2012/8/7

ログハウス生活開始  住まい・インテリア

2011年11月に完成したログハウス。冬、春を過ごして今夏を経験している。山中、雪国に建てたので季節の移り変わりがはっきりしている。場所の選定、建築計画、施工など様々なことが初体験であった。数々の失敗もあったが、それらは自分の責任でやったこと。住めばだんだん愛着が湧いてくるものだ。このブログに沢山経験したことを綴ってみよう思う。
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2012/4/10

山にスノ−モ−ビルは止めよう  

大日ケ岳1709mのスノーモービルに苦言2012年4月8日の長良川源流は快晴微風、しかも稀に見る紺碧の空が残雪豊かな山々を包み込んでいた。長良川源流の盟主、大日ケ岳1709mの頂上からの眺めは正に絶景。白山2702.2mと別山2399.4mを間近に、遠くは剣岳から薬師岳、槍ヶ岳、そして穂高連峰につづいて焼岳、乗鞍岳、御岳までがクッキリと春霞の山野を見下すように浮かんでいた。目を西に移すと石徹白谷の山々、銚子ケ峰1810mから願教寺山1690.9m、日岸山1669m、薙刀山1647m、野伏ケ岳1674m、小白山1602.2mなどがたっぷり雪をまとって林立していた。さらに西方遠くには大長山1671.4m、経ヶ岳1625.2m、荒島岳1523.5mそれに奥美濃の能郷白山1617.3mまでもがはっきりと認められた。

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前日に降った新雪がスキーには丁度良い具合でアップダウンを繰り返して大日ケ岳の北にある天狗山まで足を伸ばしてこの季節では滅多に味わうことの出来ない新雪のタ−ンを楽しんで大日ケ岳の頂上に戻ってきた。スキー場や山麓から登ってきた登山者、スキーヤー、ボーダーたちが数多くこの自然の恵みに歓喜していた。

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 そこにこの場に似つかわしくないグロテスクなスノーモービルを発見した時の驚きと怒りは今までの日本のすばらしい景観に酔いしれていただけに筆舌に難い。つい文句を言いたくなったが、楽しそうな顔で挨拶してくる若者に対して排ガスの自然汚染や高山植物に対するダメージを注意したが、反応は「最近のスノーモービルは4サイクルエンジンでオイルは植物性」だった。これは本当かどうか調べてみないと分からないが、私のログハウスのある別荘地で訪問客がよく乗り回しているスノーモービルの排ガスと雪に残ったオイル臭はとてもガマンのならないものだ。
 米国にしばらく住んでいたが一時山野の冬はスノーモービルが傍若無人に爆音を轟かせて雰囲気をぶち壊していた。しかし多くの自然愛好家の意見から規制がかかった。今では限られた場所のみ走行が許されている。「NO Mechanized Vehicle!」の立て札が随所に立てられている。これは夏場のバギーカーも規制しているのでそのような表現になっている。
 大日ケ岳に初めて登った時は麓に「大日岳スキー場」があった。こじんまりしていてそんなに高くないところまでリフトが付けられていた。大日ケ岳の登るのは登山者だけだった。冬は経験者の冬山だった。今は「ダイナランド」と名前を変えて「高鷲スノーパーク」が開発され合体して広々とした人気のスキー場となった。ゴンドラに乗ると1530mまで連れて行ってくれる。そのお蔭で1時間足らずで山頂に登れるようになった。高鷲スノーパークのある場所は私が選ぶ山スキ−のベスト10に入っていた。 橅の原生林の中を粉雪を巻き上げて滑っていくとカモシカが好奇の目をこちらに向けていたりした。バックカントリースキーは米国でも盛んになっているのが、その傾向には喝采したいが開発が奥まで進むのは残念な気持ちだ。
 しかし、スノーモービルは断固反対だ。山は自分の足で登れ。自然環境を破壊するな。もし、スキー場が見逃しているとすれば許しがたい。
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2011/9/8

ある夏山の遭難  登山

ある 遭難

その青年は青っぽい上着と野球帽、それに小さなこれも青っぽいザックを背に急ぎ足で樹林帯を登ってきた。相当頑張ったのだろう、顔が紅潮、汗が玉になってほほを伝っていた。「若いなあ、元気だなあ」と、我が高齢者パ−ティとついつい比べてしまう。山での挨拶「こんにちは!」を交しただけで荒れた登山道をすれ違った。彼に関する記憶はそれだけだ。
場所は赤牛岳から北に稜線を奥黒部ヒュッテに下る読売新道の2300mから2200mあたり、時は2011年8月28日、13時前後であろう。高山帯から樹林帯に入ってしばらく下ったあたり、道がうねっていてまだ樹木も背丈が低いあたりだった。GPSのデータと写真、それにあいまいな記憶を総合しての推定場所と時間である。

下山後の9月4日、富山県警から電話が入った。「軽装の若い登山者と会わなかったか、会ったとしたらいつどこで、その人の特長は?」と言う質問だった。奥黒部ヒュッテから登って行きそのまま行方不明だという。彼に出会ってから一週間経過している。おそらく帰宅しない彼を心配した家族か親しい人からの届出により失踪が明らかになったのだろう。彼はどこに行ったのか、杳として知れず。

我がパ−ティは80歳の大先輩を筆頭に60歳代2人、50歳代1人の4人パ−ティ。登山はそろそろ終章に入り、登り残した山を目標としつつある。今回は長老の発案で赤牛岳が選ばれた。同行の3人も登り残している山だったのでモチベ-ションも高く山行が実現した。有峰湖、折立から太郎平、薬師沢、雲ノ平、祖父岳、水晶岳を経由して3日目に念願の赤牛岳登頂となった。
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赤牛岳を背にして読売新道を黒部湖へ下る
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2011/8/24

年寄りの冷や水  

今年の夏も暑い!
滋賀は琵琶湖があるから少しはましと思うのだが35℃ではへとへと。ハイキングに行く気になれない。
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それなら沢登りだ!!(8月13日のこと)
永源寺あたりで愛知川に流れ込む渋川はちょっとした廊下(Gorge)があって滝登りが楽しめる。水に入るとひんやりして気持ちが良い。釜も渕も入るのに抵抗はない。抵抗はシャワ−クライムの水流だけだ。久しぶりにザイルのトップで滝にチャレンジ。しかし、水流に負けて敢無く流されました。
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ハイライトはこの滝の右岸のClimbing
45年間使い続けた地下足袋に草鞋の古代スタイルを捨ててフェルトシュ−ズなるものを履きました。結果、滑るはずがないと思ったフリクションが利かずにつるりとやって出っ歯で岩肌にkiss。地球ちゃんに拒否されて下唇を噛まれました。しかし、ぐっとこらえて何食わぬ顔でピッチをリ−ド。

楽しい沢でした。しかし、筋肉痛と唇の傷の痛みは癒えるのに10日ほどかかりました。
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2011/6/1

山岳巡礼  

5月連休 山岳巡礼に出た

2011/5/3
– 730 半国山 774.2m  13:13
– 日高町 湯ノ原温泉キャンプ場 泊
2011/5/4
– 黒田・両親の墓掃除
– 731牛ケ峰山 712.8m 13:54
– 大山寺・キャンプ場 泊
12:45 越坂  オッサカと言うらしい。牛ケ峰山の登山口に駐車
13:54 731 牛ケ峰 712.8m
蒲生峠の南にある独立峰だ。扇ノ山から尾根が北に向かって延びて標高が下がった最後にあるピ−クだ。干支が山名になっている山、ということで登られる山だとか。地元では山頂の神社を大事にしていたようだが、近年、手入れがとどこうっているように見受けられた。
14:36 下山
2011/5/5
– 732 豪円山 891.5m 08:50 
– 後山 キャンプ場 泊
大山に登るつもりが残雪多く装備も持っていないのであきらめた。豪円山に登り、出雲大社にお参り、そのご岡山と兵庫の県境の山、後山のキャンプ場に移動宿泊。
2011/5/6
– 733 船木山 1334m 08:42
– 734 後山 1344.6m 09:01
-    735 鍋ケ谷山 1253m 10:02
– 736 駒の尾山 1280.7m 10:33
7-Peakに登頂。第一回の山岳巡礼(山岳ホ−ムレスというべきか)もそこそこの成果だった。
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タグ: 登山

2010/8/12

富士山  登山

2010年7月17日、梅雨が劇的に明けた。海の日を中心に南アルプスの悪沢岳(東岳3141m)の登山を計画していたが、参加者も含めて周りの人達皆が梅雨は明けないと予測していたようだ。前線の動きを毎日確認していると、ひょっとして明けるぞ、と思いつつ17日を待った。
 梅雨は劇的に明けた。18日、椹島から千枚小屋に登ると今まで雲に包まれて姿を現さなかった富士山がくっきりと姿を現した。雨に洗われた大気が澄み切って日本国全ての山々が見渡せるような快晴がやってきた。昨年はチベットの自然に感動したが、今年は「日本の山もいい」と思わせてくれた。悪沢の頂上からの眺めは長い登山経験の中でも十指に入るすばらしい光景だった。
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朝焼けの富士
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悪沢岳頂上から北岳方面を見る
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2010/2/15

ロプチン峰6805m初登頂  登山

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カンリガルポ山群(崗日嘎布山群)はヒマラヤの東、ツァンポ−川が流れを南に変える大屈曲部(Great bend)から始まって東南に約280kmの大きな山脈です。その最高峰は若尼峰(Ruoni Feng)6882mでその横にロプチン峰(Lopchin Feng) 6805mがあります。
2009年10月〜11月、神戸大学・中国地質大学合同崗日嘎布山群学術登山隊が初登頂しました。
写真は山群の中でも最も抜きん出た阿扎氷河(Ata Glacier)の流域にある三姉妹峰の遠景です。真ん中の富士山型の山がロプチン峰です。
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2009/10/9

(無題)  

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今年も西の湖でBBQパ−ティを開いた。本湖の西に中ノ島のある小さな湖があり、水郷めぐりのル−トにもなっている。中ノ島には東屋もあって雨でもパ−ティが出来る。自動車道路から離れているのでここでBBQパ−ティをする人も少ない。ゆっくりと静かに過ごすにはベスト・スポットである。
カヌ−を持ち込んで水上散策にて腹ごなししながら半日ゆっくり過ごすのが慣わしになった。今年は家族も増えて6人で楽しんだ。
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2009/7/30

和田寺山ハイキング  登山

梅雨時ノハイキングは雨を覚悟して出かけると案外降らなかったりする。チベット遠征のトレ−ニングに穂高岳沢から南稜経由で奥穂高に登って、そこらでビバ−ク、翌日前穂から明神岳を経て岳沢に下るラウンドを計画したが、天気予報は確実に雨。わざわざ濡れて風邪でももらったら遠征に悪い影響を与えると判断した。それで7月の三連休がぽっかり空いた。Susieは実家でSmile君の世話をすることになっていたので濡れ落ち葉としてくっついていった。Susieは実家の連中が軽井沢に旅行なので一人でのんびり出来ると思っていたようだが、その夢が壊れてハイキングに付き合わされる破目となった。
さて、丹波に虚空蔵山というのがあるが以前Smile君と散歩がてら登った。立杭焼の里の裏山だが、その谷の奥西側にこの山がある。
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標高は591m、麓に寺があり、和田寺(わでんじ)と言う。鎌倉時代まで遡る古い寺だそうな。近くの清水寺の住職が開山したと説明書きがある。山頂に寺があったが今は麓に下りてしまった。霊園経営で生き残りを試みているようだ。本堂は谷の林道を少し詰めたところにあり、清水の手水もあり、誰も来ないので山を下った後本堂の階段でくつろいでコ−ヒ−を味わった。Smile君は腹ばって体温を礎石に逃がして気持ち良さそうにしていた。
本堂の裏から廃道に近い踏み跡を辿って稜線に出ると立派な登山道があった。この登山道は麓の庫裏の横にある観音さんの広場から稜線に続いていたが、道標もなく、ちょっと見たところでは発見できない。知る人ぞのみ知る道か。頂上は広々としていた。かって寺があったような雰囲気はない。三角点もないが、山頂を示す札が木に掛かっていた。頂上でお茶を沸かして昼食。雨がやってきそうで急いで下る。
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キノコが沢山あった。
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2009/4/10

春  登山

庭の木瓜が今年はよく咲いた。
今冬は暖冬か寒冬かよく解らなかったが麓の雪は少ない年だった。
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先週末(4月3日)ひるがのに行った。白山は真っ白、大日ケ岳1709mもたっぷり残雪があったが麓はすっかり春の野だった。
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大日ケ岳1709mは新しいスキ−場が出来て楽しかった山スキ−はもう場所が限られてしまった。何度もカモシカに出会ったブナ林の尾根は今はゲレンデだ。
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