2009/11/4 23:03
ソーシャル・キャピタルと酒
ホッブスは人間本来の現実社会はアナーキーであるとし、万人の万人による戦争状態が「常態」であると喝破した。この「常態」を統御するのは唯一、リヴァイアサンのような巨大な権力をもったものであるとし、クロムウェルの共和国を間接的に揶揄するとともに、王権の必要性を「合理的」に示そうと努力をした。
リヴァイアサンは清教徒革命の嵐が吹き荒れているとき、フランスで書かれたわけだが、そのフランスではほどなくルソーが社会契約論を示し、社会と個人の究極の安定した関係を提示した。
しかしながらルソーの提示した社会契約は、実際には資本家の台頭の前では、社会は下支えする労働者の人間的生活を保障するまでには至らず、マルクスはコミュニズムなる用語を発明することにより、階級闘争のための労働者の団結を呼びかけた。
社会は階級闘争の場とされたわけだが、これでは社会全体を包括的に理解することはできず、ここにコムトによる社会学の視点が提供されることとなった。
ソーシャルとは、明らかにコミュニズム的な階級闘争の場としての社会の理解ではなく、ルソーを一つの範とする社会の包括的な理解の視点であるわけだ。
ソーシャル・キャピタルは、人間相互の紐帯の程度を指標化したものだが、社会の総括的視点を人々がどのように持ち、維持できるのかが示されていると言ってよいだろう。
「酒」は、重要なソーシャル・キャピタル増大のために消費されることとなる。
リヴァイアサンは清教徒革命の嵐が吹き荒れているとき、フランスで書かれたわけだが、そのフランスではほどなくルソーが社会契約論を示し、社会と個人の究極の安定した関係を提示した。
しかしながらルソーの提示した社会契約は、実際には資本家の台頭の前では、社会は下支えする労働者の人間的生活を保障するまでには至らず、マルクスはコミュニズムなる用語を発明することにより、階級闘争のための労働者の団結を呼びかけた。
社会は階級闘争の場とされたわけだが、これでは社会全体を包括的に理解することはできず、ここにコムトによる社会学の視点が提供されることとなった。
ソーシャルとは、明らかにコミュニズム的な階級闘争の場としての社会の理解ではなく、ルソーを一つの範とする社会の包括的な理解の視点であるわけだ。
ソーシャル・キャピタルは、人間相互の紐帯の程度を指標化したものだが、社会の総括的視点を人々がどのように持ち、維持できるのかが示されていると言ってよいだろう。
「酒」は、重要なソーシャル・キャピタル増大のために消費されることとなる。