2009/11/6

NCIS または、「クール」な正義と国際性  

刑事ものが人気があるのは日本もアメリカも同じだが、その内容となると、かなり異なっている。日本では「西部警察」のような「男の正義」を正面に出すための演出と言ってよいのではないだろうか。アメリカの現在の刑事ものは、科学捜査ものが主流になっており、現代科学の粋を利用したテンポの速い捜査が「クール」な雰囲気をたっぷりと楽しむようになっている。

ところで、日本の刑事ものでも会話は、往々にしてぶっきらぼうなものが、観ているものに余韻を与えることは良く理解できるが、アメリカの科学捜査ものでも、会話は軽妙ではあるがぶっきらぼうである。この感覚は、刑事ものにかなり普遍に見られるようだ。

日本とアメリカの刑事ものドラマが、多くの共通点があることに気がつく時、社会の秩序と正義に対する一般の人々の思いは普遍的であることに気づく。

「正義」はクールであってほしいという日米庶民の願いは、国境という枠組みにおいて初めて枠組みを与えられるのでありましょう。インターポールの刑事ドラマが非常に少ない理由は、理屈ではインターポールの役割を理解しているつもりでも、現実の価値観は民族性が最も強いものであることをどうしようもないことを気づいえているからでありましょう。

現代の国際社会の価値観は、正義や秩序に関して言えば、各民族に負うものであり、正義と秩序の国際性は、残念ながら、「誰かが与えるもの」というところで留まり続けているのではないでしょうか。

日本は、国際的な正義と秩序を自らが提示できるようになった時、初めて国際的な国家と認められる、と断言してよいのだ。





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