幸せの本性とは、常に何事においても事物の決定権が自己に委ねられているということに尽きるだろう。つまりは人間には自由意志があることが幸せの根本なのである。しかし仮に人間には自己決定権(自由意志)がないのだとするならば、生は不幸でしかないのだと言うことになるのであろうか? 否、そうではないのだ。人間に自己決定権がなかったとしても、幸せな生(生を支える根本とは決して幸福律に左右されないということだ)というものを送ることはできるのである。それはどういうことなのか? 「一部」の人間に自己決定権があるとされるのではなく、「すべて」の人間に自己決定権がないとなれば、自由意志がなかったとしても生はそれでいて幸いなのである。他人の生と自己の生と比較することから不幸ははじまるのであるから、この比較というものを無くしてしまえばよいだけのことになるのである。だから「すべて」が生を幸いにする唯一の根拠となるのだ。