2012/2/10

助けは備えられている  雑感

  先日、タングロン北海道を訪問し、福島の子供達にタングロンを届けたいという思いをお伝えし、協力をお願いして来ました。

 昨年の震災後、早々に呼びかけを始めましたが、様々な関門があり、一歩一歩進んで来ました。

 お届けする場所が、内部被曝を回避するために懸命に取り組んでいる相馬保育園に決まりました。

 次は届ける側の準備。チャリティーライブでタングロンを送るための基金を集めたり、工房への来訪者にタングロンを飲んで頂き、思いを伝え続けて来ました。

 そして今回は販売元の社長さんと直接お会いして、お話をさせていただきました。タングロンそのものの安全性、成分分析、検査証明、その他を提示していただきました。

 成分の中に昆布のヨードが含まれていることやリンゴの成分があることを確認出来ました。カリウムやカルシウムも入っています。また、原材料の放射能検査ではヨウ素やセシウムが検出されていないとの証明書もとっておられました。

 僕がタングロンを届けたいと願う理由は大きく二つあります。一つは、内部被曝軽減の可能性を含む飲み物を届けること。もう一つは、これを受け取り、飲む事で心理的負担が少しでも軽減されるかもしれないという思いです。

 資金に限りがありますから、今回タングロンをお届けするのをきっかけに、継続して飲み続けたいと思う方がおられ、長い目で子供たちを守る動きに繋がればと思っています。或は、昆布やりんごに意識を向け、ヨウ素の体外排泄の可能性を考えるきっかけになればと思っています。

 今回の訪問で、タングロン北海道から好意的、協力的なお話を頂きました。活動の当初から、タングロンの送料負担が気になっていましたが、相馬保育園への支援に限り送料無料で提供していただけることになりました。また、価格も特別価格で提供くださるとの申し出がありました。

 ここまで協力を頂けるとは思いも寄らぬことでした。それぞれができる事を持ち寄って、幼い子供達のためにできる事をしよう、そんな方々が色んな所におられて、それが命を繋いで行くのだと思います。

 今はタングロンをきっかけに、周囲の仲間に声を掛けさせて頂き、様々な協力をいただき始めています。

 3月に入ったら、タングロンと作家たちの思いを携え、子供達と一緒に愛の笛を吹き、心のドラムを叩き、それぞの思いを天に向けて歌い、踊ってくる予定です。
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2012/2/10

小さなスタート  雑感

被災地の子供たちを支えるために手を添えていただけますか?

2011・3・11  東日本大震災から間もなく一年を迎えようとしています。
KOCOMATSUでは震災当初から、様々な形で支援をしたり、原発の事を考えるセミナーを開いてきました。

 その中で、放射能の影響を強く受けている福島とその近郊の皆さん、とりわけ子供達の為にできることをしようと思い続けてきました。

 放射能危機の只中で生活している人達が、少しでも心が支えられ、健康を維持する知恵と助け合いができるよう、具体的に動き出す準備をして来ました。

 最初に手掛けたのは、福島の子供達にタングロンを届けたいという動きです。チェルノブイリの時にも送られたタングロンは北海道生まれで昆布酵素含む飲み物です。

 具体的には相馬保育園の園児155名と職員30名に届けたいと思っています。この思いを受け止めて下さったタングロン北海道(株)の皆さんのご理解とご協力をいただくことが出来ました。後は、賛同される皆様の支援をいただき、できる限り届けたいと願っています。

 タングロンの事でお話をしている中で、子供達が全く外に出ることができないまま過ごしているので、演奏などに来てもらえると嬉しいですと伺いました。そのためにたくさんのドラムなどを準備しています。

 この段階で、もし出来るなら室内で長く過ごす子供達のために遊べるものを届けられないだろうかと思い、親しくさせていただいている作家たちに声を掛けることにしました。

 嬉しいことに、何かできることがあればできる事をやってみようと集まってくださいました。その中で、無理せず、楽しく、意義のある事として、積み木をたくさん作って、箱詰めにしてお届けし楽しく遊んで貰ったり、スマートボウルのセットを届けようということになりました。

 こうした活動にご理解をいただき、ご支援頂ければ助かります。

 目標額は10万円(二人の交通費と車両のフェリー代、一泊分の宿泊費、ガソリン代)です。
 交通費は可能な限り割引などの特典を利用して節約し、余剰金が出た時は次の活動のために備蓄したいと思います。

タングロンを子供達に届けるための資金の援助にもご協力をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

今回の活動に参加してくださるのは

カントリーバーン・二宮氏  (積み木&積み木をいれる箱・現地訪問)
Ken's  Wood  Working・都築氏  (積み木)
木の店 AU・AU・運野氏  (スマートボウル盤)
ボザール・デザインビューロー・石戸谷氏  (ステンドグラス)
森のささやき・後藤氏  (積み木)
NPO法人 h.i.p-a   中居氏 (タングロン支援金)
タングロン北海道(株)・林田氏  (タングロン支援)
ブルーレイバンクリエーション・小野氏 (タングロン支援・演奏・現地訪問)

呼び掛け人
ブルーレイバンクリエーション
小野昭一
恵庭市島松東町3ー1ー8
電話&FAX  0123ー36ー8881
携帯電話  090ー8906ー9916
メール  ravenono@basil.ocn.ne.jp
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2012/2/4

2月3日 のつぶやき  ラブフルート

ravensho http://twitter.com/ravensho
2月3日 つぶやきまとめ


10:19
ジョン・バチュラーの記した「アイヌの暮らしと伝承」節分のこの日からじっくりと読み始めました。全56章。貪るように、探求し、目的のための読書時代が終わり、熟読し心の内奧に染み込むように読み進める道を辿っています。100冊捨てて一冊を見つける新しい楽しみが始まりました。
2012/02/03 Fri 10:19 From Twitter for iPad

10:04
福島の子供達にタングロンを届けたい!ほぼ一年近く待ち続けましたが、昨日タングロン北海道の社長さんとお会いし、活動に理解を示して下さり、協力を頂きました。この3月に福島に向かう予定です。
2012/02/03 Fri 10:04 From Twitter for iPad

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2012/1/31

1月30日 のつぶやき  ラブフルート

ravensho http://twitter.com/ravensho
1月30日 つぶやきまとめ


16:20
@greywolf0123 こちらこそ。素敵な歌と過ごす時間を感謝します。
2012/01/30 Mon 16:20 From Twitter for iPad greywolf0123宛

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2012/1/27

木と木が空と大地で繋がってる  雑感

 木と木が大地と空で繋がって僕らを支えてる。そんな思いが心の中にやってきました。

 先日、KOCOMATSUに木工家たちを中心に顔を合わせて、被災地の現状に関して何かできることはないだろうかと対話の時間を持ちました。

 僕の呼び掛けに素朴に心を動かし駆け付けてくれる仲間がいる。こういう人達が色んなところでお互いを支え合っているのだと思います。

 対話の成果は着実に生まれ始めています。現地までの足と、滞在期間を確保するためのキャンピングカーを提供してくださる方が手を貸して下さいました。木の笛にとても関心を持っておられるとのこと、まだその響きは届いていないけれど、すでに心は動き出しています。

 木工家はそれぞれに出来る事をしようと準備を始めました。個性ある積木たち、積み木のお家、特製スマートボール、場所が備えられればステンドグラスの事も考えよう。そんな動きが始まりました。

 とはいうものの、活動資金がない。それぞれに個人経営、しかも需要の乏しい世界で懸命に頑張っている人達ばかり。そういう状況にいるからこそ、出来るだけの事をしたいという気持ちが強いのです。

  安易に援助を求めるつもりはありません。ましてや僕のブログの読者はごくわずかですから、書き込む時間があれば工房に入ろうと思うこともあります。

  ですが木々たちが語りかけて来るのです。小さな種から始まった自分たちの事を思ってみたら…と。僕たちがどんな風に繋がりあっているか、良く見てご覧…と。自分に与えられた場所に立って、空に向かい、大地に根ざし、枝を広げ、葉を茂らせ、花を咲かせ、実を実らせている。 光や風や生き物たちが必要なメッセージを届けてくれる…と。

 風のように消え去る小さなブログのコメントが、備えられた心の大地に降り立ち、芽を出し、生き延びる事ができたなら、僕らを待ち受ける未来の時間に、楽しく感謝に満ちた宴を開けるのかもしれませんね。

 いまやろうとしている事。
届けられたお米を相馬の保育園にお届けすること。
タングロン北海道の社長さんとお会いして、僅かですがタングロンのために集められた資金を生かし、子供達や妊婦さんたちに届ける事。
木工家たちが作る木のおもちゃを子供達に届ける事。(震災以来全く外で遊んでいない子供達のために)  
陸前高田の松で作られたラブフルートの響きを届ける事。
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2012/1/25

1月24日 のつぶやき  ラブフルート

ravensho http://twitter.com/ravensho
1月24日 つぶやきまとめ


02:05
[exblog] タングロンで乾杯 http://t.co/RRA04JwL
2012/01/24 Tue 02:05 From excite blog

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2012/1/24

鎌倉帆布巾のリュック  雑感

  長く愛用出来るからと、少し奮発して買い求めた辛子色のお気に入りのリュック。残念ながら車上荒しに合い愛用のラブフルートたちと一緒に盗まれてしまいました。

 一年と少し使って、使う程に気に入って馴染んできた頃に、思いがけず手元から引き離されてしまいました。それから一年以上経過して、代わりにショルダータイプの安価なバッグを背負うようになりました。

 もう一度あのリュックを使いたいと思った事もありましたが、通販はしていないとあって、諦めていました。

 それでもシンプルで使いやすく丈夫な帆布が気になり続け、思い切って電話を掛け事情をお伝えしてみることにしました。駄目元のつもりでした。

 愛用していたのだけれど、盗まれてしまって、何とかもう一度手にしたいのだが、通販はしていないとの事、何とかなるでしょうか?

 帰って来た返事は、一度お使いになられて製品を知っておられるのであれば、お送りする事は出来ます。製品を知らずに注文があって、気に入らなくて着払いで戻ってくる事が続いたので、通販はしておりません。納得してのご注文であれば喜んでお受けしますとの事でした。

 ホームページはあるけれど、風合いなどは画像では伝わらないので掲載しておりませんとの事でした。

 お話を伺っているうちに、どこか僕のスタンスと似ているな〜と感じました。通信販売をしていないわけではありませんが、ただラブフルートの写真を掲載し、音源を貼り付ける、いわゆるネット販売形式はとっていません。

 今回の僕のように、やっぱりどうしても連絡をして見たいと思われる方々との出会いを大切にしているのです。パーッと写真を眺め、価格と折り合いがつくものを購入する。これは時流に乗った流れなのでしょうが、どこか違和感があります。

 何通ものメールのやり取り、電話での会話、スカイプでのやり取りなども含めて、様々な角度からラブフルートとの出会いとそののちに続く旅のサポートを続けています。

 割り切りも出来るのでしょうが、PCから流れる響きと生のラブフルートの響きの歴然とした違いを思えば、音源の貼り付けは本意ではないのです。

 それそのものを、それとして感じ取り、納得する。そこで初めて金銭のやり取りが生まれる。それが土台となって人と人とのつながりが生まれる。情報や流通が発達した社会の中で、人と人との生きたつながりを大切にし続けるには、それなりの忍耐や細やかな感覚、そして知恵深さが必要でしょう。時にはちょっとした事から思い込みや勘違い、誤解なども起こりえますから、煩わしさが伴うこともあるかもしれません。

  今回出会った鎌倉帆布巾の担当の方は、生きた関係を大切にしながら早々に帆布の丈夫で長持ちのリュックを送って下さいました。お互いの間に喜びと感謝のある繋がりが出来ました。小さなメモ書きが添えてあり、嬉しさと喜びの気持ちが記されていました。ちなみに今回はリュックの色を辛子色からモスグリーンに変えました。
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2012/1/13

放たれた矢はどこにたどり着くのだろう  雑感

  放たれた矢はどこにたどり着くのだろう。昨年末に漸くタングロンの事で小さな動きがありました。素朴な思いが実践される為に、随分と忍耐が必要なのだと思い知らされています。

 もう一つの矢は陸前高田の松の笛。北大のポプラの時もそうでしたが、倒された木々を巡って、人は様々な動きをするものです。即座に商売に結びつける人もいれば、純粋な思いで動く人もいます。自分達の利害に直結させる発想の人もいます。

 こうした動きを見ていると、試され問われているのは人間たちなのだと思います。誰もが自分の視点が当然と思っているのですが、なかなか広い視点から見つめる事が少ないように思います。

 北海道の伊達にやってきた高田の松の一部が、僕のところに届けられました。素朴にあの松が木の響きになって色んな方々に届けられたらとの思いが結びついたのでした。

 新年の吹き初めも終わり、製作とあちこちのライブの打合せなども始まる中で、高田の松の笛のことも動き始めました。

 いざ、動き出すと例によってお役所対応とのおつきあいから始まりました。あれこれやり取りがあって、高田の松を守る会の会長さんを紹介され、会長さんから社会福祉協議会へと橋渡しになり、返答を待っている段階です。

 ボランティアの類は自己完結してくださいという言葉が妙に印象に残っています。ボランティアという言葉はなかなか微妙なわけで、それぞれ都合よく曖昧に使われやすいですから、自分のスタンスを明確にしなければと思っています。

 その地域とは何のつながりもない中で、次々とやってくるボランティア。この構図を考えただけでも、なかなか大変そうです。

 何かイベント的な事を考えようとしても、場所もないスタッフもいない。対応しきれない現実が見え隠れします。多分、流しのギタリストのように仮設住宅を巡って音色をお届けするスタイルになるのでしょう。

 そもそも癒しや慰めや励ましは、一箇所に人を集めて何かをする事から生まれるものなのだろうか?距離感と緊張感、パフォーマーの自己満足といったノイズを避ける知恵が必要な気がします。

 高田の松の笛の音が、必要な人々の心の中をサーッと吹き抜ける。そんな流れに沿って出向けたらいいのかなと思っています。
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2012/1/8

2012の吹き初め  ラブフルート

  2年続けて豪雪に見舞われた吹き初めでしたが、今年は穏やかな時間になりました。

 オープンの準備の為に早めに駆け付けてくれたカントリー家具作家のNさん。荷物を降ろし、使い古されたボロボロのテーブルを組み立てているうちにTさん親子が加わり、何とかセッティング終了。

 昨年からレッスンを続けているTさんと奥様。旭川から駆けつけたKさん。蜜蝋キャンドル作家のKさん。栗のラブフルートを受け取りに来たNさん。ラブフルート残債を持って来たSさん。白老から新しいシウリザクラのラブフルートを受け取りに来たYさん。愛犬と散歩しながら胡桃のラブフルートを吹いているMさんとそのお友達。パープルハートのラブフルートを愛用しているYさんと旦那様。太極拳と詩吟を披露してくれたHさんは新たにアスナロのラブフルートを携えて旅を始めました。

 ライブで踊ってくださるHさん、手作りの持寄り品を持って来ました。何があったのかとお母さんはビックリ。料理なんてしたことないのに...と。今年は何かあるのかな?
  
 蝦夷黒松と胡桃、それぞれのラブフルートを手にされたYさんご夫妻は詩吟を吟じられました。ワタリガラススペシャルクッキーを焼いていて遅くなりましたと言いつつ小樽からやって来たKさん。愛用の胡桃のフルート仲間との出会いを楽しんでおられました。

 今回思わず2本のラブフルートと旅を始められたOさん。ご主人お好みの音色の為に予定していたフルートの他にもう一本買い増しされました。タップダンスの体験コーナーで活躍して下さいました。みんなでタップダンス入門体験になりました。

 石狩からやって来たYさん。この2月に予定されている帯広のライブを楽しみにしていました。蝦夷黒松の響きを手にされたIさん。愛用のトドマツフルートを背負ってやって来たTさん。ディジュリドゥーの演奏を聞かせてくれたオーダー家具作家のTさん。

 カホンの演奏を聞かせてくださったTさん。苫小牧から駆け付けて来たOさん。スキーやラフティングの話題でみんなを楽しませてくださったHさんはイチイのラブフルートの出来上がりを待っています。

 テーブルは皆さんの思い思いの持ち寄りでいっぱいになりました。穏やかでたのしげな皆さんの笑顔と触れ合いながらのスタートになりました。新しい出会いの輪が広がる予感がいっぱいでした。

 この1月は合わせて13本のラブフルートが、放たれた矢のよう天空にとどまり、行くべき道を指し示してくれることでしょう。この後にも旅立ちを待つラブフルートが数十本。声を掛けていただき、作らせていただける旅路に感謝です。
 
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2012/1/5

顔と顔を合わせる  ラブフルート

  この1月7日に開かれるラブフルートの吹き初め。島松駅前の夢創館の石蔵のホールを借り切って9:30〜21:30までの12時間。好きな時に来て、好きな時に帰る。持寄りスタイルの交流です。

 格別グループを形成したり、会を作らず、気ままに、思いつくままにというスタイルは、これからも変わらないでしょう。

 いつ来て、誰に会い、どんな交流が生まれるかは時任せ。誰かを見送っていると、誰かがやってくる。それはちょっとした人生のドラマのようでもあります。

  今年はスタートから新しいラブフルートをお渡しする方が10名ほどおられます。年末年始は仕上げ作業に追われ、明日ギリギリまでかかりそうです。

 吹き初めには誰もがラブフルートを持ってくるかというと、そうでもなく、顔を見せて楽しげに帰られる方も少なくありません。それは義務的に持って来て吹く集まりではないからでしょう。

 ラブフルートを携える旅路には、それぞれに必要な分だけの道のりがあります。気負って吹き始めても続かないでしょう。そのうちにと言っているうちに時間がたちまち流れ去るでしょう。思いがけない形で、事故もあれば病気や怪我や挫折もあるでしょう。もちろん喜ばしい事や楽しい事もあるでしょう。

 そんな旅路の何処かで、ふとラブフルートを手にし、自分の息を注ぎ、木々の響きが心に届く瞬間があるかも知れません。

 僕のレッスンは、そういう瞬間にラブフルートが生かされるようにと願う祈りに近いかもしれません。

 自分の呼吸を注ぎ込むだけの気力も体力もなくなっていたとしても、必要な響きが心に届けられ、純粋な感謝と喜びに包み込まれる。それを受け取り、感じられる心の旅路の小さな杖が、小さな工房で生まれ、必要な方々のお手元に届けられる。

 そんな小さな営みが支えられ、新たに始まります。生きて顔と顔を合わせる瞬間の大切さを確かめる。そんな吹き初めです。葬式に慌ただしく駆けつけるより、生きているうちにたっぷりゆったり交流する時間がどれほど貴重なものか、改めて確認するスタートになりそうです。
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2011/12/27

歌い始めた高田の松の笛  ラブフルート

 思わぬ流れから大震災でなぎ倒された陸前高田の松との出会いがありました。北大の倒木ポプラの時もそうでしたが、それはまだ自分自身も知る事のない道に繋がっているのでしょう。

 それがどれほど些細な事であれ、不可解な事であれ、大きな意味を持って人生に待ち受けている人生のあらゆる出来事への深い信頼。目の前の事象に短絡的に反応するのではなく、根底にある深い意図に思いを向ける事。

 それは心を揺るがす事がないとか、感情が揺さぶられない生き方を意味してはいません。弱さのない完璧を演じる生き方ではなく、痛み悲しみ嘆きを伴う事を恐れない素朴で純粋な心で旅を続ける事だろうと思っています。

 予期せぬ挫折や孤独が待ち受けていた人生。密かな約束を信じて来た僕は、気が付けば老いが進み、死の準備を始める時期になって来ました。目の前には、母が死に、父が倒れた年齢が待っています。

 倒木ポプラと陸前高田の松が手元に届いた意味を新たな視点から受け取る事になりそうです。それは人生のバトンなのかも知れません。

  今回は陸前高田の松で2本のフルートを作りました。長い方のフルートに息を注ぐと、深い海の底に巻き込まれて行った人々のイメージが浮かんで来ました。

  それは怒りでも嘆きでも悲しみでもない不思議なイメージとなって湧き上がって来ました。仮に言葉を使うとすれば畏怖と静寂かも知れません。

 このフルートの響きだけでは重過ぎると感じ、もう一本フルートを作りました。こちらは落ち着きの中にも明るさや安らぎが伴う響きになりました。2本のフルートは、この23日のモエレと24日の藻岩山のコンサートで響きました。
 
 倒されたポプラと松のフルートが持っているメッセージ。その美しい響きは風になって求める人達のところに届けられるのでしょう。
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2011/12/21

届けタングロン  雑感

子供たちや妊婦たちを内部被爆から少しでも守ろうという願いを込めて動き出してから150日以上の時間が流れました。

 その間に何もして来なかったわけではなく、福島の現地の方々とのやりとりが続いていました。この間に、現地の状況の厳しさを痛感しました。思うように時間が取れず、現場の対応に追われている様がひしひしと伝わってきました。

 それと同時に、飲食物を手渡すためのプロセスには、様々な難しさがあると感じました。どの視点から捕らえるかによって、随分とイメージが違って来るものだと改めて気付かされました。

 あるイベントで、紹介され案内されている飲料水に触れる事がありましたが、どこかしら警戒心や、どうなのかな〜という感覚になっている自分を発見。なるほど、視点が変わると、ニュアンスが違って来るものです。自分や家族の身体に取り込むものですから。まして、お金を払うとになれば、はてさてどこでどんな動機で行動を起こせばよいのか危うくなってしまいます。

 タングロンなるネーミングも、なじみのある人にとっては良い感じなのですが、知らない人にとっては、良く分からないしイメージが湧かないのも当然かと思います。まずは自分が飲んでみるという選択をし、お会いする方々に試飲していたえだいたり、涙ぐましい努力を積み重ねてみるものの、健康体には分かりにくいし、栄養剤のような速攻性があるわけでもなく、難しいものです。

 まして内部被爆と云う言葉も、なかなか実感がわかないものです。そんなこんなで、子供たちの命のためにタングロンを送ろうという呼びかけは、消え去ろうとしていました。

 福島で4人目に接点を持った方と、ようやく具体的な動きが生まれました。相馬保育園との接点です。そこでは必死で子供たちを守ろうとする姿勢がうかがえました。それでも、タングロンの名前を持ち出してもピンとは来なかったようです。

 初めて耳にする方には、どんなものなのか見当もつかないのは当然です。150名以上の園児と職員の方々にお届けするには、こちらの資金はあまりにも限られています。保管場所の問題もあります。送料の問題もあります。継続した飲用に繋がらなければ、一時の自己満足に終わりかねません。

 たった一つの思いや必要が、決して簡単には具体化しない。これは今回の事に限らず、様々な状況の中で見受けられることではあります。日常に変化を生み出し、それを持続させること。それはひとえに、個々人の意識の変化と具体的な行動に関わることです。

 あたかも、これを飲めば放射能がみるみる体内から排泄されると思わせてしまうのも危険です。あくまで健康維持のための助けになる飲み物なのだといる領域を越えるものではないのですが、現地でどのような伝わり方になるのか、危惧する事も出て来ます。

 ひとつのことが、バランス良く適切に伝達される。この単純な事が、実際にはなかなか難しい。自分の意識が純粋で誠実であれば、問題ないようにも思えますが、現実には予想外の事が動き始めます。

 いまは、限られたチャリティー資金を、賢く生かせる知恵と新たな協力を願いつつ次の一歩に向いはじめています。密かな協力者も少しづつ現れています。
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2011/12/16

この道を歩く  ラブフルート

 ラブフルートガイドの準備を始めました。以前お渡ししていたガイドもありましたが、ほぼ一年前からフルートと簡単な文面だけを添えてお渡ししてきました。

 それなりに有用なガイドではあったと思うのですが、どこか違和感がありました。それはいわゆる教則本のようなスタイルに近いと感じていたからかもしれません。

 しかし、何もないのは不親切。さてどうしようかと思いつく事をメモしながら時間が経過していました。

 何もない空間に自分の呼吸と木々が触れ合う響きが生まれる。そこに起こっている事はいわゆる楽譜にしたり、教本のようなスタイルでは伝わりません。

 むしろ、教則本のようなアプローチはラブフルートに似合わないと感じています。勿論基本的なガイドはある程度必要ではあるのですが、それはむしろ補足的な要素かと思います。

 音楽という概念からすれば、楽譜があり、何かしらの知っている楽曲を演奏できるようになる事を求める事になるのでしょう。

 どんな曲がどの位上手に演奏できるか。それが目的になると、できる事で評価する価値観と繋がるでしょう。それはラブフルートが持っている大切な要素を見失わせるかも知れません。

 ラブフルートを単なる民族楽器のアイテムとして、自分のやりたい事、できる事を生み出す道具にする。そういう流れは始まってはいます。珍しさ好奇心で広がる笛としての流れはゆっくり広がっています。

  その流れを云々することは僕がする事ではなく、自分がこの笛と出会いなぜこの道を辿っているかを鮮明にする事が大切だと感じています。自分がアイテムを手にするというスタンスではなく、その出会いで自分自身が変わって行く。

 それはラブフルートと出来るだけ一緒に過ごす事。それを素朴に素直に実践する事です。人の心は様々な変遷を経ていますから、思っているよりもずっと奥深いところに自分が潜んでいるものです。

 その自分自身が笛との触れ合いの中で浮かび上がり、恐れも戸惑いもなく自由に生き始めるまでには、予想以上に時間が必要かも知れません。逆に表現すれば、随分と作られた自分が生きているとも言えるでしょう。演じても、模倣しても、論理や体験や知識で取り囲んでも、それは心の実質とは異なる姿かも知れません。

  ラブフルートとの出会いを通して、自分と出会う道に招かれている方々との旅。その為に最低限の要素を組込んだガイドをいつかお手元に届けたいと願っています。しばしお待ちください。
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2011/10/30

愛の笛と大学生  ラブフルート

  20歳前後の男女が一つの空間に集まっている。自分は彼らと向き合って1時間半あまりを過ごす。

 おしゃれな彼らの前で、僕は手作りのラブフルートたちを並べて講師の席に立つ。演奏家としてステージに立つ時とは雰囲気がまったく違う。

 この人は一体誰なんだ?なぜ自分たちの大学にやって来たのだろう?
その辺りから動き出します。

 これはもう、ライブやコンサートとはまったく違います。たとえ見知らぬ人が立っていたとしても、少なくともこれから何やら音楽が始まると知っている人と、何が始まるのか疑心暗鬼の若者達。

  僕の突破口は「愛の笛」の物語。そして木で作られた愛の笛・ラブフルートの勇姿と音の響きでした。こういうストレートな取り組みは初めてでした。

 言葉にならない思いを伝えることを中心に、社会との関わり方、人生の土台となる心と体のことをお話ししました。

  笛の響きとお話しが適度に混じり合い、言葉を笛の音が支え、笛の音が言葉を支える流れになりました。

 僕が作るラブフルートは、基本的にパフォーマンスで吹き鳴らして人に聞かせる事を意図してはいません。勿論、要望があればそういう笛も作りますが…。

 講義のあとのレポートのコピーを頂いて、読み進めて行くうちに敬虔な気持ちが湧き上がって来ました。

 フルートの響きを聴いて、鳥肌が立ちました、心の奥深くが震えましたというような内容が多かったのです。お話も良かったけれど、何と言っても笛がこんなに心を打つものだとは思いませんでした...と。

 その内容に触れた僕の方が、彼らの心の純粋さに心が震え、厳粛な気持ちになりました。

  講義の最後の方で、僕は彼らを愛しているんだな..という感覚に包まれていました。そして最後に、一人一人の姿を思いながらラブフルートを吹かせて頂きました。

 その思いを感じた皆さんの言葉が沢山ありました。一本の笛の響きがお互いを受け入れ愛し合う世界を感じさせ、気づかせてくれたのでした。

 取り分け、学生さん達にドラムを叩いて頂き、笛の音と合わせ、立ち上がり、声を出し、身体を動かした瞬間、一斉に笑顔が湧き上がり、喜びと命が溢れ出しました。誰も講義の中でドラムを叩いたり、立ち上がって声を出すことになろうとは思ってもいなかったでしょう。

 頭で受け取り、言葉で表現するという作業ではなく、耳にしている言葉のリアリティーを直接感じ取る事が大切だと思っての事でした。

 彼らとの出会い、その輝く笑顔が僕を次の道へと繋げてくれそうです。
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2011/10/5

ガンとラブフルート・FMラジオカロス  雑感

明日は久々にローカルFM ラジオカロス サッポロにゲスト出演することになっています。6日夜8時からの番組で、8時半頃の出演です。サッポロ78.1Mhz FMです。

 ガンとの関わりを中心に組まれた番組なのですが、演奏活動の初期に出会った方でラブフルートの仲間が、声を掛けて下さいました。

 ガンという病気は、多分自分のすぐそばにあるのでしょうが、普段はほとんど忘れて生活しています。かつてのように、ガンが死と直結するイメージは少なくなりましたが、それでもガンは明らかに死との関係を引き出すものと言えるでしょう。

  ガンに効果的なものが巷に現れては消えて行く中で、果たしてラブフルートとの関係はどうなのでしょう。

 木の響きを全身に響かせる状態の事が、何か伝えてくれるかも知れません。肉体と意識の関係は、普段経験している人間関係に似ているかも知れません。

 お互いが微妙に絡み合いながら生きていて、その影響は大きいのです。調和することもあれば反作用を起こす事もあります。微妙なさじ加減で揺れ動きます。

 木が呼吸と触れ合って響きますが、それを感じ取り心にも体にも浸透させる事ができるかどうかが、鍵になります。

 反発したり、抵抗すれば、或いは自己主張を強めれば、やがて不快感や嫌悪感に繋がり、体も心も硬直し始めます。この状態が短時間のものであれば、危険な状況にはならないかも知れませんが、長引いたり悪化する事になれば危険性が高くなるでしょう。

  ラブフルートを吹くという素朴な行為のなかには、こうした心身の状態がはっきりと浮かび上がって来ます。

  誰かに相談したり、宗教の類に依存したり、セッションを受けたり、カウンセリングを受けたりする行為は、心の事を言葉や思考で応答する流れになりやすく、自分自身の内奥の要素が十分に現れることが難しいようにおもいます。

 それは対人関係に置かれた時に、ほぼ必然的に現れる事柄と関係しています。その詳細は別の機会に書くことになるかも知れません。

  一人になって自分の呼吸を注ぎ、木々の響きに心を傾け、感じ取る。この素朴な状態のなかで浮かび上がって来る自分を見ること。

 そこには人の言葉では表しきれない世界が垣間見られるでしょう。敢えて、見ると描いたのには意味があります。

 知るという流れになると、たちまち思考の領域が動きだし、分析が始まり、意味付が起こるからです。そうなると、元の木阿弥になるでしょう。

 ガンという状態が、こうした心のなかの要素と密接な関係にあることに気付き始めるヒントなどをお話し出来ればと思っています。限られた時間の中ですから、お伝え出来る事は、ほんの少しかも知れませんが....


















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