2013/6/23

歴史教育 生まれが卑しい?  

報道2001で「遺伝子検査」が話題になっていた。冒頭、「科学は暴走するからコントロールしないといけない」と述べた政治記者がいたが間違いだろう?!

科学は暴走しない。科学を政治や金儲け、さらに戦争に利用しようとする人が暴走する。監視の対象を間違ってはいけない。



昨日の書き込みをしながら「歴史教育」というものについても考えてみた。

元々歴史教育なるもの、西欧史から判ることは、国家主義の成長の過程で生まれたもの。 日本の歴史教育も同じようなものだろう。

   『生まれが卑しい』 と云うのは言い過ぎか?

しかし、その卑しい出生であるにしても、現代の歴史教育がその桎梏から逃れようと努力をしている事は事実だと思う。またそうでなければ歴史教育の価値はない。その努力をあの中国の教科書の中で垣間みたと云えば余りにも逆説的だろうか? 

「中国の歴史と社会」 
中国中学校新設歴史教科書の中で「澶淵の盟」についての解釈を2つ提示して、学生に議論させるというもの。 日本の教科書でも見た事はない試み。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1786/trackback

ただ、その教科書の中でも中国現代史になるとその姿勢は一変する。

ま、これは仕方ないだろう。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1793/trackback
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2017/5/17  20:33

投稿者:Hiroshi

いえ、この教科書の中では2つの意見を戦わせていました。もちろ
ん、この教科書が実に先進的なものであるのは事実ですが、少なく
とも遠い過去の出来事については自由な解釈を許していました。

これが近現代史になると硬直するのは当然ですが。

2017/5/17  20:21

投稿者:安芸国人

「澶淵の盟」・・・これって、答えが決まってるなんてこ
とはありませんか?国辱として代表的な盟約なので、結果
的に反対派を賞賛して、「二度と国辱は味合わない」的
な、現代に通じる結論になりそうな気がするのですが。

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