2009/11/16 21:12
児童労働と英豪関係
オーストラリアのラッド首相は、昨日、20世紀に英国からオーストラリアに、15万人の児童が「労働力」として連れて来られたことについて、"Sorry" とお詫びの言葉を述べた。主にユダヤ系の子供たちを中心に、その数は15万にも達していた。新天地のオーストラリアの白人労働力として過酷な環境にたえなければならなかった。白豪主義のオーストラリアの暗黒部分が労働党政権により、白日のもとにさらけ出されることは、オーストラリアの人々にとって恥部をさらけだされたことになるが、当時、児童であった人々もオーストラリアにおいて立派な市民となられておられるのであるが、今なぜ、国家による謝罪が行われることになったのか、詳報が待たれるところである。来年早々にも、具体的な救済策が発表されることが報じられていたが、1975年にゴフ・フィットラム首相のもとで白豪主義を放棄して以来、多文化主義を標榜し続けてきたオーストラリアに、「白人至上主義」の内部的歪みを正さない限りには、多文化主義も機能しなくなるところまできているのであろうか。
日本の恥部を国家が謝罪をすることなど、武士政権の亡霊の上に成り立っている限りには、「思いも及ばぬ」、ことなのかもしれない。近隣諸国において差別に苦しむ人々のためにも、日本は歴史的恥部を諸国家に明確に示しながら、謝罪と救済の意志を明確に示す時代がもうそこまで来ていることに気がついていない人々が多いのではないだろうか。
日本の恥部を国家が謝罪をすることなど、武士政権の亡霊の上に成り立っている限りには、「思いも及ばぬ」、ことなのかもしれない。近隣諸国において差別に苦しむ人々のためにも、日本は歴史的恥部を諸国家に明確に示しながら、謝罪と救済の意志を明確に示す時代がもうそこまで来ていることに気がついていない人々が多いのではないだろうか。