フランス・イギリス・スイス・ドイツなどがその中心となって行くのでありますが、その決定的な運動は、カソリック教会が発行したインダルジャンス(贖宥状)に対してでありました。金でインダルジャンスを購入することに対しては、徹底的な反発が起こりますが、驚くなかれ、その反対の声を挙げたのはたった一人、つまり、マルチン・ルターだけでありました。もっと多くの人々が声を挙げればよかったのでありますが、やはり罰がコワイ、というところでありましょうか。ルターの贖宥状に対する批判は留まることを知りませんでしたが、ルター自身がユダヤ教への徹底的な差別主義者でもあったことを日本で紹介されることはまれであります。

プロテスタントの運動を抑えることは不可能なまでになり、フランス人、カルバンはスイスにおいて活動を展開を致します。予定説というのは日本では不可解な感じを与えていますが、欧米では明々白々なことであります。つまり「職業によって神の差別はない」ということを理解するわけであります。カルバンの予定説こそは、近代の民主的な社会主義思想の萌芽ではないでしょうか。


さて、魔女狩り。これはカソリックの巻き返しに対するプロテスタントの結束の意義があったことは明らかだろう。当時の人々は50歳を超えれば歯はすでになく、貧しい初老の女性は、「税金も払えず」、その身なりは貧しく、そして何よりも往年の美しい容貌は影を潜め、歯もなくくしゃくしゃな顔をし長い髪を垂らした姿は、人々から差別の対象となっていったのであります。

そして、決定的なことは、カソリックの巻き返しがジュスイットの活動と共に活発となると、プロテスタントの人々は、自らの結束のために信仰の自由のなのもとにこのような初老の女性を公正な裁判をかけることなく次々と「魔女」として訴え処刑をしていったのである。

訴えられた女性と男性の割合は平均して75%対25%でありましたが、スイスでは訴えられた人々の90%以上が処刑をされており、最高では一日に131人の「魔女」を処刑した村があったことが記録に残されている。

最も処刑率が低かったのはスペインであり10%を切っていた。ハプスブルグ家というカソリックの権威が強く働いたところでは「魔女狩り」はそれほど深刻な影響を与えなかったようだ。スイス、ドイツ、フランスの一部、そしてイギリスとその植民地の北アメリカにおいて「魔女狩り」はおぞましいまでの広がりを見せたのでありました。

さて、プロテスタントが聖書にもとづいた個人の信仰の自由を保障した世界でももっとも素晴らしい「個人主義的」宗教として憧憬やまない日本人ではありますが、その歴史的実態は、「恐れ」に対する連帯・共同が極端に強い社会であることを説く東洋の研究者はほとんどいない。

プロテスタントは、自己の正当化のための「恐怖」を相手に与えることで勢力を維持・拡大してきた世界でも稀に見る信仰集団であることが、いつの日かきっと紹介されるときがやってくるでありましょう。(拝)





2009/6/22  17:28

投稿者:半杭正幸

フランスとはヨーロッパの中心と言われる様ですが、魔女狩りとかギロチン等はおぞましい限りでは有ります。世界の歴史は、広い視野から見たり考えたりする事が大事なのですね。先生のブログを読むと常に勉強になります。拍手!


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