2009/11/24  22:25

諸外国から謙虚に学ぶ −武士という好戦性−  

菅原道真の遣唐船廃止の建議ののち、遣唐船という名目では廃止されたにもかかわらず、唐との交易ははるかに多量・多額になっていったことが最近の研究で報告されている。「国風文化」として日本の子供たちすべてが習う「国風」というのは、名目だけであることが理解できる。宮中の文化が残されるわけであるが、中国との交易はいっさい縮小されることはなかったのだ。(当時の唐との交易による権力と財力を得ていた支配層については別の機会にに考察をしたい)。ここでは、日本は基本的には近隣諸国との交易を通じて民族的紐帯を高め、国力を増強してきた歴史的経緯を強調しておきたい。このような歴史事実に対する歴史教育がなされてこなかったことは、これからの日本にとって大きな痛手となってくる。その一つの例は、脱亜入欧政策にしか近代化の意義を見出し得ないことは、日本の将来は惨憺たるものとなる可能性を秘めていることを解かれる識者が少ないことはいかがなものだろうか。

たとへば、1987年より韓国の民主化が急速に進んだ時、日本の一部は明らかに韓国よりも後進性を露呈した。それを覆うために、日本の高額所得者と韓国の人との結婚がメディアに流されることとなった。しかし、中国が、今後、民主化が進んだ時には、間違いなく、日本の明治クーデター政府は「好戦的武士」の精神を受け継いだだけのものであることが、あざやかに浮かび上がることとなるだろう。その時、日本の多くの人々は、これが日本の欧米化であったのか、とおそらく多くは失望をし、日本の中央集権への志向は加速度的に失われる可能性があるのだ。民主党がなぜ対中政策にこだわるのか、それは、戦後の世界秩序は、敗戦国日本とドイツを封じ込めるために構築されたのであり、日本の戦後を言いつくろってきた国内的あ価値観などは、海外ではいっさい通用しないことを基礎に置いているのである。

日本が世界のリーダーシップを取れない限り、日本の未来はないことは明確であり、日中友好はその担保として是が非でも必要なことなのである。






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