週末は、一気に今回の紀行文を書きあげています。
カラー7Pという、海外釣行としては破格の待遇をいただいたけど、
2ヶ月間にあったすべてのことを書ききれるわけもなく。
……以下、長いけど、書きかけの一部。読みたい人は読んでね。
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(コンゴ河。乾季は下流から上流に風が吹く)
……現地に立って、なぜこの魚が“幻”なのか分かった。
治安的、装備的、人的環境(ワイロ公務員)の上に、それを凌駕して
釣魚そのものとしての、圧倒的難易度があった。
広大な本流による、絶望的ともいえる大河本流戦。
川幅はまるで湖、なんメートルあるかわからん水深を、
重々しく流れていく濁った泥水……魚探などもちろんナシ。
底をとればいいという魚でもなく、ポイントは絞れ込めない。
逆を言えば、散らばって、どこにでもいそうではある。
かといって岬など、目に見える渦などの変化は、
ルアーで対抗できる(気付いてもらえる)スケールではなかった。
100キロ半径で1本だけある支流も、魚がいない。
ランガンスタイルは崩壊し、途方に暮れた。
必然的に、本流でアンカーを打ち、生き餌による待ちの釣り。
それも激流で、カヌーポジションをとりながら……。
何度も係留ロープが切れ、石アンカーでは留まれない場所も。
鉄クズからアンカーを溶接し、生き餌のいけすも作り、
ランディング用の網まで、即席で手作りしていった。
急流のストレスで生き餌がすぐに死なないように、
刻々変化する“流れのスキマ”に対応し、染み込ませていく。
エサの魚は何がいい?フックの指し方は?タナは?
なによりポイントは……疑心暗鬼の渦のなか、
日に1回、あるかないかの魚からのレスポンスから、
地を這うように1歩1歩、正解に近付いて行った。
完全に、執念だった。意地だった。
「誰もやったことがないことをしたい」
男ならだれもが思う、「1番になりたい」という我執の末路。
それは社会との摩擦を生むが、その先にあるものを見たかった。
「こいつは、だれにも渡さん」というギラギラした衝動。
ソコをボカしたから、俺は弱っちくなったのだ。
闘争心こそ、オスの条件で、結果(エモノ)こそ、その証明だ。
うねる河の上に浮かび、太陽にあぶられているだけで、
体力は日々奪われていった。それでも竿にしがみつき続けた。
しかし、この広大な大河、希少な巨魚を攻略するには、
今の僕の力では、1ヶ月では時間が足りなかった。
後ろ髪引かれる思いで、この河を後にした。

(初ムベンガ。髪もパンツも現地式。引かれる後ろ髪は、もうない笑)
……狂気ともいえる、スペインからの舞い戻り劇。
3週間後、僕はまたコンゴ河に帰ってきた。
「帰ろう、コンゴへ」とロドリでは1行にまとめたが、
もちろん、壮絶な展開だった―――。
(いずれ詳しく書きます。無茶苦茶すぎて、長くなりすぎる笑)
頭をまとめ、完全に決死の思いで出撃した。
その2日目、執念で76センチ、4キロの小型を釣りあげる。
誰が言ったか、「日本人初の快挙」を達成したの一方で、
「地球上から目標が消えた」と、哀しく思った。
また一方で「これで(7ページ)埋まる」、と……。
解放された責任感、一方で「ホントに終わった、のか?」
……翌日丸1日、強烈な喪失感と、最後の我執との葛藤で、
「旅はホントに終わってしまった」と、もだえ苦しんだ。
そしてその翌日、肉体疲労も重なって、終にぶっ倒れた……。
「これ以上、奥地にとどまり続けては(精神的に)危ない」
朦朧とした意識で、そう思った。

(村の子供たち。空き缶と、ボトルキャップで車を作って遊ぶ)
翌朝、船を出した。
電気のある町へ戻りつつ、6年にわたる旅を思い返していた。
帰国便まで残り9日間あるが、特に何をする気力もわかない。
……出国前、走りこみや筋トレをしてきたけれど、
それは魚との闘いのためではなく、心が折れないため。
体力が落ちれば、気力も萎える……だが正直、もう限界だった。
体重は10キロ以上激減し、体力的にもこれ以上は危険を感じた。
コンゴ河は絶望的に広大で、自力開拓は困難を極める。
かといって、村には、口を開けば「金くれ」と言ってくる人々。
僕はひと気のない岬で船を止め、特に期待もせず竿を出した……
すると、いきなり来たのだ。それも、とんでもないヤツが!!
そして、はっきり見た。
船べりで、間近で見た、あご、牙、盛り上がる背筋、すべて。
すべて異次元。
“伝説の怪獣”……1匹目とは、何もかも違っていた。
あまりの迫力に、ギャフ撃ちできず、固まっていると、
160ポンドPEを引きちぎり、怪獣は河に帰って行った―――。
はじめて大魚をバラして、吠えなかった。
ほんとに、不思議とまったく悔しくなかった。
「マジかっこ良かった。そして怖い。すごい、すごすぎる……」
そして、なんだか、なんでか、涙があふれてきた。
「本当にいたよ。本当にいたよ。本当にいたよ……」
子供のようにシャックリを上げながら、泣いた。
日本を出て、55日。終に、僕は怪獣に会えた。
自分の判断を押し通したこと、無茶をひっくり返したこと、
新卒とか、信頼とか、いろんな代償を思い、その末に、
俺を信じさせてくれた“ナニカ”に感謝した。
何に感謝したんだろ? 逃げ去った怪獣?コンゴ河?地球?
お世話になった人?死と引き換えに俺を育てた怪魚たち?
……分からない、だだそれは間違いなく“感謝”だった。
満身創痍もいいとこ、ボロボロだったが、
声をあげて泣くと、なんだかすっきりした。
「最後まで諦めん。2度と来たくねぇかんな、こんな国!!笑」

(喜怒哀楽を共にしたムベンガ探検隊と。激流の支流から脱出)
翌日からは、一転、実に穏やかな気持ちだった。
体調も徐々に回復し、釣欲も戻ってきた。
「風が、温度によって音が違うのにも気づけた」
それは、ロドリにも載せた、日記に残っていた記載。
五感が完全に研ぎ澄まされ、一切の雑念は消えていた。
ただ1匹のためだけに、何もかも賭けられる今この時。
「俺はホントに幸せ者だなぁ。」
一時的なものかもしれないが、我執から解放されて楽になった。
誰も見たことのない怪獣を、この目で見たのだ。……嬉しかった。
旅が、孤独が、ナルシズムを助長したのは否めない。
ずっと押さえてた、
“あの漢字8文字”を、久しぶりに口にした。
体温が上がっていくのを、ウブ毛が立ち上がるのを、感じた。
「言っててハズいわ(笑)。くっそぉ、もっかい闘わせろ〜!!笑」

(気持が穏やかになると、写真も楽しくなってくる)
……ほんと、笑わないで聞いてほしいんだけど、
風の筋が、それは格闘家の鍛え上げた筋肉のように、
(イメージは漫画「バキ」の上腕筋みたい)うねり、
絡み合ってるのが“見えた”んだよね。
それは、神龍ピラルクの時もそうだった。
一面が緑の原野の中に、真っ赤なコーラの缶があるだけで、
(反対色が隣に並ぶと)眼球の奥がスパークしたように、
眩しすぎて直視できない状態になる。
鬼タイメンとの闘いでは、“炎”と表現した超感覚。
俺が、俺を離れて動いているような……そんな爽快感。
現実的に考えれば、たぶんドーパミン(脳内麻薬)とか、
神経覚醒物質が、脳内で垂れ流し状態になっているんだと思う。
強烈なストレスや、自己暗示や、異常ともいえる狩猟本能で、
それら、現代人としての制御機構のリミッタ―が外れた。
日、いち日と時間は過ぎていき、帰国日が近づいてくるが、
焦りは無く、むしろ安心してた。(開き直ってたともいう笑)
この感覚、心身状態になったとき、いままで100%奇跡は起きる。
“その瞬間”がこれば、体は勝手に反応するハズ。
還りたかったのはこの感覚。
日本での満ち足りた日々で、「もう一度」と願った感覚だった。
焦りも、力みもなく、“熱中する”というコト。
知識を身につけ、技術を磨くにつれて……
旅した国の数が増え、怪魚との闘いを重ねるにつれて……
遠ざかる、立ち戻るのに時間がかかるようになった、気がする。
ただそれは仕方のないことで、悲観するものでもなかった。
知識、技術、装備、経験、すべての面で今じゃなきゃ闘えない相手だ。
河で過ごした合計、28日。自分なりに、ベストを尽くした。
12バイト、3フッキング(うち1キャッチ、1ブレイク)
半信半疑、1歩1歩、積み上げてきた試行錯誤。
それでも明らかに足りない正解へのピース、
しかし、それを埋める、今までの歴戦の経験があった。
師、武石氏にスペインで直接相談できたのも良かった。
「人事を尽くし、天命を待つ」、やれることはやり切った。
……星空の脇を、焼き畑の炎の帯が、山を昇っていく。
コンゴ河で寝る夜も、今夜が最後だろう。
最終日を前にしても「必ず来る」、そんな確信があった。

(絶望の本流戦。鉛色の景色に、陽が射す“その時”を待ち続ける)
8月25日、午前9時。運命の日が始まる。
その日は、少しだけ河の流れが“軽い”気がした。
流れの中で生き餌を死なせない(回転させない)ため、
昨日まで、両側面サイドに2個づつ打ってたトレブルフックを、
背に2本、腹に2本と重心を縦にならべた。
流れの中で少しでも揺らぎ、大魚にアピールするように。
「これが最後の試行錯誤かもな(笑)」
そう言って、エサの鯰を放つ。
11時。
雲の間から陽が出た。
「明日の昼すぎには、帰路に就かないと飛行機に間に合わん」
過去12バイト中、10バイトまでが、陽が出てからの3時間―――。
残り2バイトも、午後に集中してる……
だから今日が、事実上の最終日だった。
積み重ねてきた、信じる理由があった。
パプアのアイツ、鬼、神龍、……いままでの経験があった。
賛否両論、でも、応援してくれる人たちもいた。
そして……
「釣らずに残して来てくださいよ、俺たちが釣りますから(笑)」
6年かけてやっと出てきた、後輩からの生意気な言葉があった。
「釣れるまで釣り続ければ、きっと……否、必ず夢はかなう」
ピラルクの時に吐いた、自分への戒めを、譲ってもいい。
……その時は思った。でもね、
「バーカ、オレに失敗はねぇ。絶対、俺が釣ったる!!笑」
この冒険は、成功だったのか、失敗だったのか、
ずっと僕の中で答えは出ないかもしれないが、完遂しよう。
午後1時。
“人生におけるたった一つの責任は、やりたいことをやること”
4年前のアフリカ旅でも読んだ「アルケミスト」を再読し終えたとき、
少しだけ、河の流れが“重く”なっていた。
“流れのスキマ”が少し、遠ざかっており、
僕は1メートルだけ糸を送り、カヌーに転がった。
まぶた越しに見る太陽は、真っ赤だった。いい気分だった。
すこし、ウトウトした。思い返せばこの2か月で、初かも。
時刻は1時半、陽が出てから2時間半。
「ちょっと水浴びでもしようか」
そう思って立ち上がったその時、リールが鳴った―――。
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……そこから先は、ロドリを読んでください(笑)

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