2009/11/23 20:32
崩れゆく日本 −共和国日本の展望−
武士政権の外様藩の下級藩士によるクーデターは、見事に功を奏し、江戸幕府は崩壊、新政府は天皇親政を行おうとするも、欧米では時すでに立憲君主制の時代であり、日本国民にはあたかも大化の改新の御代、つまり詩情のなかで天皇を神と謳った万葉時代に範をとるかのごとくの意識を持たせつつ、欧米化を断行した。その柱となった天皇制であったが、華族はことごとく旧幕藩体制を支えた諸藩の大名と家老クラスであり、クーデターは、発展途上国で行われる旧来の統治組織と価値観を土台としたものであった。
日本の明治維新は、現在、発展途上国で見られるごく一般的なクーデターであったにもかかわらず、そこに意味を付加させていったところから、「日本人はどこからきたのか」、という議論がいつまでも続くこととなる。軍事力をロンドン、ニューヨークで売り出した戦争再建により賄いながら、戦役をかさねるわけであるが、第二次世界大戦では敗戦をしたにもかかわらず、国民には「終戦」をさらに強いることにより、明治クーデターを擁護し続けているわけだ。
もはやここまで。明治クーデターによる日本の欧米化は、欧米に対する敗戦とともに散る失せつつあるにもかかわらず、共同の幻想に浸ろうとする日本の指導層の責任により、日本は崩れつつある。日本に必要なことは、アジアの一国としての行政・立法・司法・外交の4権分立を機能させながら、大統領に権力の集中をおこなう共和国への道である。大和皇室を心から慕う人々は、その心をたいせつにしつつ、京都に移すことにより、「歴史的家系」として形式的なもので満足をして頂きたい。
すでに欧米の多くの王室は、名目となりつつあり、アジアにおける血統のつながりのない敗戦王室をかばうことなどは望むことは困難である。欧米における王統の維持のための政治的駆け引きとしての皇室・王室のつながりが現在の日本にとってそれほど重要であるとは思われない。ましては、アジアでは、戦争を行った王室が敗戦した場合には、多くは騒乱のもととなっている。
沖縄が台湾・上海と、九州が韓国と、日本海側が北朝鮮からウラジオストックと、北海道が、サハリンからアラスカと、日本史上稀にみる外交政策が求められているのである。ハワイは日系アメリカ人が命をかけて日本と戦おうとしてことを徹底して教育するべきである。
テレビの広告があまりにも高額過ぎるようだが、庶民への悪弊と陋習を何とも思わないような非常識な番組は慎むべきではないか。
日本の明治維新は、現在、発展途上国で見られるごく一般的なクーデターであったにもかかわらず、そこに意味を付加させていったところから、「日本人はどこからきたのか」、という議論がいつまでも続くこととなる。軍事力をロンドン、ニューヨークで売り出した戦争再建により賄いながら、戦役をかさねるわけであるが、第二次世界大戦では敗戦をしたにもかかわらず、国民には「終戦」をさらに強いることにより、明治クーデターを擁護し続けているわけだ。
もはやここまで。明治クーデターによる日本の欧米化は、欧米に対する敗戦とともに散る失せつつあるにもかかわらず、共同の幻想に浸ろうとする日本の指導層の責任により、日本は崩れつつある。日本に必要なことは、アジアの一国としての行政・立法・司法・外交の4権分立を機能させながら、大統領に権力の集中をおこなう共和国への道である。大和皇室を心から慕う人々は、その心をたいせつにしつつ、京都に移すことにより、「歴史的家系」として形式的なもので満足をして頂きたい。
すでに欧米の多くの王室は、名目となりつつあり、アジアにおける血統のつながりのない敗戦王室をかばうことなどは望むことは困難である。欧米における王統の維持のための政治的駆け引きとしての皇室・王室のつながりが現在の日本にとってそれほど重要であるとは思われない。ましては、アジアでは、戦争を行った王室が敗戦した場合には、多くは騒乱のもととなっている。
沖縄が台湾・上海と、九州が韓国と、日本海側が北朝鮮からウラジオストックと、北海道が、サハリンからアラスカと、日本史上稀にみる外交政策が求められているのである。ハワイは日系アメリカ人が命をかけて日本と戦おうとしてことを徹底して教育するべきである。
テレビの広告があまりにも高額過ぎるようだが、庶民への悪弊と陋習を何とも思わないような非常識な番組は慎むべきではないか。