前回のエントリーの続き。
僕は片手間に学習指導をしていますが、現時点で望まれている”塾・予備校”は、『根拠のある自分の感覚を養える組織』、つまり、サッカーで言うところのバルサやバレンシアの『カンテラ』のような組織なんだと思います。
少し前に barca style というエントリーを書きましたが、現行の多くの大手塾・予備校では、一方的にこれをやれ、と言われてそれをひたすらこなすことが大前提であるのが当然のようにされていると思います。そしてそれは何も塾・予備校に限ったことではなく、御三家や渋谷幕張に拘ることと全く同じ理由であるとも容易に推測されます。
例えばサッカーの場合、バルサのカンテラからトップチームに移籍できない選手は2流・3流だ、なんていう人間はいません。バルサのカンテラで将来有望視されながらも、ほんの僅かの差で能力がより高い国外の選手とのポジション争いに負け、他のクラブのトップチームに移籍する、と言うことはしょっちゅうです。
バルサ程有名ではないにしろ、スペイン代表&バレンシアのトップで活躍するビジャ、という選手がいます。ビジャの場合スポルディング・ヒホンという下部組織から上がってきたわけですが、スポルディング・ヒホンのトップチーム自体は(歴史はあるものの現在では)一部リーグの常連チームと言うわけではなく、(バルサのようなビッグクラブではない、)地元にしっかりと根を下ろしているタイプのクラブです。
スペインのサッカーを見ていると分かりますが、例えばフリーキック一本蹴るにしろ、俺が蹴る、と決めたら、仲間相手だろうが絶対に譲りません。またパス一本出すにしても、前線の選手はまずは1on1での突破を試みます。
要するに、一流の選手は皆一様に『俺ありき』のプレーをまずします。それは自分のプレーが他の誰にも真似できないものであり、それに徹することがチームへの貢献に直結することであると確信しているからでしょう。
話はずれましたが、勉強の場合個人でやるものであるとは言え、やはりまず『自分ありき』の感覚を大切にしなければ、自分が何を得意としており、何を磨けばよいのかと言う方向性を見出すことは出来なくなることでしょう。そしてそれは周囲との比較から生まれ出るものでもあるでしょうし、方向性を的確に判断できるのは、何より自分自身であることでしょう。
指導者の意図はそうした意思決定を支援する類のものであれば良いと思います。そして(人が集まれる環境を整備するなどの最低限の大枠を用意する必要はあるとしても、)必ずしもレールを敷く必要は全く無く、最も望まれているのは、こうした『環境そのもの』だと言えます。
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