
(冒頭部分は、1月20日書いたものです。)
■これ、なんだかわかります?あっ、
Google なんて大きな字が出ていますね。では、ここは、どこだかわかります?インドのニューデリーです。このような写真を出したからといっても、
Google Earth ネタではありませんよ。
■『
MADCONNECTION』のiGaさんに教えていただいた、『
見えがくれする都市』(槇文彦・他著,1980年)所収の「微地形と場所性」(
若月幸敏氏)という論文について述べてみたいと思います。
(ここから、1月24日です。)
・・・と、書いたのが4日前のこと。あいだに、センター試験だとかいろいろ入ってきて、なかなか時間がとれませんでした。試験監督って、これまでも随分やってきましたが、今回は、かなり疲れました。椅子に座って監督しているだけで、他にはな〜んにもしていないのですが、ものすご〜っく疲れました

。
■さてさて、話題はセンター試験ではありません。インドです、インド

。私は、
インドには行ったことがありません。冒頭の写真のニューデリーも、まったく知りません。南は、東南アジアのタイとカンボジアまで。私は、生まれながらにして、
お腹が超デリケートな人間なので、インドに行ってきた人たちからインド滞在時の体調についていろんな話しを伺っていると、私にとってインドは
“ダイ・ハード”な国に違いない、私には無理だよ〜…ということになるからです。とはいえ、
Google Earthを使えば、お腹のデリケートな私でもニューデリーにいくことができます。もう、簡単です。ニューデリーにいくなんて、クルクルッ、ピュ〜〜ですから

。
■しかし、この写真をみたとき(そう、あくまでこれは写真です)、「うわっ…」という感じなってしまったんですね〜。写真はインドであっても、意識はもうインド上空に飛んではいても、肉体はあくまで日本・関西ですから、気のせいに違いないのですが、なんだかあまりの迫力にちょっと「うわっ…」となったのです。お腹には影響はありませんでしたが、
脳ミソには、ド〜ンときました。
■インドはまったく知らない国なので、少し調べみました。写真の上のほう、放射状に道路がひろがっている中心、これは
コンノート広場というのだそうです。なんだか、すごいですね、この幾何学模様のような道路は。私だけでしょうか、眼が眩みそうになります。
宇宙航空研究開発機構のサイトでは、「
1911年にイギリスの支配下にあったインド帝国のそれまでの首都カルカッタに代わって新しい首都とされ、計画的に建設が進められましたが、第一次世界大戦等の影響を受けて、新首都の建設が完成したのは、1931年です」と説明されています。
■さらに調べてみました。このニューデリーは、イギリス人の建築家、
エドウィン・ラチェンズらによって設計されたのだそうです。この写真から感じとれることは、ニューデリーという
街全体を一望する特権的なパースペクティブ(視点)の存在です。そこには、街全体をその特権的なパースペクティブから
コントロールしようという意志や欲望さえをも感じ取ることができます。眼が眩んだというのは、そのような強烈なパースペクティブ、そして意志や欲望に対してなのです。他の海外の都市でも、同様のことを感じとってもよさそうなものなのですが、複数の広場と、交錯する放射状の道路によって構成されるニューデリーは、少し別格のような気がします(『
アースダイバー』的な文脈でいえば、これらのパースペクティブの意志や欲望とは、
「一神教」的な文明とともにあります。)
■ところがです。日本の代表的都市である東京は、このようなニューデリーとはまったく正反対のベクトルから街ができあがっているのです。冒頭に述べた「
微地形と場所性」(
若月幸敏氏)という論文には、次のように書いてあります。
「
近代においては、地形や緑に代表される自然はあくまで白いキャンバスの如く『地』であり、そこにプランナーが自由に『図』を描くという考え方が主流を占める。つまり、場所はどこでも等価だとされ、都市への関心は『地』から離れている。そして近年モビリティーが増大するにつれて、場所の固有性−場所性は都市の連続的な広がりのなかに埋もれてしまい、ますます見えにくくなってきている。」(93ページ)
ニューデリーの写真をみていると、この都市を計画したエドウィン・ラチェンズにとって、まさに「地形や緑に代表される自然はあくまで白いキャンバス」であったに違いないことがわかります。
■「微地形と場所性」の著者である若槻さんは、東京を次のように説明します。
「
大都市のなかでもとくに東京は開折谷と台地が複雑に入り組み、いわば地形のしわに左右されながら街が形づくられてきた形跡がある。このような地形的特徴と相俟って、微地形にひそむ場所の力、すなわち土地霊などの存在を感じ取り、場所性を豊かに醸成してきた例が数多く見られる。そして、むしろ下敷きとなる地形が置かれるもののあり方を予め規定していたと思える場所すら見受けられるのである。場所がもっている潜在力を生かしてものをつくっていくという考え方は、場所の制約から解放され自由にものを置くという近代の計画手法とは対照的である。場所に根ざした町づくりが現代の都市づくりにストレートに結びつくものではないかもしれないが、これまでの都市研究に欠落していた部分を補うという意味で、今なお多くの示唆を含んでいるものと思われる。」(93-94ページ)
*「開折谷:河川の流れや氷河などの侵食作用によって生じた谷。谷を成因的に分類した場合の述語」。
■この若槻さんの「微地形と場所性」という論文は、『
見えがくれする都市』(槇文彦・他著,1980年)のなかにはいっていますが、この本は1980年に出版されました。その25年後に出版された中沢新一さんの『アースダイバー』では、表現は違いますが、同様のことが述べられています。若槻さんが「微地形にひそむ場所の力、すなわち土地霊などの存在を感じ取り、場所性を豊かに醸成してきた」と書いたことを、構造主義や精神分析学の思想的な方法を自家薬籠中の物にしている中沢さんは、『アースダイバー』のなかで「
無意識」という概念を使って説明しているのです。
「
一神教の文明は、人間の心のおおもとをなしている泥のような『無意識』を、抑圧してしまうことによってできてきた。そのおかげで、どんくさい(泥臭い)『無意識』の介入なしに、スマートで合理的な文明を築くことができた。しかしそうやって抑圧してきた『無意識』が、いまさまざまな形のテロによって、コンピューターに管理されたグローバル経済の社会に、挑みかかろうとしている。」(12ページ)
「
東京という都市は、『無意識』をこねあげてつくったこの社会にふさわしいなりたちをしている。目覚めている意識に『無意識』が進入してくると、人は夢を見る。アースダイバー型の社会では、夢と現実が自由に行き来できるような回路が、いたるところにつくってあった。時間の系列を無視して、遠い過去と現代が同じ空間にいっしょに放置されている。スマートさんの極限をいくような場所のすぐ裏手に、とてつもなく古い時代の心の底から引き上げられた泥の堆積が残してある。この不徹底でぶかっこうなところが、私たちの暮らすこの社会の魅力なのだ。」(12-13ページ)
■そのような「場所」として、『アースダイバー』では、「パリとそっくりなすてきなお店の並ぶ代官山の裏山」にある、「遺跡群が泥の堆積のようにうずくまっている」猿楽町の話しが続きます。写真も掲載されています。私も、「字ばっかりなのもな〜…」と思い、
Google Earthで代官山あたりを拾ってみました。あまり意味がありませんね〜。ちょうど真ん中あたりに、猿楽塚があるんですけどね

。
■この猿楽塚とは、『アースダイバー』では「夢と現実が自由に行き来できるような回路」であり、若槻さんの論文「微地形と場所性」によれば、「微地形にひそむ場所の力、すなわち土地霊などの存在を感じ取り、場所性を豊かに醸成してきた」場所ということになります。このあたりのことについては、iGaさんの『
MADCONNECTION』の「
トーキョーアースダイビング」をご覧いただきたいと思います。このエントリーのコメント欄で、iGaさんと掲示板風にやり取りをしています。猿楽塚と、この一体の地主さんであった朝倉家との関係についてです。
■長すぎますね、ほんとに。ごめんさない。でも、このシリーズまだ続きます

。(←懲りてません)

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