朝は冷えこんだものゝ日中は晴れて穏やかな大晦日であった。
今年は年末の大掃除をしなかった。この秋以来、法人申請の準備やら催しものやらで皆忙しかったことも理由のひとつであるが、日頃の手入れのかいあって、そこそこキレイに保たれているので寒いこの時期にせずとも、と判断。春先にすることにする。障子の張り替えはせめて水温むころにしたい。
さてそうはいうものの、yamoriには大晦日ならではの用がある。春の茶会以来、本格的には使われる機会のなかった茶席を見てやらねば今年が終われない。はたきを優しくかけ座敷ボ−キで掃きだしてから、おもむろに母屋の台所でおこした火を移す。炉の灰が冷えきっているので、しっかり真っ赤におきた炭火を据えると炉はようやく眠りから覚めて生き返る。
釜は高価なものではなく、作者も不明。少々錆も浮いているけれど、口の広い大講堂釜と呼ばれる形でこの時期にはふさわしい。炭を足しながら二度三度と湯を換えるうちに、金気はいくぶんあるものゝ湯の味は落ち着いてくる。柄杓をかまえ、釜の蓋をあけるたびに広い口からふんだんに立ち昇る湯気が三畳あまりの空間を徐々になごんだものにしてくれ、そして乾ききっていた茶席がゆっくりと潤いをとりもどす。
夕食後、再び炉に火を入れ支度を始める。掛け物を下げ、花筒を掛ける。茶器・茶碗・茶杓・茶筅・茶巾・蓋置・建水、あ、水指を忘れた。ま、よかろう。
掛け物(軸)は江戸中期の大徳寺の住持、第196世の伝外宗佐という和尚の短冊幅。短冊といえば和歌俳句が多いが珍しく詩の短冊である。題は「古徳 聴雪」、何と洒落た言葉であろう。「聴雪」、しんしんと降る雪を聴くとは。たまたま今年は雪もないが、昨冬ならうってつけだった。「寒夜無風竹有聲……」とある七言四句の詩。今時の我々は漢文漢詩の素養が乏しい。残念なことである。江戸期の教養人は漢籍が必須、その方面の教養が豊かであった。朝鮮通信使とも漢文で筆談ができたという。
さて、竹の細い花筒は堀内宗匠が「寒夜」と銘を朱書きしておられるが、箱書きには「寝物語の里の竹を以て 銘寒夜」とある。なにやら艶っぽいことを想像したくなるがそうではない。関ヶ原の西、今須よりむこうの山あいに寝物語の里という土地があり、そこは近江と美濃の国境にまたがる集落だという。そこらでは壁ごしに隣国の家と寝物語ができるということだそうである。これは花筒であるが、茶杓を二本削って筒に一緒に入れたら……、おっと脱線!
花を忘れていたので月明かりの中、裏庭の藪椿をあてずっぽうで剪る。なんとか使える花だった。
そうこうするうちに寺島さん、岡村さん、ついで神谷さん夫妻と口コミのお客さんが来席。普段使いの茶碗で亭主が点てるお茶は服加減もあやしいが、芳光製のお菓子は当然ながら好評であった。ちなみに茶碗は黒楽、黄瀬戸、絵唐津。茶器は菊水蒔絵、茶杓は牙(げ=象牙)。
独りでも寂しうはなし、と思った昨年とは異なり、嬉しかった。歓談一刻、お客さん方の退けたあと、小さな炭火を灰に埋めて越年。年あらたまる、というけれど引き継ぐものもあり、ひいては世代を引き継ぐことにもつながる茶の湯の風習である。お茶の家ではこの火を種火とし、若水を湧かして茶を点てることも行われる。
こうして独り満足の遊びのお茶も済み、私のどん底にして最良の歳は静かに暮れた。
松風に とける鐘の音 歳暮るる

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