ペイネ(レイモン・ペイネ)は愛を主要な問題に据えて活動した芸術家であった。私はペイネの愛に対する考え方について、何となくだが理解できる。
道端ですれ違うカップルに目を向けて見よう。そのカップルとは、高齢の老紳士と老貴婦人であって、両者はお互いに手を取り合って歩いていた。それを見て何かを見いだせるのならば、つまり何か感じるところがあったならば、あなたはペイネの愛の活動のほとんどを理解できているのだと、私には思われる。
しかし、それから何らかの反動的な主張(愛の道徳化、と言うべき問題)を開始しようとするのは、あまりにも愛という問題を安く見積もりすぎている。
私の言いたいことはただ一つ。愛を感じること、である。そして、愛を感じることから拡張される主張(思想)には、沈黙をもって応えるのみだと、したいのである。それはパウロ的な、イエスが人類に対して放下した愛を原罪にすり替えて主張したことに対する、一つの防波堤的措置だと言えるだろう(創世記においてアダムとエヴァが楽園から追放される以前の状態、つまり愛が充溢している状態へと逆戻りさせることが、私の愛に対する主眼なのである)。
愛と原罪は表裏一体(それはつねに愛は罪へと堕してしまうもの、という意味)であり、そこからわれわれの生への胎動が、つまり理性の胎動がはじまるのである。
以下は軽井沢にあるペイネ美術館を訪れたときに撮影したもの。


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