2009/11/7
コメディー・ルーティーン? −アマンプールの論評−
以下は、アフガニスタンのある村においてタリバン勢力を一掃しようとするアメリカ兵と村人との会話。
■アメリカ兵:「タリバンがどこにいるのか教えてほしい。」
■アフガンの村人:「私たちにはわからないな。」
■アメリカ兵:「タリバンがどこに行ったのか教えてほしい。そうしなければ、タリバン側の者として扱われることになる。」
■アフガンの村人「私たちはなにもない人間だよ、与えるものなどないよ。」
CNNの自らの番組の『アマンプール』において、クリスティアンはこの場面を報じた後、「繰り返される喜劇」、と評した。
アメリカにとっては喜劇と映るのかもしれないが、アフガニスタンの人々にとっては8年間、タリバン制圧の名のもとにアメリカ軍を中心とするNATO軍による空爆と村々の攻撃を受け続け、タリバンとまったく関係のない一般市民が傷つき倒れる日常を経験してきているのである。
アマンプールの勇気ある報道姿勢は十分に理解できる。しかし、これほどの「悲劇」があるだろうか?
■アメリカ兵:「タリバンがどこにいるのか教えてほしい。」
■アフガンの村人:「私たちにはわからないな。」
■アメリカ兵:「タリバンがどこに行ったのか教えてほしい。そうしなければ、タリバン側の者として扱われることになる。」
■アフガンの村人「私たちはなにもない人間だよ、与えるものなどないよ。」
CNNの自らの番組の『アマンプール』において、クリスティアンはこの場面を報じた後、「繰り返される喜劇」、と評した。
アメリカにとっては喜劇と映るのかもしれないが、アフガニスタンの人々にとっては8年間、タリバン制圧の名のもとにアメリカ軍を中心とするNATO軍による空爆と村々の攻撃を受け続け、タリバンとまったく関係のない一般市民が傷つき倒れる日常を経験してきているのである。
アマンプールの勇気ある報道姿勢は十分に理解できる。しかし、これほどの「悲劇」があるだろうか?