■「バル街」の実行委員で広報担当のhosinoさんにいろいろ情報を提供していただいています。ありがとうございます。函館には、1度しかいったことがありませんが、たいへん印象の残っている街です。おそらく、それは私自身が神戸という港街の出身であるせいかもしれません。
■さて、たくさんの情報をいただいていますので、少しづつ“攻めて”いたきいと思います(^0^)。
コメントで提供いただいた情報をもとにしています。「バル街ホームページ」に
リンクがはってあるレポートからです。
■今回、私が一番興味をもったことは、「
繁盛請負人ばんたかお仕事日記」で書かれている次のことです。
「スペインの旧市街地に多い立ち飲み屋バルはグラス片手にスポーツから社会問題、文化・宗教まで語り合う場。そんな空間を再現したかったと函館西部地区バル実行委員長の深谷宏治氏は言っている・・・・地図を片手に歩く参加者どうしが街中で屋も歩きしながら声をかけ合い、コミュニケーションが生まれている。」
■この文章のなかの深谷さんの発言です。これを読んで、ドイツのハーバーマスの『公共性の構造転換』(1962)という本を思い出しました(公共性を語るときには、必ず引用されるような古典になっています)。詳しくはお読みいただくしかないのですが、この本のなかで、市民的公共性がヨーロッパの歴史のなかで生まれたときのことが書かれています。『社会学文献事典』(弘文堂)という便利なものがあり、要点がまとめてありますので、少し長くなりますが、そこから引用してみましょう(長くなるのは、このBlogの大きな欠点ですが、お許しください)。
■市民的公共性は、まずはじめに「文芸的公共性」として姿を現わす。おおよそイギリスでは17世紀後半から、フランスでは18世紀初頭、ドイツでは18世紀後半に、それぞれコーヒー・ハウス(喫茶店)、社交サロン、読書サークルにおいて、自律的かつ継続的に文化や芸術について活発に討論する公衆が現われる。そこでは、基本的に社会的地位が度外視され、議論する私人としての対等性が理念的に保証されており、また文化批評な芸術批評の雑誌の広範な流通にも後押しされて、議論の公開性も高まっていく。そして、初期資本主義的市場経済の圏域が拡大していくにつれて、議論の主題も政治的なものにも及んでいき、次第に、文芸的公共性のなかから「政治的公共性」が姿を現わしてくるのである。政治的機能をもつ公共性は、私的自律の圏としての商品公益と社会的労働の領域を国家による支配や統制から守るために公衆や「公論」という新たな審廷に訴えるようになる。(辰巳伸知「ハーバーマス『公共性の構造転換』1962年刊『社会学文献事典』)
■難しい日本語になっていますが(仕方ないんですけど・・・)、深谷さんの発言と重なりあわないでしょうか。ハーバーマスのこの議論の部分を意識し、深谷さんの意図を私になりに解釈すれば、「
日常的に、バルに人びとが集まり、知らない人どうしでも、自分たちの函館の地域社会の様々なことがらについて語り合い、コミュニケーションをする(そして時には議論をする)、そのような「場」があちらこちらで生まれてくるといいな〜
。そのような「場」があちらこちらにあることが、結果として、函館の街の将来の夢を描き、それを形にしていくような社会的な動きの「種」や「肥やし」になるのでないのかな〜
。」
■「バル街」の直接的な(顕在的な)目的と意図は、「函館の歴史と伝統が詰まった旧市街=西部地区をスペインの『バル街』に見立てて『飲み』・『歩き』を徹底的に楽しもうという試み」であるにしろ、それが「結果として」地域社会に産み出すもの、そこに深谷さんは注目されているのではないかと思うのです(ご本人にお聞きしたわけではないけれど)。このような深谷さんの思いと、次の星野さんの
コメントも結びついてくるようにも思います。「今後は参加店を飲食店以外にも拡大していきたい。また、一日限りではなく通年のバル街にできないものかと考えている」(「市民記者」佐々木さんの渾身のレポートのなかで、)。
■こう考えると、頭のなかで、“妄想”はどんどんふくらみます。「職場(学校?)」・「自宅」・「スーパー等の大型小売店」のあいだを行ったり来たりする
「日常生活の三角形」(私たちの暮らしはこのような三角形のなかに閉じ込められているのですが・・・)
のなかに、わざと、別の関係を挿入するような「場」として、あるいは、これまで個々人が知らなかったネットワークにその人を結びつけたり、さらには、新たなネットワークを産み出していくような「場」としてバルが成長していく・・・。バルが地域社会のまぢつくりのネットワーク=地下茎をどんどん伸ばしていく・・・。(「バル街」の函館のまちづくりに対する潜在的順機能)。
■私は深谷さんにお話しを直接うかがっていないわけですが、深谷さんのコメントから大きな示唆を受けたよに思います。現場にいかずに、何もしらずに、勝手なことを書いていますが、hosinoさん、どうかお許しください。
■とりあえず、長すぎるといけないので、「函館の『バル街』(その3)」はここまでにします。続きの記事、もう少しお待ちください。参加した人々のご意見から、いろんなことを考えてみたいと思います。