小学生の子供達が野球をやろうと、はじめた時の動機はどんなだったのだろう?高校野球のお兄ちゃんやプロ野球選手(今はメジャーかも知れない)の姿に憧れて、ぼくもあんな風になりたいとか、お兄さんやお父さんの影響で野球が身近にあったから始めたというのが多いのだろうと思う。そんな全国各地の野球少年が週末の土日に地域のチームの練習に参加し、そのうち仲間意識も芽生え始め、試合が入れば自分の、自分達の可能性を拡げようと切磋琢磨している姿が目に浮かぶ。
生まれてはじめて野球というスポーツを体験することになるのだが、学童の軟式野球はというとまだまだ本格的な野球と呼ぶには相応しくない、初歩的な段階での競技スポーツである。本格的な野球は中学生になって、リトルシニアやボーイズ、ヤングリーグ等の硬式野球クラブに入部して大人の規格でのグランドサイズやボールを使用した時が本当のスタートだと思っている。学童の軟式野球を経験し、志しを持った野球小僧達が次に踏み入れる「場所」が本格的な野球のスタート地点だと思っている。中学校の野球部もそれに準ずる「場所」である。
JFのOBが新たなる目標を持ってステップアップして行き、友好硬式野球チームで本格的な野球にチャレンジしていく図式は全国どの地域の野球少年も同じで、何某の経験と技術を身に付け、志しを持って集まり新しく出会う。ところが、学童の軟式野球はほとんど何の経験もなく、何らかの動機を持って、初めて野球をしようと入部してくるが、中学のクラブチームに入る時とではモチベーションが大きく違っている。
生まれてはじめて野球に遭遇する。体験する。それも路地等で少数で遊ぶ野球ではなく(もっとも今は路地で野球する場所すらないのだが)ある意味、学童サイズではあるが本格的な野球に出会う。それは成人のスポーツのミニチュア版である。しかし、野球をする上で幼なくて拙いながらも高校野球のお兄ちゃん達の必需品である技術面・戦法面の基礎となるセオリー(理論)は必要なのである。体格(身長・体重)は幼なくて当たり前。筋力(強さ・速さ・瞬発力・持久性)もない。まして精神面の強さ持続性も拙い。
野球の技術は一朝一夕にマスターすることはまずあり得ない。勿論他のどんなスポーツも習い事も同様で長い時間と強い意志と優れたコーチングがなければ習得できない。例えば、「打つ」ことで考えれば、バットを持つこと、構えること、振ること、ボールに当てること、一瞬で通過するボールにタイミングを合わせること、ストライクを振りボールを見逃すこと、インコースはどう打つ、アウトコースはどう、高目は低目は、球の速さは、軸足は、ステップ足はどうする、足で初動して骨盤で支え背骨を回転させて、グリップからバットを動かせ、フィニッシュを大きくとれ。
このようにいろんな要素を上手に自分の身体を使うことから始め、それが出来れば今度は自分以外への相手やボールとの同調を行ったり、競いあったり、バッティングだけでも何十通りの技術の基礎をマスターしていかねばならない。気が遠くなるような技術の習得とそれに応じた基礎基本のコーチングと失敗成功を繰り返す努力と何よりもそれを続ける意思と時間が必要である。
メンタル面はさておいて、自分の身体を上手に、それも自分の身体のサイズをフルに使ってバットを振る。ボールを投げる。ボールを捕る。走る。滑る。次には攻撃の優位性、防御の優位性を身に付けることが望まれる。どんな動作でもナイスプレーをする為の技術の習熟が必要でありその為のセオリーが存在する。それが基礎であり、基本である。この基礎基本の習得が野球をはじめた初期に間違ってしまうと、それぞれ自分の身体のサイズに見合ったパフォーマンスが発揮できるかというと「NO」ということになってしまう。
これが一番問題なのである。本格的に成人サイズで野球をしようという時、経験がなければ直ぐには出来ないし、それ以上に基礎基本を習得しないまま身体が大きくなった時、自分の身体を上手に使うことが出来なくて困ってしまう。骨格が発達する前の神経系統が発達している間に自分の身体を上手に使う訓練が必要なのである。だから、たかが学童野球、されど学童野球、なのである。初めが肝心。一度付け間違えたボタンは元に戻してまた一から付け替えなければならないのと同じで基本からやら直さねばならない。理に適った身体の使い方は体格・体力が未発達な時から身につけなければならない。身体が小さい時に基礎基本を身につけ、身体が大きくなった時に十分なパフォーマンスを発揮できる土台を作る。JFの指導理念はここにある。
小さな戦士達は気が遠くなるような時間と強い意志で失敗を繰り返しながら一つひとつの技術とそれを支える基礎・基本を習得した。野球が好きだから熱中した。だから集中的に身体を上手に使うメニューを消化出来た。今は楽しみながらパフォーマンスを披露している。だが、これから辛い生みの苦しみが伴うこともあることが待っているのを知らない。野球との付き合い方が変わることを教えていかねばならない。仲間との付き合い方も、監督との付き合い方も、ボールともバット等道具との付き合い方も変わらざるを得ないことを教え導いていかねばならない。そんな時がついそこまで来ている。

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