うらそえ文藝特集「集団自決をめぐって」 上原正稔・星雅彦発言への異議  

「うらそえ文藝」第14号(2009・5)の特集「集団自決」の
上原正稔・星雅彦両氏の論考と対談に大いなる異議をもったので、
思うところを述べていくことにした。


この両者の発言内容は、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判の判決を覆すような新たな視点は皆無であった。むしろ判決を踏まえない裁判以前の「古臭いジョーク」の水準のままであることに驚く。
両氏の発言への私の異議は、したがって、私固有の見解や新たな資料に基づくものではなく、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判の成果に基づいて構成するようにした。だってもったいないもんね。
なお、これは決定稿ではない。加筆修正していく予定である。

※筆者の励みになるので、「拍手」を各項目ごとにクリックしてたぼれ。ゆたしくうにげーさびら。
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2011/4/24

大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判 勝訴!  臨時

軍の関与認めた判決確定 「集団自決」訴訟
2011年4月22日 13時00分
(39時間44分前に更新)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-04-22_16939/

 太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍が「集団自決」を命じたとする作家大江健三郎さんの「沖縄ノート」などの記述をめぐり、慶良間諸島の当時の守備隊長らが名誉を傷つけられたとして、大江さんと出版元の岩波書店に出版差し止めなどを求めた訴訟で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は22日までに、原告側の上告を退ける決定をした。21日付。

 集団自決に軍が関与したことを認め、名誉毀損(きそん)に当たらないとした大江さん側勝訴の一、二審判決が確定した。

 軍や元隊長らによる住民への命令の有無などが争われたが、最高裁は「原告側の上告理由は事実誤認や単なる法令違反の主張で、民事訴訟で上告が許される場合に該当しない」と判断は示さなかった。(共同通信)

「声が届いた」身削る出廷、実結ぶ社会 2011年4月23日 10時21分

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2011-04-23_16972/

(5時間34分前に更新)

 沖縄戦時、慶良間諸島で起きた住民の「集団自決(強制集団死)」をめぐる訴訟は、自決を命じていないと訴えていた元戦隊長らの主張を3度、退けた。法廷で自身の戦争体験や母の記憶を苦しみながら紡いだ被告側の証人たちの元にも22日、待ち望んだ「吉報」が届けられた。

 訴訟が提起されてから約6年。「正義と歴史の真実が認められた。長かったがようやくゴールしたという気持ちだ」。渡嘉敷島の「集団自決」を体験した金城重明さん(82)は、そう口元を緩め、最高裁決定の重みを反すうした。

 那覇で開かれた一審の出張法廷で被告側証人として体験を証言したのは、2007年9月。戦時の証言や講演を請われれば「避けてこなかった」という。最愛の母と幼い妹弟を手にかけた16歳の記憶を、胸の傷をえぐられながらも語ってきたのは「生き延びてしまった者の使命」という信念からだ。

 出張法廷での原告側について「『集団自決』が起きた当時の社会的背景には触れず、私個人の行動を問い詰めるような尋問に終始した」と振り返る。「一木一葉に至るまで軍の支配下だった沖縄戦。軍の命令なしに『集団自決』は起きなかった」とあらためて口にし、原告の主張を退けた「最終判断」をかみ締めた。

 ただ「ゴールした」のは裁判だけでのこと。歴史教科書の「集団自決」記述では、軍の強制が削られたままだからだ。「決定を教育にどう反映させるのか。国は目を見開き、沖縄戦の真実に向き合ってほしい」

 「沖縄の人たちの声が司法に分かってもらえたよ」。上告棄却の知らせを聞いた沖縄女性史家の宮城晴美さん(61)は仏壇に手を合わせ、亡き母に報告した。

 戦時下の座間味島で日本軍の下で働いていた母の手記や島民の証言などをまとめた著書「母が遺(のこ)したもの」の一節が、軍命はなかったとする原告の主張に使われ、図らずも裁判の争点になった。「もし負けたら、島の人たちにどう顔を合わせるのか」。自分を責め、不安で眠れなくなることもしばしばあった。

 2007年7月、大阪地裁で証人尋問に立ち、「軍からの命令」を聞いた島民の証言を代弁した。「集団自決」で11歳の息子をあやめた祖父と自分を責め続けた祖母、たくさんの証言者の思いに支えられた。「戦争体験者のことをよく知り、戦後の苦しみを見てきた私たちの世代しか語れないことがある。それを一番考えた裁判だった」と表情を引き締め、これからの課題も見据える。

 「『集団自決』は軍命が背中を押した。だが、女性たちが敵に辱められることをどうしてあれだけ恐れたのか、差別やジェンダーの視点から問題の背景を整理していきたい」

証言者「感謝」

 沖縄戦時下で座間味村助役だった宮里盛秀さんの実妹で、軍命を証言してきた宮村トキ子さん(79)=沖縄市=は「裁判が始まってから、戦争を忘れようと思っても忘れられず、夜も眠れなかった。これでようやく兄も穏やかに成仏できる。周りが尽力してくれたおかげ。感謝している」と話した。


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2010/12/17

千谷発言  臨時

沖縄タイムス記事↓「沖縄差別そのもの」仙谷発言 にじむ政府の本音
名護や宜野湾、強い怒り
社会 政治 2010年12月15日 09時43分

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-12-15_12841/

(6時間43分前に更新)

 「沖縄差別だ」「これ以上我慢しろというのか」―。仙谷由人官房長官が、米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設する日米合意案を「沖縄の方々に誠に申し訳ないが甘受していただくというか、お願いしたい」と述べた発言が伝わった14日、名護市や同飛行場を抱える宜野湾市から、一斉に強い怒りの声が上がった。政府の本音がにじみ出た発言だけに、撤回後も反発は消えそうにない。

 新基地建設に反対し続ける名護市瀬嵩の渡具知武清さん(53)は「すごくばかにされている感じだ。逆らえば、いつでも踏みつけてやるぞという、脅しのようだ」と憤る。政府が振興策で仲井真知事を説得する動きに触れ「政府の圧力に屈せず、県外移設の立場を貫いてほしい」と語った。

 ヘリ基地反対協議会の安次富浩代表委員は、弁護士でもある官房長官の「甘受」発言に「人権を守る立場の弁護士の感覚とは思えない。沖縄差別を絵に描いたような発言だ」と断じた。

 稲嶺進名護市長は「甘受という言葉は逆らわないで受けるということ。お上には逆らうなということなのか」と、強い憤りを示した。長官発言の背景を「市長選から県知事選までの状況を(政府が)全く受け止めていないということだ」と指摘し、「受け入れる自治体が県外にないから沖縄というのは差別でしかない」と反論。「14年動かないことを検証して対策を取るべきだ。沖縄ありきでは県民は受け入れられない」と、日米合意の実現可能性を強く否定した。

 安里猛宜野湾市長は「危険性を知らないが故に、戦後65年たった今も基地を押し付けてくる」と怒りをあらわにした。来県予定の菅直人首相には「普天間の実態を見てほしい」と望む。「県民は辺野古移設反対だ。どんなに頭を下げようが、できないことはできない」とくぎを刺した。

 普天間飛行場の滑走路に近い宜野湾市新城区の與那覇政勇自治会長は「『甘受』というのは、頼むものではない。これ以上我慢しろというのか。政治家は信用をなくしている」と語気を強めた。

 普天間基地爆音訴訟団の幹事を務める栄野川安邦さん(76)は「また沖縄に基地を押し付けようとしている」と憤り「ひどい話だ」と繰り返した。

※先の県知事選の結果を受けとめたならば、この仙石発言はありえなかったはずなんだけどね。
>県外移設の仲井真票と国外移設の伊波票を合わせると63万2790票なので、
なんと県内移設反対票63万2790票

県内移設賛成票はわずか1万3116票
他県で受け入れがたいものを、無理やり沖縄に押し付けるというのは、あってはならないことだ。
こんなの、小学生でもわかること!
こっちは、すでに水爆を沖縄近海に沈められているんだよね。
なにが安全保障だよっての!
菅総理は、沖縄に来るより先に、アメリカに行って
交渉してきなさい!
それにしても仲井真さんもなめられたものよ。
どうせこけるからと思われているんだろうな。

話は変わるが、
沖縄の近くの海に水爆を沈められたのが1965年。
このことがその時点で公表されていたなら、
1970年の日米安保の自動延長は
阻止できたかもしれないよね。
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タグ: 沖縄 米軍基地 安保

2010/12/8

沖縄近海に水爆が  臨時

S氏から新情報あり、会いましょうと電話があったのだが、
明日の仕事準備があったのでお断りしたのだった。
内容は、沖縄の近海に米軍の落っことした水爆が1個
沈んだままであるという話だった。
気になったので、ネットで検索にかけてみたら、本当のことだった。
デージ!
おそろしいことだ。
当時報道されたはずなんだが、ぜんぜん知らなかったよ。
喜屋武さんが国会で質問までしていたとは!

西日本新聞1989年5月7日記事
>米誌ニューズウィークは、昭和40年に米海軍艦載機が水爆を搭載したまま沖縄近海に水没し、米海軍はこの事故をもみ消したと報じた。この海軍機は1メガtの水爆B43を1個搭載したA4Eスカイホークで、空母タイコンデロガから転落、水没した。ベトナムでの任務を終え、横須賀に向かう途中。当時は非核三原則はまだなかったものの、日本政府の核持ち込み禁止政策に反して、核搭載艦が日本に寄港していたことになる。

 落下時に核兵器は機体を外れ、灰色の煙を噴きながら沈んだ。沖永良部島の東約300kmの水深4800mの海域で、艦は速度を緩めることなく現場を去っている。同空母は30個以上の核を積載していたとの乗組員証言も。流出したプルトニウムでの魚介類の汚染も心配され、平和団体や被爆者が日米両政府に抗議電を打つなど反核運動に広まった。なお、7月7日に「海域からの異常放射能は検出されず」と発表された
http://www.nishinippon.co.jp/saigai/html/1989/s198905.html


第114回国会(常会)
質問主意書
質問第一九号
沖縄近海における米国の水爆水没事故に関する質問主意書
右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。
  平成元年六月二日
喜 屋 武 眞 榮 
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/114/syuh/s114019.htm

(続く)
12月9日(木)記

宇野総理による答弁書
第114回国会(常会)
答弁書
答弁書第一九号
内閣参質一一四第一九号
  平成元年六月十六日
内閣総理大臣 宇 野 宗 佑
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/114/touh/t114019.htm
  ↑
じつにふざけた答弁だな。
>(政府は)当該核兵器の安全性について、次の説明を受けている。
ばかも休み休み言いたまえ!と言いたいところだな。
水爆の安全性って何ね?!
なんだかなさけい総理だったね。

(続く)
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タグ: 沖縄 米軍 核兵器

2010/12/5

沖縄県知事選総括  臨時

選管最終
当 仲井真弘多 335,708票 県外移設
 伊波洋一  297,082票 国外移設
 金城竜郎   13,116票 県内移設

今回の選挙結果は、沖縄県民の圧倒的多数が、
普天間基地県内移設にNoを突きつけたことになる。
県外移設の仲井真票と国外移設の伊波票を合わせると63万2790票なので、
なんと県内移設反対票63万2790票

県内移設賛成票はわずか1万3116票
ということになる。
普天間基地の辺野古への移設反対という、この沖縄の民意をしっかりと受けとめて、
民主党政府は早急に日米同盟を見直して、
文字通りのゼロベースから始めなさい。


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2010/11/8

尖閣ビデオ流出  臨時

なんかヘンだぞと思い、9月7日に戻ってみる。
asahi.com
>海保によると、同日午前10時15分ごろ、同保安部の巡視船
「よなくに」(1349トン)が久場島の北北西12キロ付近の
日本領海内で漁網を揚げていた漁船を発見。退去するよう警告し
たところ、船首をよなくに左舷側の船尾に接触させて逃走。
その
後、みずきや別の巡視船が漁船に停船を繰り返し命じながら追尾
していたところ、船体をみずきに衝突させたという。
 漁船は停船命令を無視してさらに逃走を続けた後、午後1時前
に同島の北西約27キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内で
停船。その後、海上保安官22人が漁船に乗り込んで立ち入り検
査し、航行の目的などを調べていた。 (永田工)>

○海上保安庁によると、「厳重に警告の上、領海外に退去させる」
という「従来の施策」
に則ったわけだ。
それなのに、漁船はおとなしく退去するどころか、
「船首をよなくに左舷側の船尾に接触させて逃走」した。
そこで、巡視船4隻とヘリコプター1機で追尾して逮捕した、
ということになる。
だけど、
よなくにが衝突させたビデオ(はげ頭のみえるやつ)では、
そのように見えないよね。

http://www.youtube.com/watch?v=1Di8406Z474
・始めの所 ナレーションは漁船の観察だけで、
  警告は発したようには見えない。
・中国漁船が網を引揚げた後、前進航行を始めた。
  警告に従って退去を開始したともとれる。
それならこのままで問題は起こらなかったはずなんだよね。
ところが、
漁船が退去?を開始したタイミングで
「よなくに」が急に左旋回してきて、漁船の10倍もある船体で
漁船の前方に回りこみ、衝突を起こしている。
これは始めから逮捕するつもりで
退去するのを阻止したように見えるんだよね。
中国漁船の向こう側によなくにの航跡がはっきり見える。
ナレーション「本船に船首を向けて挑発的です。」「本船に当てました。」
この前に、よなくにが左旋回してきて
漁船の前に回り込んでいるんだよね。
激突後のよなくにの航跡がこのことを明示している。

というわけで、「厳重に警告の上、領海外に退去させる」
という海上保安庁の従来の施策を踏み越えて、
あくまでも逮捕が目的であったと考えられるのだな。

漁船船長の逮捕理由は公務執行妨害。
警察官が被疑者を逮捕する手口に「転び公妨」というのがある。
被疑者に突き飛ばされたふりをし、
自ら転倒して対象者に公務執行妨害罪を適用するというの。
10倍もの大きさで軍艦並みの強度をもつ巡視船に
ただの漁船が、自らの意志で「当てる」などは
とうてい考えられないことである。
ビデオでもよなくにの大きさがよくわかる。

日中両国は、これまで、1978年の登小平の(注・登におおざと)
「日中平和友好条約」締結の際の
「尖閣論争の棚上げ」「解決は次の世代の智恵に託す」
という方針に従って、決定的な対立を回避してきた。
2004年の中国人活動家「上陸」の際も
当時の小泉首相でさえ、
逮捕後すぐに「国外」退去処分にしている。
この方針を優先させたものであろう。
ところが、
民主党政府はこれを一方的に破棄したのである。
現実に領土問題が存在しているにもかかわらず、
一方的に「領土問題は存在しない」とすることは、
「問題解決のために対話する必要はない」
と宣言したようなものだ。
ここには民主党政権の情けないといえば情けない思惑が見える。
(つづく)
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タグ: 尖閣

2010/10/1

中国漁船「衝突」事件   臨時

中国漁船「衝突」事件 分析

「沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)近くで中国漁船が日本の海上保安庁巡視船に衝突した事件」と報道されているが、
どうみてもそれは、政府の発表を鵜呑みにした報道でおかしい。

↓画像は石垣島に連行された中国トロール船(右)と巡視船「よなぐに」(左)。
クリックすると元のサイズで表示します

「退去の警告を受けた中国漁船は
船首を『よなくに』の左舷側船尾に接触させて逃走したことから
巡視船計四隻とヘリコプター一機で追跡」
という海上保安庁の言い分だが、
10倍規模の船体に、自らの意志で衝突を企てることなどは
まずありえないだろう。
巡視船4隻で中国漁船を追い回したあげく、
行く手を阻んで「衝突させて」、
民主党政府の指令通りに拿捕したというのが事の真相であろう。

従来の海上保安庁の施策↓
http://www.kaiho.mlit.go.jp/shisaku/ryoukai.htm
◇尖閣諸島関係
 (略)
 また、同諸島周辺海域では、中国漁船、台湾漁船が多数操業しており、同諸島領海内において、不法操業を行い又は漂泊・徘徊等の不審な行動をとった場合には、巡視船により厳重に警告の上、領海外に退去させることとしている。

従来の施策通りに厳重に警告の上「領海外に退去」させていれば、問題はなかったはずである。
しかも、中国漁船が拿捕されたのは、「領海外」であったのだから、海上保安庁の従来の目的は達成されていたはずなのだ。

あえて、計画的に拿捕したとしか思えない。
前原外務大臣らの当初の強気姿勢からは
政府の思惑が働いていたことがうかがえよう。
(この項書きかけ 続く)

海上保安庁の従来の施策を踏み越えたのだから、
当然政府の判断が介在していたはずである。
だが、この間の巡視船と第十一管区海上保安本部との間の交信内容も、
政府の指示内容も、一切は明らかでない。
 前原大臣の「この海域に領土問題はない。われわれの使命を粛々と果たしていくことが国民に誇りを与える」という発言はわかりやすい。
「粛々と果たす」などという言葉遣いはあの人の日常の語彙にはない。
あらかじめ用意されていたものであろう。
 
今回の事件は、「中国の脅威」というもので大衆を煽りたて、
「日米同盟」の強化を通じた中国への断固たる姿勢を
打ち出したくてしょうがなかった菅政権によって引き起こされたものだ。

☆辺野古新基地建設・在沖米軍による「抑止力」の宣伝も、「中国の脅威」を口実にしている。

「無法な中国」という排外主義的ナショナリズムには
水をかけて冷ましてやろう。
政府とマスコミに煽られた「日本の固有の領土」が外国に侵略される、
という挙国一致的な国民感情は
結局、日米安保を正当化するものであって、
米軍基地の沖縄集中を認め、支えていくものだ。
クールダウンしてあげる必要がある。

「尖閣列島=日本の領土」という身勝手な論理を、
つきくずしていく必要があるだろう。

(この項 書きかけ 続く)

海上保安庁のビデオが流出しました。

9月7日に「中国漁船が海上保安庁の巡視艦に衝突した」とされる事件の映像が流出しました。
「ライジング・サン(甦る日本)」というサイトでアップされている映像は、
現段階ではまだ閲覧可能です。
動画を実際に閲覧していない方は早急に確認してみてください。
  ↓
http://ameblo.jp/kriubist/entry-10697520799.html

政府によって編集済みのビデオであろうが、これでは公開できなかったわけだ。
bRの画像 中国漁船の先に海上保安庁の巡視船が割り込んで、右舷船尾に接触させている。
bTの画像 「本船のほうに(中国漁船が)船首を向けて挑発的です」という音声を繰り返し、
「本船に向けて衝突しました。相手船がぶつけてきました」
と言ってはいるけれど、
衝突後の映像を見ると、
巡視船の航跡がはっきりと映っている。
素人目でも、中国漁船の先を巡視船が阻んだために、
巡視船の船尾に衝突させたということがわかってしまうんだよね。
(続く)

たーむんやが釣魚島(尖閣諸島)

http://www.mahoroba.ne.jp/~tatsumi/dinoue0.html
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2010/5/20

鳩山首相@普天間第二小  臨時

鳩山首相@普天間第二小
ちゃんと答えれ!この声を聞け!
http://www.youtube.com/watch?v=iWkCuf_-m9g&feature=player_embedded
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タグ: 沖縄 基地撤去 基地

2010/4/27

4,25 沖縄県民集会  臨時

風邪をついて県民集会参加してきました。
大結集の様子↓
クリックすると元のサイズで表示します

米軍基地は世界中のどこにもいらない!
『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』
アレン・ネルソン 著
株式会社 講談社
講談社文庫
57ページ〜59ページ
わたしたちは東洋人の一人一人を見分けることができませんでした。みんな、同じ顔に見えましたし、それでもまったく問題はなかったのです。なぜなら、わたしたちは東洋人を、そして沖縄の人々を人間として見てはいなかったからです。

アメリカ兵はベトナム人のことを「グークス(gooks)」という言葉でよんでいました。それは東洋人をバカにして言う言葉です。サーカスの見せ物小屋にいる異形の人間。そんな意味もあります。

アメリカ兵が沖縄の人々をよぶときは、この「グークス」ではなく、「ジャップ」という日本人をさげすんで言うときの言葉を使っていましたが、その意味するところは「グークス」とそれほど変わりません。そこからも、わたしたちが沖縄の人々をどんなふうに考えていたかがわかるでしょう。

たとえば、街にくり出して飲んだくれたときなど、キャンプ・ハンセンにもどるにはタクシーを使いましたが、料金をふみたおすのはしょっちゅうでした。タクシーの運転手が支払いを催促しても、わたしたちはニヤニヤ笑って無視します。それでも、運転手がしつこく請求すれば、わたしたちは運転手を車の外に引きずり出し、気絶するまでめちゃくちゃになぐるのです。

それは女性と遊ぶときも同様です。女性がお金を要求しても、はらう気がなければ無視しましたし、それでもしつこく要求してくれば、女性でもようしゃなくなぐりつけました。

街を歩いていても、わけもなく沖縄の人々をバカにしたり、おどしたりしました。

そんな悪行のかぎりをつくしても、アメリカ兵は逮捕されることはありませんでした。基地のゲートをひとたびくぐってしまえば、わたしたちは安全であり、沖縄の警察の手がおよぶことはなかったのです。軍にとがめられることもありませんでした。

アメリカ兵一人一人は莫大な国のお金によって兵士として育てられ、そして戦場に送られるべく沖縄にいるのですから、わたしたちが牢屋に入れられるのはアメリカにとって割に合わない、ばかばかしいことなのです。どんなことがあっても、わたしたちには戦場に行ってもらわなければならないのです。そのためには、わたしたちの犯した罪ですら、アメリカは見て見ないふりをしたのです。

むしろ、アメリカは、わたしたちがじゅうぶんに暴力的な兵士に改造された証だと、沖縄の人々へのアメリカ兵による犯罪に大いに満足していたはずです。

そういうわけで、基地のフェンスの中に逃げもどることさえできれば、どんなにひどい犯罪を犯したとしても、それを笑い話や手柄話にできたのです。

そこには、沖縄の人々を、大事な家族もいるひとりの人間として見る視点が欠けていました。わたしたち若い兵士は沖縄の人々に対して残忍で冷酷でした。荒くれ者とよばれ、獣とおそれられる海兵隊はとくにそうでした。


アレン・ネルソン
海兵隊員としてベトナム戦争の前線で戦う。帰国後の戦争による精神的後遺症から立ち直った後、日米両国で精力的に講演活動を行い、戦争の現実を訴えつづける。2009年3月逝去。

■海兵隊による沖縄米兵少女暴行事件(1995年)を忘れまい

1995年9月4日に沖縄県に駐留するアメリカ海兵隊の兵士3名が、12歳の女子小学生を拉致した上、集団強姦した強姦致傷および監禁事件である。(
1995年9月4日午後8時ごろ、沖縄のキャンプ・ハンセンに駐留する20歳から22歳までのアメリカ海兵隊員Marcus Gill, Rodrico Harp,Kendrick Ledet3名が基地内で借りたレンタカーで、沖縄本島北部の商店街で買い物をしていた12歳の女子小学生を拉致した。小学生は粘着テープで顔を覆われ、手足を縛られた上で車に押し込まれた。その後近くの海岸に連れて行かれた小学生は強姦され、負傷した。
実行犯は当初4人だったが、内1人は強姦には加わらなかったという)。
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2010/3/4

民主党の事業仕分けと「思いやり予算」  臨時

SOUL FLOWER UNION - 平和に生きる権利
http://www.youtube.com/watch?v=UReGH34gK4w&feature=related

 「事業仕分け」では、民主党は「日米同盟」に手をつけることができなかった。

法的根拠のない、毎年二千億円をも超える在日米軍駐留経費の日本側負担分(思いやり予算)の「仕分け」には、手をつけることができなかった。

日本の米軍駐留負担経費は、米軍が駐留する他の国々の負担総額を上回っている。

米軍の駐留経費を日本がどうしてこれほど多額に負担しなければならないのか、
「思いやり予算」は、小学生にもわかる仕分け先だったはずなのに、
民主党はこれを聖域にして手をつけなかった。。

見えてくるのは、民主党の北沢を始めとする、日米同盟の下での「派兵大国」化路線。

普天間の県外・国外移設などははなから考えていなかっただろう。
浮上しているのは、
キャンプ・シュワブ内にヘリパッドや滑走路を造るという
キャンプ・シュワブ陸上案。

だが、これは、もちろん、鳩山首相が昨夏の衆院選前に沖縄市で
掲げた「最低でも県外」という公約に違反するものであり、、
「県内移設絶対反対」の沖縄の民意に反するものである。

(つづく)
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2010/2/12

「移設先、辺野古なら辞職」 稲嶺・名護新市長が強調  臨時

「移設先、辺野古なら辞職」 稲嶺・名護新市長が強調2月7日(日) 2時16分配信 朝日新聞

 沖縄県名護市長に8日に就任する稲嶺進氏(64)は朝日新聞のインタビューに応じ、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について「約束を守れないときは、自分が(職を)降りる」と述べ、移設反対の公約を市長の職をかけて貫く考えを強調した。 ――市長就任で辺野古案は。 「なくなるでしょう」 ――過去3回の市長選では移設容認派が当選してきました。今回、反対を訴えて当選できた理由をどう考えますか。 「基地と関連した振興策が10年も続き、かなりの予算が投入されたのに、暮らしはよくならなかった。多くの市民がそう実感していたからではないか。基地に頼った一時的な振興策ではなく、継続・持続する、自分たちでつくり上げる地域振興が大切だと訴えたのが賛同を得たのだろう」 ――政府が今後、「やはり辺野古に」と言い出したら、どう対応しますか。 「私は辺野古に新しい基地は造らせないと約束した。信念を通して、貫いて、守り抜く。仮に国がそういうことを言ってきたら、市民の先頭に立って反対の意思を行動で示さなければならない」 ――市長として反対を貫き通せるか、疑問視する声もあります。 「約束を守れないときは、自分が(市長の職を)降りるときだ。私は新しい基地を造らせないと約束して当選した。筋を通すことによって人は信頼してくれる」 ――仮に政府が妥協点を期待しているとしたら。 「大きな間違いだ」 ――現行計画よりも環境や騒音の負荷が小さい案、たとえば名護市辺野古にあるキャンプ・シュワブの陸上部への一部機能の移転などを提示されたらどうしますか。 「現在ある基地の機能強化につながるものは、いずれにしてもだめだ」 ――立候補を表明した当初は、今ほど反対姿勢を強く打ち出しませんでしたが。 「これまで沖縄は政治的、歴史的背景の中で、虐げられながら生きてこなければならなかったことを、私たちは身をもって体験している。基地を新たに造ることについて、私の考えは初めからノーだ」 ――これまで市幹部として、容認派の3代の市長に仕えてきましたが、そのような考えは表明してきたのでしょうか。 「(1999年に受け入れを表明した)岸本建男市長から事前に相談されたときは『沖縄にこれだけ基地が集中しているなか、普天間飛行場がただ平行移動してくるような案を振興策と引き換えに受け入れていいのか、おかしいのではないか』と意見した」 ――基地とリンクした振興策に頼らないと言いますが、具体的な構想はあるのでしょうか。 「かつて名護市は農業の粗生産額が年間90億円を超えていたが、いまは約40億円少ない。この40億円を取り戻せば、自分たちががんばることによって得ることのできる収入源になる。また、名護の特色を生かした体験、交流、滞在型の観光の可能性も追求したい。基地問題に時間を割こうとは思っていない。移設反対を通していくだけで、そこに交渉だとか折衝だとかいうものはない。すぐにでも農業や観光の振興に手をつけたい」(聞き手・松川敦志)

●国をめぐるものごとの倒立のなかで 陽の在り処を気づかせるこの島の現在に 誠実な眼と折れないこころをもつものは くっきりと位置を立てるだろう そのひとところだけをたよりに みらいの島と呼んでみる そこもとに 私は 私の位置を立てるだろうか。(最近のstoneの詩より)

沖縄県民の声を配慮して、辺野古ではない別の候補地を一所懸命探した
というポーズをとっておいて、
結局はやっぱ現行案辺野古でいくしかないという、
政府の見え見え路線にクサビを打つ
名護市長稲嶺進氏の決意である。
政府は今後、全力で稲嶺氏の篭絡に裏技を駆使してくるだろう。
(続く)

5

2010/1/26

名護市長に稲嶺氏 辺野古移設拒否へ  臨時

辺野古節 -ソウル・フラワー・ユニオン Soul Flower Union
http://www.youtube.com/watch?v=NJOyg6Fc518&feature=related 

名護市長に稲嶺氏 辺野古移設拒否へ
任期満了に伴う名護市長選挙は24日投票、即日開票され、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する新人の稲嶺進氏(64)=無所属、社民、共産、社大、民主、国民新、政党そうぞう推薦=が1万7950票を獲得し、移設を条件付きで容認してきた現職の島袋吉和氏(63)=無所属、自民、公明支持=に1588票差をつけ、初当選した。稲嶺氏は「辺野古の海に基地はつくらせないという信念を貫いていく」と移設反対をあらためて強調。5月末までに移設先を決定する鳩山内閣にとって日米が合意した辺野古案は極めて困難になった。(「沖縄タイムス」記事より)

●移設反対派の稲嶺氏が当選したことにより、
辺野古への米軍基地移設は完全に暗礁に乗り上げた。
移設先が「辺野古」が最良とされた理由は、
地元名護市が受け入れを表明したというただ一点に尽きる。
当時の比嘉市長が、移設反対多数の住民投票結果を無視して
突然移設受け入れを表明して辞職した。
その後継に指名された故岸本市長は、99年に受け入れを表明したにもかかわらず、
飛行時間の制限や15年の基地使用期限等、
米軍が容認しがたい「7条件」を提示し、
住民投票で示された基地移設反対の民意に
ギリギリまで応えようとしていた。
(ちなみに故岸本市長の夫人は、今回の選挙では稲嶺氏を応援している)。
島袋前市長が岸本氏の7条件を反古にして
現行の「修正案」で政府と合意したのは
岸本氏の死後11日めの2006年3月。
今回の選挙での島袋氏の落選によって、
「辺野古が最良」とされた唯一の理由がなくなってしまったのだ。
県内の伊江島、下地島、長崎県の大村、関西、硫黄島等々
「移設先」候補地の住民が、移設に反対するのは当然のことだ。
「いろいろ検討した結果、やはり辺野古が最良」という
政府の思惑は、今回の名護市長選で、はずれてしまった。

「世界でもっとも危険な普天間基地」の移設先はありえない。
普天間基地問題の解決は、「全面返還」であり、「移設」ではない。
鳩山政権は、「日米間の合意」を白紙に戻して、
基地の整理・縮小のための対米交渉に就くべきである。
それが文字通り「ゼロベース」というものだ。(続く)

1月27日記
地元の合意 別問題 「普天間」方針で平野長官

http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-01-26_2081

政治 2010年1月26日 14時45分
(8時間9分前に更新)

 平野博文官房長官は26日の記者会見で、米軍普天間飛行場の移設反対を掲げた稲嶺進氏(64)が当選した名護市長選結果に関して「市長選(の争点)が移設問題一本でなされたわけではない」と述べ、日米合意に基づく名護移設を選択肢から排除しない考えを重ねて示した。移設先選定で選挙結果を「斟酌(しんしゃく)する理由はない」とした25日の発言に続いて、社民党などが反発する可能性がある。

 鳩山由紀夫首相は公邸前で記者団に「(選挙)結果は一つの民意の表れだと受け止めている」とした上で、「(政府、与党の)沖縄基地問題検討委員会で、ゼロベースで移設先を決めていくことに変わりはない」とあらためて強調した。

 平野氏は会見で、市長選結果が移設先選定に与える影響に関して「(名護移設が)駄目だという除外要件にはならない。検討課題から外す、外さないということにならない。安全保障にかかわる問題だ」と指摘。「一番大事なのは沖縄の負担軽減と安全性確保を十分に斟酌することだ。それを踏まえゼロベースで見直していく」と述べた。

 同時に、5月の結論までに「(地元自治体が)合意しているかは別問題だ。理解を求めるべきテーマだと思うが、それがなければ物事を進められないのか」として、地元自治体の理解が得られていない段階でも結論を出す場合があり得るとの見解も示した。

 名護での政府の環境影響調査については「調査をやったから、そこに基地が行くことにはつながらない」として所定の手続きを進めるとした。

●官房長官、それを言っちゃったら、おしまいよ。
「沖縄県民の声を配慮して、辺野古ではない別の候補地を一所懸命探したけれども、
やはり現行案辺野古でいくしかない」という予定路線をすっとばして、
「沖縄の民意は無視、辺野古で強引に推し進める」と言っているようなものだ。
>「一番大事なのは沖縄の負担軽減と安全性確保を十分に斟酌することだ。それを踏まえゼロベースで見直していく」というなら、「日米の政府間合意」を白紙に戻し、
早急に基地の整理・縮小のための対米交渉に就くべきであろう。
幕末以来の不平等条約を解消するために奔走した小村壽太郎を見習いなさい!
できないことはないのだから、最初から諦めてはだめ!

政府は、「移設」代替案の呪縛からはもういい加減で、解放されなければいけない。
真のゼロベースは「日米同盟」の見直しであろう。
基地被害、米軍犯罪、日米地位協定、それにも違反する思いやり予算、65年にも及ぶ米軍基地の存在、「密約」にまみれた日米安保の歴史と現実を切開し
わしらは県民の側から厳しく批判していくだろう。

●沖縄県の自民党も公明党も、ついに県外移設を打ち出した。
 沖縄県のブルジョワ政党のすべてが「県外移設」を打ち出したことになる。
(続く)
11

2009/11/12

11.8 普天間県内移設を拒否  臨時

米軍普天間飛行場の県内移設反対を日米両政府に示す「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」(主催・同実行委員会)が8日午後、宜野湾海浜公園屋外劇場とその周辺で開かれた。2万1千人(主催者発表)が会場を埋め、共同代表の伊波洋一宜野湾市長や翁長雄志那覇市長、各政党の代表らが普天間飛行場の早期閉鎖・返還や県外・国外移設を求めた。

当日配布された「沖縄タイムス」号外より 抄録
《外国軍への基地提供は常識的には駐留する部隊の所要を満たすように、受け入れる側が限られた資源の中で決めていく。覇権国に決定権があるのでは占領と変わらない
 ところが、日本では沖縄から米軍は動かせない、との決め付けがすべての前提となっているようだ。》
《海兵隊はアジアに限らず中東へも派遣される。そのスケールからみれば九州だろうと本州、四国だろうとそう差はない。湾岸戦争で米軍総勢兵力役50万人、うち海兵隊約9万人(沖縄から2千人)はほとんどが空輸だった。
 具体的な検証を欠いたまま、普天間の辺野古移転を対米外交の踏み絵のように受け止め、鳩山政権に履行を迫る精神構造にこそ同盟の脆弱性をみる。
 政府は、本来なら国内問題であるはずの基地問題をことさら外交にすり替えてきた。沖縄問題の核心は政治の不作為だといえる。鳩山政権は大いに悩んでほしい。苦悶する姿を国民にさらし、日本全体が問題を共有できるまでとことん悩むべきだ。 
 「日米同盟=基地提供=沖縄」のロジックを変える時期にきている。政権交代をその好機にすべきだ。》(屋良朝博論説委員)
5

2009/11/5

全国で基地反対の意志表示を!  臨時

基地反対は沖縄の民意

 民主党は沖縄普天間基地の県外・国外への移設、辺野古新基地建設反対を表明してきましたが、鳩山新政権成立後、その主張を巡る態度があいまいになり、岡田外相は普天間基地の嘉手納基地への統合などと言いだしています。アメリカから来日したゲーツ国防長官は民主党鳩山政権に対しても、自公政権の時のようにアメリカのいいなりにさせようと、「占領軍」意識まるだしの恫喝(どうかつ)で沖縄新基地建設推進を強硬しようとしています。
 昨年、沖縄県議会選挙では新基地建設反対派が多数となり、また今回の総選挙でも基地建設推進派は全ての選挙区で落選しました。もはや「普天間基地即時閉鎖、辺野古新基地建設中止」は、沖縄県民の民意なのです。
 11月12日にはオバマ米大統領が来日しますが、沖縄では米軍基地反対の意志を大統領に伝えるため、来日直前の11月8日、島ぐるみの県民大会を開催します。沖縄基地の問題は沖縄だけの問題ではありません。戦争で多くの犠牲を押し付け、また戦後は米軍基地の大部分を沖縄に押し付けてきた日本の問題です。8日は、沖縄の行動に呼応してデモ行進とアメリカ大使館への抗議行動があります。私たちもともにこの行動に参加しましょう!(集会案内より)
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8

2009/10/12

編集中期  臨時

■編集中記■ ※これまでの記事をプリントアウトして、小冊子にして配布中。
 ……(略)……
ところが、「うらそえ文藝」14号特集「集団自決」の上原正稔・星雅彦両氏の論考と対談を読んで、いや〜な気分に陥ってしまったのだ。前から集団自決否定説を掲載するということについては聞き及んでいた。ただし、それは、大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判の判決を覆すような新たな視点からのものであることを当然予想させた。それなのに、この特集の水準は裁判で完全に否定されたところのものであったのだ。いわゆる、「南京大虐殺はなかった」「従軍慰安婦というものは存在しなかった」といった「古臭いジョーク」と同じ水準のものであった。
 この「うらそえ文藝」14号特集「集団自決」は、「自由主義史観」を提唱する裁判原告側の思惑に、忠実に応えるものに、結果としてなりさがってしまっている。敗訴を承知で裁判にうって出た裁判原告側の思惑は、宣伝戦であろう。判決に関係なく、インターネットの幅広い普及にともない、匿名掲示板やブログなどで話題となり、「古臭いジョーク」が、ゾンビのごとくあたかもジョークでないかのように再び登場することとなる。
 曰く、「集団自決は隊長の命令だったというのは、あれはウソで、ほんとは、遺族年金を貰うための方便だったそうだよ」といったように。事実、上原正稔氏は対談で述べている。「上原:それでね、渡嘉敷村役場でも、それから座間味村役場でも偽の報告書を作ったわけですよ。それぞれ『赤松隊長の命令によって我々は集団自決をしました。』と。座間味でも、『梅澤隊長命令によって集団自決をしました。』と出して、遺族年金がもらえるようになったわけです。それで、それに立ち会った県援護課の照屋昇雄さんは非常に重要な証人なんですね。」
 その照屋承認の証言が、とうてい信用できないものであったことが裁判で確定されているにもかかわらず、性懲りもなく繰り返されているのだ。この「うらそえ文藝」の特集は、地元マスコミは、「古臭いジョーク」の水準と受けとめたのであろう、ぜんぜん問題にはしなかったにもかかわらず、「自由主義史観」を支持する某新聞などが喜んで取り上げていた。そしてインターネット上の匿名ブログ記事に引き継がれていく。
 私(stone)は、(……略……)で、集団自決に軍命はなかったとする曽野綾子を批判している。その私が(略)雑誌の特集記事についてどう考えているのか、知りたいという人がいたので、異論を公開することにした。                                                   (stone)
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