
■秋山東一さんのブログ『
aki's STOCKTAKING』の今日のエントリーは「
映画 日本国憲法」です。そうです。今日は、
憲法記念日です。と、同時に、私の両親の結婚記念日でもあります(大変プライベートなことで恐縮ですが)。さらに、両親の金婚式のお祝いの日でもありました。50年間一緒に暮らしてきたわけですね〜。とういうことで、私と家族は、両親の実家に車で出かけたのでありました。
■まあ、その金婚式のお祝いは横においておきまして、実家においてあるアルバムから、写真2枚をはがして自宅に持って帰りました。収穫です!!上の写真がそうです。さて、この少年ですが…
■この少年は私です。12歳(小学校6年生、1970年)のときのものです。なにやら変わった格好をしていますね。別に、小学校の学芸会なんかじゃありませんよ。恐縮ですが、まず、このブログの3月2日の記事「
劉暁峰先生と『亥の子』」をお読みいただけますでしょうか。
■そうです。中国、精華大学の劉先生の「墓参時期からみた中国人の祖霊信仰」というご講演に関連する記事です。そのなかで、「講演会のあとに、劉先生に自分の経験をお話ししたところ、劉先生は『本で読んではいたが、それを経験していた人の話しは初めて聞いた』と、私の話しに大変興味をお持ちになったようでした。お互いに感動したわけですね」と書きました。そして、「地域の子どもたちと一緒に、地域内の家を一軒一軒まわり、まず神主の格好をした私が、家の入り口で、お祓いをしたあと、子どもたちが、唄をうたいながら、縄をもって石で地面を搗くわけですね。」とも書きました。
■上の写真が、亥の子で、お祓いをしている神主の格好をした12歳の私です。住んでいたのは、広島市中山町北平原(現在は、広島市東区中山町になっているのかな)。当時は、中山町は、農村地帯のなかに新興住宅地がつくられたような典型的な混住化地域でした。私の住んでいたところは、新興住宅地ではなかったのですが、もともと農家の土地だったところに建てられた5軒ほどの家の1軒でした(父が勤務する会社の借り上げ社宅でした)。
Googleマップでみると、まだ当時の雰囲気が若干残っていますね。私が住んでいた家の屋根も、まだ確認することができます。

■この写真は、「唄をうたいながら、縄をもって石で地面に搗ついている」場面です。こういうふうに唄います。「い〜のこ、いのこ、い〜のこ餅ついて〜、繁盛せ〜、繁盛せ〜」。さっそく、明日にでも、中国の劉先生にこの写真をE-mailでお送りすることにしたいと思います。あっそうそう、「わきた にも、こんな時代があったのか」などとは言わないでくださいね。
【追記】今回の写真、家に帰って高2息子に見せたところ(息子は、バスケットの試合で金婚式のお祝いにいけませんでした)、見るなり、「似てるな〜」と笑いながら言いました。親子なんですね〜、やっぱり。

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