その夜、あおいは田舎に住む母親が病気で入院したことを姉から聞かされた。あおいは2人姉妹で、姉は地元で母親とふたりで暮らしていた。幼くして父親と死に別れて、姉を看護師にするのが精一杯だった。あおいは高校を中退し、東京の専門学校に入るつもりで上京。入学金を貯めるため、スカウトに紹介された芸能事務所に所属した。そこが今回、訴訟問題になった事務所だった。
母親の病状は悪かった。しかし、もう半年も会ってないので、あおいは静岡の実家に2,3日したら帰るつもりだと翔に相談した。
「姉さんはいくつなの?」
「2つ上。21よ。綺麗なんだよ。あたしと背が同じ位で、並んでると見分けがつかない。でも、あたしより年上な分だけ素敵だね。翔には会ってもらいたいよ。ママにもね」。
「うん。きっとだよ」。
あおいは考えていた。そして、大切なことを言うとき、初めてしっかりと目を合わす習性がある。
「翔のことは信じてるから、言うのだけど、あたしのママと姉さんのことは誰に聞かれても言わないでね。あたしは東京に出て来とんでもない生活してきたけど、お姉ちゃんは違うの。ずっと、勉強ができて、うちら家族の希望なの。だから、あたしの戸籍をたどられたりしたら、家族が壊れるから、今、聞いたことは忘れてね」。
状況がせっぱ詰まっていることはうすうすわかっていたけど、あおいから直に聞くと翔は、なんとかしてあげたいと思った。
「社長の写真ないかな?」。
「うん、名刺しかないよ」。
「それより、翔ちゃんはあたしのたったひとつの宝ものなんだから、あたしのゴタゴタに係わらないで。1年たてば、あたしの問題は解決できる。そしたら、お嫁さんにして」。
あおいは本気だった。
「あおいが覚悟してるなら、いいよ。もらうよ」。
「うぇ、いやいや?」
「うん。もらってやるよ」。
翔は引き出しから通帳をひっぱりだした。ページをぱらぱらめくって、あおいに見せた。
「これだけしかないけど、もし、あおいの借金の返済の足しになるなら使ってくれないかな?」。
見ると230万円あった。半年の一度のボーナスを貯めたものだった。
あおいは嬉しかった。涙がこぼれてそうになった。
「これは貯めててほしいよ。そしたら、きっと、一緒になれるし。あたし料理できないけど、掃除と洗濯はできるよ。お料理も覚えるからね」
「がんばらなくていいから、元気で一緒に暮らせればそれだけで十分だからさ」。