2009/11/2

ゆうひ  雑感

  先日の江差ライブの道すがら、ほんとに久しぶりで夕日が沈むのをじっくりゆっくり眺めて過ごしました。とても素朴な事ですし、毎日起こっていることですが、ゆったりとその時間の中で過ごすことは少ないのだと思います。

 言葉やイメージはを通してほかの方々の体験をうかがうことはできますが、自分自身がそういう時間を体験する機会はとても少ないような気がします。日常の何かとやらなければならないことが待っている生活の中では、わずか15分ほどの時間さえ十分に取ることができないのが一般的なのでしょう。

 実際、前日泊まりでライブに臨むという贅沢な流れがあればこそ、たっぷりと夕日を堪能できたのだと思います。それはとっても大切な時間でした。あたかも夢のような時空へと招かれ、こんなにも時の流れは速やかで、美しく、深い語りかけをもっているのだと感じました。それは初めて夕景を知った魂の歓喜に触れるような忘れ難い世界でした。

 その体験を即座に言葉に置き換えてしまうのは勿体ない..。というより、言葉になどできないのだと感じたのです。

 ふたつの眼がさえぎるもののない眼前の海と沈みゆく夕陽を見つめる時間。その世界は刻々と変化し続ける...。空と海を繋ぐ太陽...。太陽の移ろいを時と呼ぶけれど、そこにあるのは命の瞬間であり、すべてのものと繋がり、めぐりゆく命そのものと関わる世界だったような気がします。

 変化し続ける海と空。流れてくる風...。それは自分自身の命の営みと紛れもなく繋がっている...。沈みゆく夕日は、その時を待つように浮かび上がる月の輝きとなり、満天の星たちを交えた歓喜の宴となる。

 何故私たちは命を与えられ、豊かな自然の中で命を支えられているのだろう...。その問いもまた命の一部であり、その答えもまた命の中に与えられている...。

 旅の途上の、ひと時の思いを書きとめてみました。つたないブログにお立ち寄りくださりありがとうございました。
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2009/10/27

江差再訪・ヒノキアスナロ  雑感

 初めて江差を訪ねたのは35〜36年ほど昔だったと記憶しています。その江差を再度訪れるきっかけがヒノキアスナロの古材との出会いでした。一本の笛が、古い扉を開けてくれました。

 演奏前日から豪勢な歓迎の宴で始まりました。木を愛し、故郷に誇りを持ち、旅人を心からもてなす。そのつながりの豊かさがこの港町をしっかりと支えてきたのだと感じました。質問攻め、会話いっぱい、好奇心いっぱいの時間があっというまに過ぎました。

 是非とも合わせたい方がおられるとのことで訪れた居酒屋さんでは、オーナーご夫妻の江差追分をたっぷりと聞かせていただきました。江差追分の簡潔な解説の後に響いてきた尺八と見事な歌声との出会いはとても印象的でした。

 言葉にならない深い感動が全身を包み込む時間でした。歌声と尺八の重なりの中に、人の情念、悲哀、怒りと悲しみ、熱い思い、深い静けさが凝縮されていました。人の息遣いがすぐそばで感じられ、言葉の大切さ笛の音の深さにじっくりと触れることができました。

 そのわずかな時間との触れ合いは、これからの自分の演奏の変化を生みだすだろうという予感を伴いました。一つ一つの音の響きに生きざまのすべてを注ぎ込む。その瞬間の大切さを別の視点から確認させられる時間になりました。日本の風土が生み出す音の流れの美しさ、その豊かさと深さがラブフルート独特の響きと繋がっていくのだろうな...と。

 翌日は、ヒノキアスナロを大切に育樹し、地道に下草刈りをしながら守っておられる方々の前で演奏させていただき、インディアンドラムを一緒にたたきながら静かな祈り心に触れる時間をいただきました。

 季節の恵み、港町の恵みいっぱいの昼食をいただき、ゆったりと演奏の時間が過ぎました。古さを生かした街並みは新鮮で興味深いものがいっぱいありました。楽しい会話の中から、是非、桐の木を持って帰って笛にしてみてほしいとの声がありました。

 ひょっとして、今度は桐の木が江差とのさらなる再会、交流に繋がるのかもしれない..。そんな思いを抱きながら、長い旅路を終えてきました。1600年代半ばに開かれた、北海道では古い歴史を担う町。
人の繋がり、時の流れ、脈々と歌い継がれる江差追分。そこには、自分が分かち合いたいと思っている音の響きと人の心の繋がりの原点があったような気がします。

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2009/10/19

笛と就職  ラブフルート

 某大学から講義の依頼が届き、1時間半の時間を学生の皆さんと過ごしてきました。この春の展示会がきっかけとなり、秋になって実を結んだのでした。誰一人知る人もなく、電話1本でお引き受けしたのですが、少し不思議な体験となりました。

 これまでにも札幌市民大学での講座や企業の講習会などをさせていただくという体験をさせていただきましたが、はてさて今回はどんなことになるのか...未知の森に入り込んだ感覚でした。

 今更ながらに感じたのは、ほぼ同年代の若者たちがいっぱいいるところだったということでした。学校なんだから当たり前なのでしょうが、とても不思議な感覚でした。若い命、そのエネルギーを強く感じました。かつて高校に勤務していたことがありましたが、学生たちとの接触はどこか懐かしさもありました。

 現代社会と就職というテーマなのに、目の前にずらーっと木の笛が並んでいて、およそ関係なさそうな講義と個性的な音色が行きつ巡りつする...。大半の皆さんは、これはどういうことなのかという表情でした。そんな学生たちが、次第に自分が自分として生きていくことの意味へとつながっていく...。そんな時間になりました。

 最後に講義から受け取ったことを全員がレポートしたものを手渡していただきました。音色が教室全体に響き渡ったときの不思議な静寂が、さまざまな言葉となって綴られていました。

 すべてをじっくり読ませていただきました。それは種々の樹木が生み出した不思議の森を通り抜けるような感覚でした。あの空間に、こんなにも多様で豊かな思いが満ちていたのだと知らされ、個々の存在の尊さを改めて感じました。

 はっとするようなキラキラした文章は、あたかも一本の笛、その音色のように自分自身の道を指し示しているようでした。ゆったりと呼吸をしながら、それぞれの木々の響きを素朴に感じていただき、思い浮かぶままに言葉を紡ぐ時間になりました。

 社会に自分を合わせようとするよりは、自分がどんな人間として生きて行きたいのか、自分の基盤を明確にすること、自分の内側にある純粋な流れに妥協しない道を歩くことで社会は豊かになっていくのではないだろうか。それは並べられた個性豊かな笛たちが、人の呼吸と共鳴し、美しい音色となって空間を揺らすときに潜むメッセージのような気がします。
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2009/10/13

森のささやき  雑感

「森のささやき」という密かな会場でのライブが終わりました。人の思いが積み上げられて完成した建物は周囲を木々に囲まれ静かに時の流れを感じる空間でした。オーナーの思いもあって、今回のライブは多くの方々へのお知らせは控えさせていただきました。

 うっすら紅葉した木々を背景に静かにそばを打つ姿をのんびりと眺めながら気ままなおしゃべりを楽しむ時間。手の届きそうなところにエゾリスや小鳥たちがやってくるのが楽しかった。自分の体の中に入ってくる食べものが生まれてくる様をじっと見つめていると、生きていること、生かされていることの意味が今まで感じたことのない深くて暖かい光や流れになって自分を包みこんでくれました。

 新そばのおいしさを喜んだり楽しんだり..このまま音楽が聞こえてきたら、いつのまにか自分も一本の木になったり、小鳥やリスになってしまうかもしれない。ふとそんな感覚が浮かんでいました。

 やがて自分たちの時間がやってきて、集まられた誰もが手を添えてくださり。暖かいライブになりました。大半の方々がそっと目を閉じ、音の響きと時の流れを受け取っておられました。森の木々がささやく。
いそいそと駆け回るエゾリスも風のそよぎも、通り過ぎる雨音。みんなで揺らいで、流れて、ドラムの鼓動がいのちを繋いでくれました。

 たそがれとともに、一人二人と立ち去る時間。深くやさしい珈琲の香り。笑顔とやさしさ、静かな時間がいっぱいのライブになりました。

 ひとりでも木々の響きを聴いてみたいという方がおられるなら、時間の許す限り出向きます..そんな会話から生まれた時間でした。

 帰路の途中、近隣で個展を開いているマイミクのmacoさんと再会。暗がりの中に浮かび上がる光の中で、しばしラブフルートを吹かせていただきました。数年ぶりの会話は、記憶を楽しみ、この先に待っている道への思いへとつながっていきました。
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2009/10/4

雨の夜  雑感

 光の森のステージ演奏は土砂降りの中でした。湿度の高さが木管の楽器やドラムに決定的なダメージを与えることは目に見えていました。実際、ラブフルートは水を掛けたように濡れていました。響きに変化が起こるのは当然のことでした。この日は、来場者の方々や主催者の方々にとっても厳しい状況でした。

 ライブはステージイベントの最後でしたから人影はさらに乏しくなりました。多分、今日は行っても無駄と判断された方が多かったのではと思います。ベンチはあるけれど濡れていて座るのが難しい。傘をさしながら、肩口を濡らしながら長い時間立ち続ける、寒さもこたえる、聴き続けるには厳しいものがあったと思います。

 自分たちの前の方々のステージを見せてもらいながら、光と紅葉が始まった木々との絶妙のハーモニー、その美しさが心に残りました。それと同時に傘を持つ手が辛くなり、拍手も思うように出来ませんでしたが、なかなかいい時間でした。

 秋の雨の夜ではありましたがライブにが来てくださった方々がおられました。雨音の中で聴こえてくるラブフルートやドラムの音色に感動され、後にメールをくださったYさん。その文字の中には1000人の来場者に勝る素敵な思いが綴られていました。その手紙をイベントのために奔走していたNさんにも読んで頂きました。彼にとっても大いに励ましと喜びになると感じたからでした。眼を通した彼には笑顔が浮かんでいました。

 そこにどんなことが起こっても、その中で出来ることをさせていただく...そんなライブから感じられた思いを届けてくださったSさん。翌日のライブに再度来てくださって、昨日の夜も聴かせてもらいましたと言いながら手助けしてくださったYさん。

 この日を楽しみに舞ってくださったHさん。彼女の舞いが始まったとき、雨音が一段と強くなり、舞い終わった時に雨音はゆるかに静まっていきました。雨音と笛の音と舞い。それが雨の筋と美しい光と木々の陰影中で聴こえてくる。その幻想的な印象を綴ってくださった一通のメール。

 自然の営みと木々の響きが生み出す不思議な世界。秋晴れの日、風の日、雨の日と繋がったライブから受け取るもの。それは秋の恵み、一粒の熟れた甘酸っぱい木の実のようでした。

 翌日のライブは前日とは打って変わった好天。雅楽演奏の時間は十五夜の輝きと相まって、その音の世界がうっすらと色付き揺れる木の葉と一つになりました。その響きはこの日本の風土の中から生まれてきたのだとしみじみと感じました。この日は室内でのライブ。遅い時間であり、庭園のステージもありましたが豊平館内の会場は立ち見の方もたくさんおられました。

 10月のライブはまだ続きます。11日の長沼、24日の江差、31日の盤渓。色んな収穫を楽しみながら旅を続けようと思っています。
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2009/9/30

風の中で笛を吹く  ラブフルート

 先日「えこりん村まつり」で2ステージの演奏とラブフルートの展示の機会がありました。初期の演奏活動の際、丸一年小樽でのステージライブでお世話になったIさんからのお誘いがあり、地元で何か協力できることがあればと思い、参加させていただきました。

 久々にディジュのケンGさんにも協力いただいてのステージになりました。まつりということでしたので、少しパワフルさがあってリズミカルな構成が必要かと思ってのことでした。

 素晴らしい秋晴れで、暑過ぎるほどの好天でした。それはイベントにとっては良かったことなのですが、太陽光を浴びたフルートは音程が上ずり調整が難しいのです。最初のステージは暑さとの戦い。2度目のステージは、吹き始めた風に翻弄され、音がかすれてしまう厳しい状況でした。さらにタイムスケジュールの調整もあり、最後の演奏は風を避けるためにお客様に背を向けざるを得ない状態になってしまいました。

 風に向かって演奏すると微妙なニュアンスで表現することが出来ない...。あるいは音の流れが中断される...。あたかも風の強いときにたばこの火を点けようとしているようなスタイルでの演奏でした。

 風、雨、日差し。屋外での演奏にアクシデントはつきものですが、先日の平岡樹芸センターのコンサートも極度の湿度がドラムをボコボコさせ、演奏が厳しいことをお伝えし、室内での演奏に切り替えていただきました。

 この10月2日の「光の森2009」は日本庭園。屋外のライブですが、果してどうなるか...。3日は豊平館のロビーですから、天候の影響はないけれど湿度が高ければドラムが厳しい。

 こうした流れを否定的に捉える必要はなさそうです。自然と繋がっていて、生きていて、そこに待ち受けていることを受け取る。その大切さを感じます。アクシデントの中から、笛の響きを感じ取り、工房を訪ね、或いは連絡をくださる方々がおられました。

 決めたことを、何としても実現しなければならないと考える人々の計画とエネルギー。それは人の命の源にある自然の流れとどうかかわっていくのかという問いになるでしょう。自然からのメッセージは、人生に起こる様々な出来事の根元にある動きと確実に繋がっている...。それを確かめることも必要な気がします。

 変わりやすい秋の天候が、確実に冬に繋がっているように、人生の揺さぶりもどこかに繋がっているのでしょう。変動し続ける..それは自然が持つ本質と言ってもよさそうです..。
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2009/9/25

石が風に変わる時  雑感

 メモリアル・ストーン。こんな言葉があるかどうかは分かりませんが、自分なりにそう思って手元に置いてある石があります。深い緑色でちょうど掌にしっかりにぎりしめられる石です。サンドブラストでスネークの模様が彫ってあります。

 それは、ラブフルートを巡ってアメリカに出かけたときホームステイさせていただいたご夫妻との交流の最後に空港でそっとポケットに入れてくれた石でした。彼と私は写真と石のコレクション、そしてラブフルートという共通の話題で話が弾みました。

 居間には石を並べて、ライトアップしている棚がありました。ご夫妻でカヤックを楽しんでいて、カヤックがチンしたとき川底でつかんだ石だといいながら懐かしそうに見せてくれました。

 その彼と車で移動中、運転席のちょっとしたスペースに石が置いてありました。それが気になって質問すると、彼のシンボルアニマルが彫ってある大切な石だと教えてくれました。奥様はドラゴンとのことでしたが、どういう根拠を持っているのかは聞かずじまいでした。

 彼らと別れてワシントンDCに向かう時、彼はそっとハグしながらポケットに何かを入れました。なんだろう?と思って手を入れると、そこには彼といつも一緒にいたあの石が入っていました。

 空港に向かう前日の夜、彼と二人で色んなことを話しました。ときおり聞きなれない単語が出てくると小さな辞書を取り出して確認しながらでしたが、それぞれの人生に起こっている目に見えない大切なことに関して話し込み、最後は彼のためにマッサージをして2時間ほど眠りました。

 彼と二人で過ごしたきっかけは、最後の食事の時に夢のことが話題に上ったからでした。私のために部屋を開け、ベッドを提供してくれた同居人の女性とハート夫妻と4人で過ごしました。口火を切ったのは同居人の女性でした。自分は3年前に、ハート夫妻の家に同居するという夢を見て、その通りになっていると..。すると、ボブ(ご主人)が5年ほど前に不思議な印象に残るフルートに関する夢を記憶していたのだけど、どうもMr.ONOとのことだと思うと続けました。そこで、私は11年前にこの一連の状況を知らされていたと続けました。

 ここまで来たとき、ジェニー(奥様)は、今夜は二人でゆっくり会話するといいと言いだし、急きょ私とボブはホテルに向かうことになったのでした。その夜の会話は小さなメモと一緒に残っています。その時の一連の流れは、彼から受け取ったメモリアル・ストーンを握りしめると鮮やかによみがえって来ます。

 その石は、自分の過去と現在と未来を繋ぐシンボリックな存在であり、現実と内的世界を繋ぐ不思議なものでもあるのです。勿論、石を過大に位置づけている訳ではありません。仮に、この石を失ったとしても、そのイメージと役割は必要な時まで残されていくのだと思います。

 石という存在が、一緒独特の存在感を持ち、特有のメッセージを届けてくれるものであり、人の心にちゃんと置き場所がある。そんな思いが秋の空に飛んで行きました..。
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2009/9/20

猫の額畑レポート・ブラックベリーパイ  雑感

 自宅の猫の額畑で始まったゴーヤとトマトとヤーコンには、それぞれの物語が生まれています。ゴーヤは春の暴風雨に耐え、必死で花をつけたものの、結局実になりそうなものは皆無。日照時間の乏しさや気温、生育環境などもろもろの複合的要素の結果でしょう。

 トマトは可愛らしい実を結び、それなりに楽しみ、美味しく頂くことができました。初秋の夕日に照らされるトマトの姿はなかなか美しく、いい感じです。

 ヤーコンの方は、まったく予想外の成長ぶりで圧倒されています。背丈は1mを超え、立派な葉っぱは見る度独特の満足感を与えてくれます。鉾のように見事な葉の姿は、さらに勢いを増しています。根菜なので土の中の様子は分かりませんが、ひょっとして葉っぱばかり成長してるのかも知れません。背丈は1.5〜2mになるらしいと知り一安心ですが、あのヤーコンがここまでグングン伸びるとはびっくりです。

 そのヤーコンを見下ろしているプルーンの木は、昨年とは打って変わって虫たちの饗宴状態です。実はたわわですが、まだ熟したプルーンを一粒も食べられないままです。これはいいぞと思っても、先客がいて自分の口には入りません。かと言って、熟していないものは、酸味が強くて食べるのはちょっと...。

 虫たちは食べるのが専門ですから、せっせとフルート製作に励んでいる頃に、堂々と侵入して甘くておいしいところを食べ放題です。虫たちは鼻が効くのか、熟していない実にはまったく食いつきません。こういう状況は一昨年にもありました。昨年は、バケツ何杯分ものプルーンに虫はほとんどいませんでしたが、今年は残念な年のようです...。

 そのかわり、今年はブルーベリーとブラックベリーがたくさん実をつけていて、美味しい。あたかも打ち合わせしたように、木々の実りのバランスが取れています。

 ということで、今年はブラックベリーパイに挑戦することにしました。初めてのブラックベリーパイは興味津津でしたが、初めてにしてはそれなりに出来上がりました.。ブラックベリーがぎっしりつまったパイ。紅茶の時間が楽しみです。フルートのチューニングや磨き作業で疲れた聴力や手の痛みを休めるには良さそうです。

 期待と失望と意外な収穫。猫の額ほどの小さな畑にも、ちょっとした短編小説になりそうなドラマがあります。豪華な連休は最終日のライブ以外は、工房作業とくつろぎを織り交ぜて過ごせそうです。
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2009/9/15

後輩たちの取材  雑感

中学の後輩からの取材。突然の依頼をいただき約束の日時を迎えました。約束の日に現れたのは可愛い女子中学生のお二人でした。しっかりとインタビューの質問事項を用意して、交互に質問がやってきました。

 なかなか思いがけない質問もあり、ちょっと刺激になりました。ラブフルートを作っている人が地元にいることをネットで発見し、興味を持ったようです。学校の壁新聞の発表で掲載するとのことでした。後輩とはいっても、お父さんの年齢が私よりずっと若い...。

 自分はずっと独身ですから、数十年自分である気持ちや感覚はほとんど変わっていません。家族は減っていく一方で増えることはありません。個人的な生活状況が変わっていないので、あまり年齢を重ねている感覚がありません。とはいえ、体が勝手に変化していくので、不思議な気分ではあるのですが...。

 今回の取材は、彼女たちの若々しい新鮮な視点からの問いかけを受け、不思議な緊張感がありました。新しい、若い方々が育まれているんだな..と実感させられたのです。なぜかとても丁寧に、そして大人たちの取材とは全く違った感覚で自分自身の足取りや、現在関わっているラブフルート製作や演奏のことを省みる時間になりました。

 果たしてどんな壁新聞になるのか..。ラブフルートの絵も描くのだそうですから、ちょっと見てみたいな..と。たくさんの人の目に触れる、テレビや新聞より、ずっと気になるのが面白いところです。

 実際に手に触れて、音を出してみた感想をありのまま書くといいかもね〜といいながら、ほんの少し触れてもらいましたから、そのあたりの感想も気になります。

 記念写真を撮らせていただいたのですが、可愛い子たちが悪者に狙われたらまずいので掲載は残念ですがやめておこうと思います。
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2009/9/11

虻の一刺し  雑感

 8月末の網走でのライブの途中で滝上にある森の学校に立ち寄りました。全くの思いつきでしたが、もしおられるのなら立ち寄るかも知れませんと一報したのでした。未知の場所に出向くというのは、なんとも新鮮な感じがするものです。

 この先のどこに学校はあるのだろうと少し不安になりそうな、ひたすら深い森が続くその先にそれらしき場所がありました。あたかも先住民族の土地に踏み込むような不思議な感覚でした。以前から、知人が訪ねた話を伺ったり、奥様がラブフルートを注文してくださったり、一昨年の吹き初めに来てくださったりしていました。

 いつかは訪れることになるだろうという予感はしていましたが、網走の途中の思いがけない訪問になりました。そこは、森の中で人が生きているという素朴な空間でした。それ以外はありません。こういうところにずっといたら、自分はどうなっていくのだろう...。空想するだけでも十分不思議な感覚になるのですが、実際そういう空間があって、本人が望むならどうぞ..という世界です。

 ここでフルートを吹かせてもらい、ジャンベを叩く方やじっと聴いている方を交えて、ほんの少しの時間を過ごしました。初めてラブフルートを吹いた方は、独特のスタンスで楽しげに音を楽しんでおられました。この時、まったく数十年ぶりでアブに刺されました。激痛が走り、その痛みは数日たっても残り、既に2週間が過ぎたのに未だに鈍痛と腫れの跡が残っています。

 彼らは強靭な生命力を持っていて、私の体はたちまちそのひと刺しに振り回されてしまいました。とっさに毒消しの草を見つけるなどという知恵もなく、ひたすら痛みをこらえながら目的地に向かいました。フルート演奏を中断すれば回避できたのですが....。ステージライブのスタンスで、演奏継続を選択してしまいました...。

 こういうハプニングが起こると、そこから色んなメッセージが聞こえてきます。川で身を洗い、焚火のまわりに集まり、思いつくままに歌ったり語ったり、焚火のための木を切り倒したり、屋根はシート一枚。数日のキャンプで日常に戻るという軽い接点ではなく、そこにとどまること。そこでは、きっと未知の自分との出会いがあるのでしょう。そんなことが自分の人生に待ち受けているのだろうか?

 戻ってきて身の周りを見ると、おびただしい物たちに囲まれて生活している自分に気づきます。自分というたった一人の世界に、よくもこんなにものがあるな〜と驚きます。死に場所を求めて、密かに姿を消す動物の話を聞いたことがありますが、荷物が多いと整理に忙しくてゆっくり死んでられない..のかも知れません。
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2009/8/31

かえる  ラブフルート

 かえる。そんな言葉がポツリと心に浮かびました。帰る、変える、返る。他にも文字はあるけれど..。自分の中では、「帰る」が浮かんでいました。自分の命の原風景は道東の町。ふるさと(美幌)がそこにあります。

 今回、網走でのライブのために足を運んだ道東は、これまでとは違う感覚を呼び起こしました。亡くなった母の生まれたサロマにも立ち寄りました。目の前には広い湖と空だけ...。素朴で美しかった。

 夕焼け色の湖面と雲の繋がり。無数の星たちが歌う夜空の美しさは、これからの旅路にも、ときおり甦っては、何かを伝えてくれるような気がします。
 
 原生花園に足を延ばし、そのオープンスペースの見事さに、しばし言葉を忘れました。自分の立つ大地が、空と水に包まれていることを告げる風。そのささやきにそっと耳を澄ませました。

 僕はここで眠りたい...。この北の大地、東の果てが魂の住み家なのかも知れない..。観光地の看板を掲げ、人や金を集めようとする..そんなやりかたを誰が始めたのだろう。静かで何にもないけれど、ひとつひとつの美しさや、喜びや、暖かさを感じられる場所がいい...。

 岩や巨木に名前を付けスポットをあてる。こういう自然との関わり方からは決して聴くことのできないメッセージ。それは、人目には寂れていると感じるようなところに届けられているような気がします。

 黄色い布で作られたリュックに太くて短いラブフルートを入れ、サロマ湖を一望する山に登り、ひと吹きしました。目の前を吹きわたる風と一緒に木の響きが流れて行きました。このわずかな時間で十分心は満たされ、ライブへの準備を終え、会場に向かいました。

 向った会場は、卯原内(うばらない)の鉄道記念館。背後にはサンゴ草が色付き始めていました。そこでは、色んな繋がりでやって来られた方々との出会いがありました。遠方から来られた方にはとりわけ頭が下がりました。ラブフルートの生演奏を聴くのは初めての方がほとんどだったと思います。ライブ後のワークショップも、時間が遅かったにもかかわらず熱心に参加してくださいました。とても楽しい時間を過ごすことができました。

 セットアップしてくださったYさんご一家。ありがとうございました。Yさん、後片付けの時はちょっとめまいが..と口にしてましたが...。打ち上げのたくさんの料理に熱い思いがいっぱいでした!また、いつか..今度は、ご希望に合わせて明るめで参加型の時間もたっぷり取りたいですね...。
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2009/8/26

ラブフルート四重奏?  ラブフルート

 今月の初めに開かれたラブフルート・ワークショップin余市の一こまをラブフルートリング (http://love-flute.blogspot.com/)のブログに掲載しました。

 音のバランスや、音程の不安定さは、初心者を含めた演奏ということでご容赦ください。逆に言いますと、初心者もこんな風に楽しめるということでご理解いただければ幸いです。

この他にも動画はあるのですが、参加メンバーが自由にユニットを作って即興で演奏を楽しむという時間では、大きく二つのグループが出来ました。それぞれにユニークで楽しげなスタイルが印象的でした。

 色んなスタイルで、メンバー構成に合わせてワークショップを続けて来ましたが、余市では今回の動画やワークにはない自由に吹き交わす時間が、なんといっても楽しげでした。よくも、そんなに笛ばっかり吹いていられるな〜と呟いてる自分がいました。人間とは笛を吹く生き物という分類も成立しそうな雰囲気でした。

 遅ればせながら、ワークの一こまを掲載させていただきました。

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夏の空・工房の真上にできた光のリング
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2009/8/20

秋いちばん  雑感

  いつのころからか、折りたたみ自転車を車のトランクに入れて、好きなところで組み立て風を感じながら移動するというスタイルを続けて来たのですが、折りたたみ自転車も3台目になりました。一年が慌ただしく過ぎるようになって、なかなか乗る時間が取れないままでしたが、先日ほんの少しだけ気分転換に川辺のサイクリングロードを走ってみました。

 肌に感じる風が秋の気配で、周囲の草花も秋を先取りしていました。ススキこそまだ開いてはいませんでしたが、いつでも秋の主役になれる感じでした。

 お気に入りのバッグにちょっと短めのフルートを入れて、よさそうな場所を見つけ、おもむろに取り出して息を注ぐ。これだけで十分満足でした。夏の花たちも嬉しいのですが、秋の花たちは一層心を動かすように感じました。

 カメラを背負っていたのですが、撮るより感じる時間のほうが心地よかったのでシャッターは切りませんでした。

 束の間の自転車時間を終えると、黙々と工房での作業に戻ります。60数本あったオーダーフルートも40数本になり、さらに集中して製作に打ち込みたいと思っています。ここ2週間ほどで、16〜17本のフルートが旅立つ予定です。どんな風に乗って飛んでいくのか楽しみです。

 新しい樹種のフルート製作もゆっくり準備を始めています。イチョウ、イヌマキ、ローズウッド、アカエゾマツなどの響きがどんな世界を見せてくれるのか楽しみです。樹種の他にも、新しい響きを生み出すフルートの模索も続いています。さらに、新しい方々との出会いも始まっています。

 どんな実りの秋になるのか...どんな風に色づいていくのか...それぞれの秋の序曲が始まっているようです。
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2009/8/11

木々の響き  ラブフルート

  きょう新しいCDが発売開始になりました。この春、音へのこだわりや木の笛の響きについて、いろいろ思っていることをお話しする機会がありました。資金力がない僕の思いを聞いた、レコーディング会社の方が声をかけてくださり、思いが動き始めました。

 50本のフルートを持ち込んで、直感だけで吹き始め、録り貯めるという作業が何回か続きました。笛一本で何が生まれてくるのか...。格別な方向性もなく、気ままに吹きながら..好きに吹きました。

 格別ネイティブ・アメリカン風を考えず、木の響きに誘われながらの時間になりました。何かを模倣したり、意識的なリズムもなく、野山や森や川辺を気ままに散歩する。そんな中から生まれてきました。

 僕は風になりたい...録音作業の途中で何度もそう感じました。きちんと、まじめに音楽を捉えている方からすれば不謹慎の極みなのだと思います。ちょっとうわずったり、さがったりする音程を無理やり強制することもなく...。なんの鍛錬もない、粗野で、不規則で、不安定....。そんな批判を浴びるだろうことを知りながらなぜ、敢えてそんな表現するのか...。

 音楽を精緻な数学の世界と結びつけ、周波数を計測し、調和を図る。ハーモニーを大切に、個々の楽器との調和を図る。規則的な音程の中で、特定の価値観を表現し、それを称賛する...。その不思議な自負心や優越意識が、どうにも居心地が悪くなって来たからなのでしょう。

 ふわっと舞いあがり、くしゃっと踏みつぶされて、いつしか土にかえる木の葉。そんな自分で十分満たされ、感謝も自由も喜びもある...。おびただしい人の言葉や価値観の主張が一滴の水滴のように土に浸み込み、いつしか空に舞い上がり、やがては地上に降り立つ。

 自分に与えられた呼吸が木々の細胞と触れ合い、彼らが辿ったであろう未知の時間と経験が響きとなり共鳴する。そこには人がどれほど経験や知識を誇っても決して知りえない深い知恵に満ちたささやきがある...。その世界と触れ合う、何気ないきっかけになればいいかも知れない...。

 そうやって一枚のCDが生まれました。ジャケットのデザインのために精力を尽くしてくれた方々。彼らと一緒に久々にカメラを担いで自然の中で楽しみました。木々の響きと愛の笛の物語をグルグル廻りながら、それぞれの心の世界が広がり繋がっていく...。そんなイメージが形になりました。

 それぞれが与えられた力を合わせて、生まれたCDに感謝です。

 蘇った木々の息吹きが、新しい風になって木々を揺らし、木の葉の歌が空に響き渡りますように...。

せせらぎの響きや小鳥たちの歌が、私たちの心を喜びで満たしてくれますように....。

降り注ぐ光が賛美し、降りてくる雨たちが空を舞い、月や星の光が心を満たしてくれますように....。

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関心のある方は、ブルーレイバンクリエーションまでメールでお知らせください...
メルアド=ravenono@basil.ocn.ne.jp
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2009/7/31

きょうもいるかな..  雑感

 今日もあいつがいるかな〜。工房に向かう前に入口付近の池のメダカと金魚たちとのご対面。そろそろ池の上のブラックベリーが花から実に変わり始めました。その上では時を待つプルーンたちもいます。

 そこからくるりと方向転換して工房前のレッドベリーに向かい、食べ頃の実をいただきます。気が向くと、その奥にあるレッドカーラントもいただきます。

 その手前あたりに根わさびが茂っているのですが、数週間前に、その葉っぱの上にアマガエルがいました。その姿を見た途端、一気に子供のころに空間が移動したような錯覚に陥りました。当時はちょっと勇気を出して、僕も蛙にさわるのなんて平気さと言いたげな表情をしていたんだと思います。

 水場もないのに、どうしてこんなところに現れたのだろう?!その道のりが謎です。その不思議さが新鮮でした。緑色のあいつは他に仲間もいない感じでした。考えてみたら、蛙一匹一人旅なわけです。この広い世界にたった一匹で葉っぱに乗っかっているのです。そう思うと、こいつはかっこいいし、かわいいやつだな〜と真面目に感動してしまいました。

 最初の出会いから半月、もういないだろうと思いつつも例の葉っぱをのぞきこむと、なんと彼はちょこんと葉っぱの上にいたのです。ものすごく嬉しかった...。生きてたのか、そこにいたのか〜と。何食べてるのかな?ちょっと食べ物のことなども気にしたり..。

 彼からすれば、巨大な存在に見えるだろう僕が、親指の先ぐらいの蛙に感動している。その出会いから、いろんなことが広がっていきます。最近咲いたゴーヤの花だって、朝目を合わせると「おはよ〜」と言ってるような気がします。

 冬には毎日のように食事に来ていた鳥たちは、すっかり姿を見せなくなってますが、自然からいただくごちそうを楽しんでいるのだと思います。出会ったり、別れたりという輪の中で旅を続けているけれど、しっかり大地に繋がっていて、いつかはみんな大地に帰っていく。そういう不思議な世界で命を与えられている自分。さて今日は何をしようかな...。

 明日からはラブフルート・ワークショップ。どんなことになるか..そこから何が生まれて、どこに向かうのか...。自分も、蛙の隣に並んで新しい朝を迎えながら、一人旅を楽しむことにします。

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