日曜日の朝。
お天気は晴れ。
さあ、コーヒーを飲んで休日を満喫しよう!
・・・と思ったら、コーヒーの豆が空っぽ。
あ〜あ、休日気分が吹っ飛んでしまったよ。
気分を取り直して朝食にしよう。
朝のコーヒーを飲んでいないのでもうひとつ冴えない。
私の心から休日気分が逃げていってしまった。
休日を探しに出かけよう。
外へ一歩出ると、どこもかしこも休日気分。
歩道の落ち葉、畑の風景、踏み切り、単線の鉄道、電車・・・。
すべてが「今日はお休みだよ。せいたかさんも心を休ませるんだよ」と言ってくれている。
・・・んな訳ないか。
さて、magamikさんからの質問。
「仏教を通してのカウンセリングで「相手の人が来ている服と同じ色の蓮の花に座っている相手をイメージする」とありますが、どういうことでしょうか?教えていただけませんか。」
大須賀発蔵先生から教わったことを書きます。
「華厳経によりますと、私たちは宇宙から見ると塵の中のまた塵のような、かすかな小さいいのちを生きています。
けれども、そういういのちもすべて仏さまの体から放たれた光であり、そのいのちの流れる最先端には、美しい尊い蓮の華が咲いています。
しかもそこには仏さまが化身、つまり私たちと同じ姿に変身して座っておられると説かれています。
そして、カウンセリングの場で、話をされている人の姿をその服の色と同じ色の蓮の華に座られているとイメージします。
すると、いいとか悪いとかいうこだわりから離れて、また自分の価値観に支配されないで、相手の心にそって、あるがままに傾聴できるような気がします。
そうできたときにはお互いの深い関わりが進展するようにおもうのです。」
以上は、大須賀先生から20年近く前に教わったことです。
実際の私は、煩悩の多い人間です。
相手のありのままの姿を見て傾聴することは難しいのですが、この方法を用いるときは、不思議とカウンセリングがスムーズに行きます。
このイメージを心の中に作り上げることを忘れることがよくあります。
まだまだ、私は未熟者です。
考えてみれば、自然も仏さまの手に作られたもの。
そのままに見れば、とても美しいですね。
私の下手なカメラを通さずに見た方が、美しいとおもうのですが・・・。
ま、そこは大目に見てやってください。
自分にいっぱい不満を持っている私がいます。
どうしてもっと上手に喋れないのか?
どうして、勉強すべき時に、集中できないのか?
・・・etc。
自分への不満が山ほどあります。
そして、時々自分を許せなくなる。
今、思いついたことですが・・・。
私の服と同じ色の蓮の華に座っている私をイメージするのはダメだろうか・・・?


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