■東京には年に何度も仕事でいきます。でも、いく場所はだいたい決まっています(だいたいが大学、つまらんな〜ホント)。きままに東京の町を散策することなど、たいていはできません。でも、昨年は、『
Kai-Wai散策』を運営されているmasaさんにいろいろ文京区をご案内していただきました。でも、そのときは、
白山・小石川・菊坂界隈を“攻めた”ので、
谷中・根津・千駄木界隈には行くことができませんでした。
■谷中・根津・千駄木界隈は、森まゆみさんたちが出されている地域雑誌「谷中・根津・千駄木」(通称・谷根千=やねせん)で、全国的に有名な場所ですよね。一度、東京の友人と少し歩いただけで、よくわかっていません。そのような私ですが、最近は、少し「谷中・根津・千駄木」のことを知るようになりました(きちんと、歩いたこともないくせにさ…と言わないで)。今、谷中・根津・千駄木界隈を歩くとしたら、とりあえず、まず最初に行ってみたいのは、「曙ハウス」です。実際に行ったことがないので、手持ちの写真がありません。『Kai-Wai散策』のエントリー「
根津のブラックホール」をご覧ください。
■いかがです。すごいでしょ!!間違っても、「スウハ・ノボケア」と読んではいけません。あっ、読みません?失礼、「スウハ曙」ですね

。「大正末期から昭和初期にかけて、何棟か建てられたうちの1棟」とのこと。だから、この木造アパートの看板も右から書かれているというわけです。あっ、ありました、ありました、こんな
解説もあります。「金の星」社という、野口雨情のような童話作家の作品を出す出版社の事務所が入っていたようです。へー、そうなんか。
■と、感心しているばあいではないのですね。
この「曙ハウス」、本日、1月30日に解体されるという話しを、『Kai-Wai散策』への
neonさんのコメントでしりました。ああ…、個人的にはとっても残念です。老朽化の末の解体なのでしょうが、解体前に現物に“お会いしたかった”。neonさんのコメントによれば、昨日は、大勢の皆さんが写真を取りに来ていたのだとか。気持は、とってもよくわかります。
この「風化」した木造建築物が、風化の結果として、この界隈の雰囲気にどのような決定的な影響を与えていたのか(この地域の人びとにも、外部の人びとにも象徴的な存在であったと思われます)、最後を“看取る”人びとの数からも想像できます。masaさんが最近、考案した
概念「風化景」の東京での典型的な事例として、拝見しておきたかったです、ほんとに。
■「曙ハウス」に合掌

。せめて、この「曙ハウス」の入り口の看板は、この地域できちんと保存されてほしいと思いますが、どうなるんだろ〜か?

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