今年は雪が少ないと思ったのもつかの間、しっかりたっぷり雪が降り積もりました。こうなると、しばらくは雪中心の季節が続きそうです。自動車を使う生活をしていると、とにかく自宅前を除雪車が通らなければ何もできない状態になります。
昨日は昼前から始めた除雪作業が夕方近くまでかかりました。玄関を開けた時の雪の深さでおよその時間が見えてきますが、あまり大量だと体力の消耗によるロスタイムが加算されます。公共交通機関にも当然のように影響が出ますから、時間の流れ方、生活が大きく変化します。
東北の豪雪ともなれば、一晩で1m以上積もったりしますから、もう完全に未知の世界です。その雪は、一体どう処理されているのでしょう..。 とはいえ、個人的体験でも玄関先に70cm以上の積雪がある中で、出勤しなければならないことも何度かありました。そんな時は詩人のように雪の様を歌っている余裕などあるはずもなく、ひたすら埋もれた車を掘りだし、まずは道をつけることに専念するわけです。
なんとか道をつけて出発するときには汗だくで、体力は激しく消耗されています。それに続く渋滞、除雪車の作業とのぶつかりを避けて脇道に入るなど工夫はするものの予定時間など意味がなくなります。やるべきことが著しく減ってきます。そんなところに風が吹きはじめ、一寸先が見えなくなれば、仕事どころではありません、身の安全を確保することが優先です。
出発地も目的地もそれぞれではあるけれど、少なからずこういうところを通って、降り積もった雪がすっかり消えて、新しい春が来るんですね。今回吹き初めに集われた方々も、吹雪を通り抜けて来られましたが、実際の吹雪もさることながら、人生の吹雪に直面している方やこれから突入するだろう方々もおられました。
ひとひらの雪、一粒の雨、流れる雲を見ただけで歩みを止めてしまうような時もあれば、暴風雨の中を突き進むようなこともあるのだと思います。一つの出来事から、それぞれの道が生まれてくる...。その一つの場が吹き初めの時間でもあります。
一つの出来事に対して、同調、反発、疑念、恐怖、猜疑、歓喜、内省、諦念、絶望、奮起、自己弁護など様々な心が浮かび上がってきます。
出来事とは何か、それを意味づけ、反応する自分とはどんな存在なのか。そして起こってくる出来事と自分とのかかわりはどこに向かっているのでしょう。
今年の吹き初めサプライズは、クラリネット演奏、琵琶演奏、太極拳体験、手作り料理やお気に入り品の差し入れなどがありました!ご協力いただきありがとうございました。
ラブフルートを吹くこと、それは自分が表現する者であり、聴き取る者であり、感じる者であり、心めぐらす存在であることに気づくこと..。音の高低、響きの多様性、流れの変化、息吹の変化。それが同時に起こる時間。そこに浮かび上がる自分自身の内側にあるものとの触れ合いの時間のような気がします。
行き場を失い、自分がどうしてよいか分からなくなった若者が、何故愛の笛を手渡されたのか..。
何故、それが木の笛だったのか..。今年も、じっくり、ゆったりと出会いの中で思いめぐらせてみたいと思っています。
吹き初めに来られた方、思いはあっても来られなかった方、いつかは参加してみたいと思っている方、今年もよろしくお願いします。

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