いろは 伊呂波 IROHA

和漢洋朗詠集   波江究一 字數歌之頁 Trilingual Recitation of Nipponese,Chinese and English
開設 太陰太陽暦平成甲申六月四日 グレゴリオ暦2004/7/20
寸言  人類言語中に於ける日本語の位置付けを確認する頁。
This blog was established in order to check positioning of Japanese under human-beings language.

 

リンク情報




カウンター

  • 本日のアクセス  
  • 昨日のアクセス  
  • 総アクセス数      

カレンダー

2009年
← November →
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

QRコード

ブログサービス

Powered by

teacup.ブログ
RSS
この記事にはコメントを投稿できません
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。
投稿者:波江究一
いえ私もさう深く神道を知り居るわけではなく、あるものはあるがままにあらせたいとおもひ居る次第なのですよ。
投稿者:メフィスト
私の方こそ、遅くなり失礼致しました。
「国家神道」と「神道」の違いについて、私はよく解っていないのでしょうね。祖父が神道の神主だったもので、つい感情が勝ってしまった様です。失礼致しました。
波江様の様に、美しい日本語を理解し使う事もできずに、靖国問題を語るに「国家神道」の何たるかも解らずでは話になりません。
勉強して出直します。
ご教授、心より感謝しつつ、ご無礼の段深くお詫び申し上げます。

http://mephisto.blog23.fc2.com/
投稿者:波江究一
昨日は所用にて更新できず、レス遅れ失礼致しました。
私は靖国に反対といふのではなく、「国家神道」といふ形が「神ながらの道」の自然に反して居るところありはすまいかとかやうに思ふ次第です。戦後の進駐軍による解体の結果宗教法人といふことにされて総理参拝にも政治と宗教の関与がどうのかうのといひがかりされる端緒をなして居る。人間自然のいつきまつる心の集約として置かれ認識し直されてよいし、その上で参るならば総理といはず皇室こそ毎年お参りにならるべきです。
アラブ諸国の要人が訪日の度に必ず訪れるのは東郷神社とか。初めて白人に勝つた人として尊敬の意味を込めてのことらしく、その参拝にイスラム法の上からどうかうといふ非難を受けたといふ話は聞かず。宗教といふ枠組みを超越したあり方として神ながらの道が認知されて居る一例と思ひますが。
投稿者:メフィスト
TB、有り難うございます。
当方、学がないもので、意味を理解し兼ねている部分もございますが、概ね靖国にも神道にも反対のご様子。価値観はひとそれぞれだと思います。が、やはり日本の歴史は神道の文化からも影響を受けている部分も少なくないのでは?と考えます。一神教のそれとは違いますが、宗教ではないという断言には反論を致します。キライだという意見は聞けますが、宗教否定こそが人の争いの歴史だと思います。如何でしょう?
アメリカのイラク侵攻はイスラム文化の否定を、自由を届ける善行と勘違いしている節があります。歴史や文化への侵略こそ、同・異国人間で犯してはならない事だと捕らえています。 生意気な長文、失礼致しました。

http://mephisto.blog23.fc2.com/
投稿者:波江究一
日本に於ける神とはまがまがしいものも淫猥なものも含んだそれでして西洋流のゴッドとは違ひますからね。明治政府が一神教の下に整斉された国家機構を羨望してそれの模造として国家神道を立てたのがそもそもの間違ひでした。それは文字通り神ながらの道なんですがね。
投稿者:留萌ブログ
>神道には一定の教義もないし。

ですよね。さほどの教義も無い宗教法人がお守りとかお札といったモノを売っている時点で詐欺っぽい。会社化してやってほしいですね。

http://azumashiya.com
投稿者:波江究一
ようこそ。そこで私としては教義や来世観を持つ「宗教」と神道とは区別したいと思ふわけです。個々人千差万別で困難でせうが。
投稿者:たけざき
TBありがとうございます。
宗教感というものは個々人で異なり、特に日本人は希薄なように見ています。
ところが、他人の或いは他国の宗教問題を見る時に、おそらく誰もが自分自身の価値観に基づいて言及するところに大きな問題があると考えています。
投稿者:波江究一トラックバック(1)
これは申し訳ない重複になりましたか。
神道には一定の教義もないし。来世天国地獄等因果応報観念も無い。故これを宗教として扱ふには無理があるかと思へて来て居る次第です。
投稿者:川の果て
TBどうもありがとうございます。でも、TBはできれば1回でお願いします。
>神道といふものははいゆる宗教の範疇には入らぬ〜。
そう見ることもできるのは確かです。
ですが、複数の儀式を独自に行っており、特定の参拝者から金銭を徴収したりもしている以上、素朴なシャーマニズムみたいなものというのは無理があるように思います。
>習俗儀礼普及をこととする〜
面白い考えだと思います。個人的にはそういうのもアリかと思いますが、神道を基準とした習俗儀礼について抵抗感を持つ人達も多いでしょうし、そのへんの克服が課題になりそうですね。

http://blog.goo.ne.jp/kawanohate
Powered by teacup.ブログ “AutoPage”