(ジャカルタの天気 晴れ)
ガムラン・マエストロのパ・チョクロワルシトにお会いしたのは今から約1年4ヶ月前の霧雨の夜だった。知り合いのつてでジョグジャにあるご自宅兼練習場にお邪魔し、練習風景を見せていただいたのだ。
若くしてRRIやジョグジャの王家の一つであるパクアラマンの王宮のガムランリーダーとなり、ガムランの古典曲を多数復活させたり、アメリカや諸外国で長らく教鞭を取ったりして、数々の功績を残してきた彼は、私がお会いした時には既に103歳(ガムラン歴98年!!)だった。
100歳を過ぎた方にお会いするのは初めてだし、何しろマエストロと呼ばれている方なので、私は少し緊張していた。足が弱って車椅子に座った彼は、耳も少し遠く、話し方もはっきりしなかったため、お互いにゆっくりと話をした。私が日本人でガムランを勉強していると伝えると、「外国人はガムランへの取り組みが真剣なので、覚えが早いので教え甲斐があるよ」とおっしゃり、私に「どこで練習をしているのか」、「何年くらいやっているのか」、「得意な楽器は何?」と質問をされた。そして、「ガムランをやるなら楽器の中で一番難しいグンデルを勉強しなさい」とアドバイスをくださった。
グンデルは演奏方法そのものも難しいのだが、自分の内側から湧き上がってくる精神的なものがないと演奏できないと言われている。「ガムランは演奏の形だけ真似しても駄目で、精神も伴わないといけない。その辺のところも勉強しなさい」とマエストロは言いたかったのだろうと思った。
だが、お話をさせていただいて、ガムランの大家という偉ぶった雰囲気はまったくなく、物静かなジャワの普通のおじいちゃんといった感じだったので、私の緊張は自然とほぐれていった。
パ・チョクロのお宅は、個人のお宅としてはかなり広めの敷地で、門をくぐって左手にお宅が、正面奥のプンドポ(屋根と柱だけの集会場)に練習場がある。楽器はソロスタイルのデザインで、台座部分の木にはシンプルな彫刻が施してあり、青銅の鍵盤部分は厚みといい色合いといい、言いようのない上質感が漂っていた。叩いてみると深みのあるいい音色がした。
その日の練習は夜9時ごろから始まり、0時近くまで続いた。霧雨で肌寒い晩だったにもかからわず、パ・チョクロは練習場の前の椅子に座り、演奏に聞き入っていた。途中からは目をつぶってしまったので、もしかして眠ってしまったのかしらと思っていたら、
演奏に合わせて彼の手がひらひら動き始めた。宙でクンダンを叩いていたのだ。
お話をさせていただいた時は耳が少し遠いのではないかと感じたのだが、ガムランの音はちゃんと聞こえていて、1曲20分余りの演奏が終わると、歌のパートと楽器のパートに分けてそれぞれ良かった点、こうした方がもっといいだろうという点を静かな口調でコメントした。
その時の彼はただのおじいちゃんではなく、ガムラン・マエストロだった。103歳の高齢でここまで音が聞き分けられて、その良し悪しを記憶し、コメントできる。すごいことだと思った。
「明日も練習があるから良ければ来なさい」と言っていただいたのだが、翌日はもうジャカルタに帰る日だったので、私は「明日はジャカルタに帰らないといけないので、またお会いしましょう」と言って後ろ髪を引かれる思いで練習場を後にした。
その後、パ・チョクロに言われたことが一つのきっかけとなり、私はグンデルの練習を始めた。難しくてくじけそうになった時には、あの時の彼の言葉を思い出し、励みにしている。
先日、インターネットで彼についての情報を調べていた時、彼が昨年の8月に104歳で亡くなっていたことを知った。104歳の誕生日を迎えられた頃に、転んで手を骨折、ガムランの演奏が出来なくなってしまったことから急速に弱っていき、亡くなられたのだという。私がお会いした頃はもうガムランをほとんど演奏されていないとのことだったが、手が使えなくなって演奏が出来なくなってしまった時の絶望感は大きかったのだと思う。若ければ別の何かを見つけることも出来るだろうが、100歳余りの人生をガムラン一筋で生きてきたマエストロにとっては、ガムランが演奏できなくなることイコール「時が来た」ということだったのだろう。
お会いしてお話した時間はほんのわずかだったが、私に大きな贈り物を残してくださったパ・チョクロのご冥福を心からお祈りする。
↓練習風景。パ・チョクロの指導するグループなので、ものすごく上手なのかと思っていたが、正直、思ったほどではなかった。これは、初心者にも広く門戸を開いているということなのだろう。
↓演奏を聴くパ・チョクロ。私のガムランの先生のパ・トゥリスは70代前半で、見るからにおじいちゃんだが、パ・チョクロから見たら自分の子供みたいな年なんだなあと思ったら、ちょっと不思議な気分になった。