■さてさて、調子にのって「バル街」について思いつくことを、いろいろ書いてきました。これまでの整理をば。「函館『バル街』、(1)では「バル街」のサイトを拝見したうえでの
紹介と感想を書きました。(2)では、hoshinoさんからいただいた資料にもとつぎ、「バル街」の
コンセプトについて、私の想像や願望(妄想)もまじえて(だって参加したこがないんですもの・・・)述べました。(3)では、
「公共性」という概念や「公共圏の創出」という視点から、「バル街」が潜在的にもっている可能性について論じました。(4)では同様に、
「社会関係資本」という概念を通して、「バル街」が潜在的にもっている可能性について論じました。
■まだ「バル街」に参加したことがない(W も参加できない・・・)という、絶望的な状況のなかで、想像や願望(妄想)とhoshinoさんからの資料で書いていることなので、どのように関係者の皆さんや函館市民の皆さんに受け止めていただいているのか、とっても不安ですが、ここでやめてしまうわけにもいきません。その(5)を投稿しておこうと思います。今回は、いただいた資料「函館西部地区2004秋のバル街報告と記録」をもとに書いてみようと思います。「函館のバル街(その2)」の投稿の、【資料2】にあたる資料です。
■この「函館西部地区2004秋のバル街報告と記録」だけでなく、他の資料もサッと目を通しているですが、そこでまず気が付いたことは、この「バル街」が
「成長・改良・発展」しているということです。前回の問題点を整理し、改善する方法を考え実行し、「バル街」が進捗するプロセスもきちんとモニタリングする。自然環境の管理などでいわれる
順応的管理、あるいはISO14001シリーズの
PDCAサイクルような、情報をフィードバックさせながら、少しづつ修正してマネージメントを進めていくやり方です。ただし、このようなまちづくりのイベントでは、工場の管理のようにはいきません。その場の“瞬発力”的な判断が要求されるからです。すなわち、全体を通してのモニタリングと、もっと短い周期での複数のモニタリングを同時に進行させながら、それらを関連づけていくような感じ、とでもいえばよいのでしょうか(う〜ん、説明になっていないかな)。「経過レポート」を読んでいると、私などは関係者ではないのですが、人でが多すぎてパンクするんじゃないかと、ちょっとドキドキしました。このレポートの書き手の文章のうまさもあるのでしょうが、緊迫感が伝わってきましたよ。
■実行委員長の深谷宏治さん、スペイン料理店「バスク」のオーナーシェフなのですね。「バル」や「ピンチョー」というコンセプトは、長きにわたって、隔年でスペインに出かけ研鑽・情報収集をおこない、柴田書店(料理・飲食業に関する本をたくさんだしている専門書店)から『
スペイン料理[料理 料理場 料理人] 』という本を出版されている方だからこそ、という感じがします。その深谷さん、資料「第2回バル街を終えて」のなかで、次のような持続への基本要因をあげています。
@函館・西部地区の既存インフラを上手に利用。
A参加店には大きな負担もリスクも少ないやりかた。
B実行委員にも過重な負担がかからないような運営方法。
Cアイデア重視、即決・即実行
D情報の活用、積極的PR
このことは「バル街」だけのことではなく、一般性の高い原則だと思います。まちづくりは、通常、日常生活や仕事に加えて行なう
「+α」の部分ですから、
「+α」が日常生活や仕事をつぶしていくことになると、情熱や思いの強烈な人と、それなりな人とのあいだに距離がうまれ、亀裂がうまれて(ひどいばあいは、人間関係も悪くなる・・・)、けっきょく持続していく可能性が低くなってしまいます。頑張るけど、むちゃくちゃ無理をせず、すでにある魅力的な資源をうまく利活用して、できる範囲で少しづつ「成長・改良・発展」させていくことが大切なのかもしれません。あと、上の@〜Cに付け加えれば、参加者の充足感・達成感が大きいのではないかと思います。そして、それを共有し確認することでしょうか。それらは、「成長・改良・発展」していくための、ある意味で潤滑油の働きをするのではないかと思います。人間の体でいえば、ビタミンみたいな働きでしょうか。
■資料「函館西部地区2004秋のバル街報告と記録」のなかで、団体職員Nさんという方が、こう述べています。
「お店はお客さんはたくさな来るし、その後のリピーターにもつながるし大満足。お客さんは、普段行きたくても行けない、あるいは興味があるけど入りづらかった店を開拓できてだ満足。両方が喜んで、かつ、事務的経費もちゃんと捻出する。ビジネスの基本ですね。」
資料のなかでは、このような関係を、
WinWinといっています。私は、経営学者ではないのでよくわかりませんが、そのあたりの“効果”が、西部地区のお店の経営状況にどのような形で出ているのかについても、長期的なモニタリングや調査にもとづいて地域社会にフィードバックされていくといいですね(すでにされているのかもしれませんが・・・(^^;))。
■もうひとつ、Nさんがいっていること。気になります。
「函館もホシの数ほどイベントがありますが、近年その多くが資金・人材的に曲がり角。それぞれが、自分達のイベントにとって真に大事なことは何か、もう一度考え直す時期が来ているような機がします。」
この「バル街」が、他の団体のおやりになっていることと比較して、いろんな意味で優れているところがあるのであれば、そのノウハウや経験則が、函館全体で共有されていくと面白いかもしれません。
■このBlogでは、「バル街」のことしか触れていませんが、他の団体やイベントとの連携のなかで、「
函館では1年を通していろんなことをやっている。それも、市民が面白がってやっている。」という評価が定着してくるといいな〜と外部の者は(無責任に思えるでしょうが)思うのですね(^^;)。おそらく、これからの観光は、これまでのような、外部の観光客や、その観光客のイメージあわせて“迎合したり”、“媚びたりする”観光とは違うものが求められていると思います。市民が楽しんで暮し居ている、そこを訪ねて、「“本物”の楽しみのお裾分け」をいただくような観光とでもいいますかね。変な形で商品化されたり観光化されたりしない工夫が必要だと思うのです。
■この点に関して、少し参加した市民の反応にも注目してみましょう。もちろん、多くの方たちは大満足です。これまで知らなかった、知っていても敷居が高く入ることが躊躇われたお店を楽しむことができたのですからね。ただし、次のような評価もあります。
「まわったお店に中には宴会やフリーの客が入っていて興ざめのところもあったこと。雰囲気も円井の大声・笑い声など騒然として落ち着きませんでした。」
「当日は、フリーの客や宴会を入れてほしくないこと。特に入りたくても入れない参加者がいたことは残念。参加者は前もってチケットを購入し、楽しみにしてきているのです。〜このイベントは『市民を対象とするイベント』であって、観光客を引き込まないようにしてほしい。たくさんの観光客が一緒に回って歩くとなる情緒も雰囲気もなくなってしまう懸念があります。」
■私は、「市民を中心」にという点には大賛成なのです。しかし、その後、外部の観光客との関係をどのようにしていくのか、慎重に検討していく必要があるように思うのです。私のように、研究している立場からすれば、排除でもない迎合でもない、もっと別の形の外部の観光客の参加の仕方があるのではないか・・・ということになります。観光客として“謙虚”に参加して、市民の皆さんから、お酒とピンチョーをいただきながら、函館の暮らしや風土のことをいろいろお聞きしたいなあ〜、などと私は思うのですね。
■たしかに、チケットを“購入”し、お金が動くわけです。いわゆるサービスをチケットで買う“お客様”になっているわけです。しかし、そういうお金とサービスの「
交換」ではなく、いろんな人たちが参加するなかで、お金とは異なる別の“豊かさ”を相互に与え合い、「
交歓」(ちょっと駄洒落・・・)するような方向で「成長・改良・発展」していくと、この「バル街」の内側からさらに面白い展開が生まれてくるのではないかと思うのです。いずれにせよ、「市民の楽しみ」と「店の経営」と「観光」をどのようにうまく調和させていくのか、ひとつの課題ではないでしょうか。
■私は、この「バル街」がさらに「成長・改良・発展」するなかで、
(その3)(その4)で書いたような可能性を潜在的にもっているのではないか、そのように考えます。私は、
hoshinoさんの「以上現場から」のコメントのなかに、その萌芽のようなものを感じるのです。ぜひ、いただきましたコメントもお読みください。
■また、この続きを投稿しますが、少し先になると思います。ごめんない。