和といふことを詠める御製ならびに應製
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仮名は何故偏旁省字と全形くづしの二種類あるか、また行の並びは何故かさたなはまやらわでなければならぬか。その意味を天皇臣下間の「以和為貴」の句を題とした詩の応酬ととらへて暗号詩として解読してみたものです。暇を見て自注加へて行きますが。
阿吽ハ伊(コ)レ宇宙ノ入リ江ニ於テ
加護ヲ庶幾シテ久シキ己ヲ介(タス)ケシ所
之ヲ散ジテ須(シバラ)ク濁世ニ曾陪(ソウバイ)ストモ
数多千千ナル川筋ハ天ニ止メヨ
奈何ゾ二心無キ奴僕ノ如ク禰祖乃父(デイソダイフ)等
八紘ニ比肩スル無キ不敗ノ部曲ヲ保持セシハ
末世ノ三寶牟利(ボウリ)ヲ女人ノ毛毳(マウセイ)ニ濺ギヤラムモ
也(マ)タ伊(コ)レ自由ノ長江ニ賦与セシ性カ
良キ利生流亡セバ禮智(ライチ)モ律呂失セン
和ノ井ニ汲ンデコソ宇宙モコヲ恵マム乎(カ)
阿伊宇江於
加幾久介己
散之須世曾
多千川天止
奈二奴祢乃
八比不部保
末三牟女毛
也伊由江与
良利流礼呂
和井宇恵乎
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安んじて以て宇宙を衣とせんと爲したまふに於ては
加護を庶幾(こひねが)ふ久しき計略は己にあり
之を左(たす)くる方寸(はうすん)とて俗世に曾て無けれど 大初に知ろし食(め)せる川筋は天に止めん
奈何なれば仁義の奴僕となりて禰祖乃父(でいそだいふ)等 波瀾比類無き世々に不屈の部曲(かきべ)を保ち來し
末法の美神は武者をも女人の毛髪に繋縛せんか
也(ま)た以て自由の衣を与へよ
良き利生を留めなば禮智(らいち)も律呂を得て
和をして貴しと爲したまふ邊に宇宙の恵澤(めぐみ)は遠永からん
安以宇衣於
加幾久計己
左之寸世曾
太知川天止
奈仁奴祢乃
波比不部保
末美武女毛
也以由江与
良利留礼呂
和為宇恵遠
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悉曇章 五十音図の語序の根拠
五十音図の「あいうえお」といふ段序は悉曇章、つまり梵字音韻表の14母音中に我が国の音韻に見合ふ物がこの順序で出てきますし、「かさたなはまやらわ」も子音28種のなかで該当音がやはりこの順に出現します。
山田孝雄著「五十音図の歴史」寶文館 215頁
一面に於ては悉曇章を整理し、又同時に、中国本土では反切法の煩瑣に紛れて説明しきれなかつた、漢語の音韻に隈なく説明を加へたものであり、猶かつ国語の語形活用の基礎として用ゐ得るといふ甚だ融通自在な性格を保持した国民精神の粋です。
梵字の音の粋を選択して書き表すに漢音の省略くづしを以てして、梵字のやうに子音列共通の形、母音段上の音位を定める符号があるわけでもないものを音標とはいはぬ物です。
日本は文字そのものを発明しませんでしたが、かかる助辞機構の発明に於て中国とインドといふ人類文明中最も偉大な二文明の精粋に当たるものに精製を加へうつて一丸とした所に創意後の先に出たものといへます。かかる文の真髄から現代では使はれなくなつたと称して勝手に二音削り捨てるなどそれこそ「靴にあはせて足を切る」愚といはなければなりませんし、歴史はそれを証明するでせう。継母の継子苛めにあふやうな仕儀に立ち至つて半世紀以上ですが、かかる愚を存へさせてはならぬ。
訓下しは、国のかつてあつた形、またあり得べき姿を思ひを致しながら、これを和の精神の究極の結実と捉へて、私なりに天長地久を祈念してかく詠んでみたものです。
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