
■iGaさんが運営されている『
MADCONNECTION』(2006/8/28)で、この秋(10/28?)公開される予定になっている映画『不都合な真実』がとりあげられていました。この映画は、「
温暖化に対する人々の意識を改革すべく、アメリカのみならず、ヨーロッパやアジアをも訪れて1000回以上行われたアル・ゴアの講演を追った」(+D Style シネマ特集)作品なのだそうです。まずは、
こちらをご覧ください。
■私は昭和33年生まれです。高度経済成長期と一緒に成長してきました。昭和38年から昭和43年までは、公害のひどい北九州市に住んでいました(八幡製鉄所の企業城下町でした)。まだ子どもでよくわかっていなかったと思いますが、大気は汚染され、河川や海(死の海と呼ばれた洞海湾)は、もう本当にひどい状態でした。そのような中で、公害の被害者である地域住民の母親たちが中心になって、「青い空がほしい」をスローガンに、加害側である企業や行政を相手に反公害運動を展開しました。
■この映画『不都合な真実』で取り上げているのは、被害・加害の構造が明確な公害ではなく、地球環境問題です。一般には、「公害から環境問題へ」というように、加害・被害構造の明確な公害から、多くの人びとが加害者でもあり被害者でもある環境問題へという図式で整理されます。実際、この映画のポスターでは、火力発電所(?)の煙突から出ている煙(二酸化炭素?)が、その上部では大災害を引き起こしたハリケーン・カトリーナを産み出している…、そんなふうに解釈できます。皆が大量の電気をはじめとするエネルギー使用することで、温暖化を促進し、異常気象を産み出している、というメッセージなのでしょう。この映画は、アメリカの国民をメインの対象につくられています。ですから、仕方ないのかもしれませんが、少し「?」なところがあります。
■この映画CFの最後に、“元”大統領候補のアル・ゴアは、「我々は今絶滅の危機にあるのです」(字幕)と語りかけます。思わず、「このときの『我々』って誰のこと?」と思ってしまうわけです。また、「温暖化の原因は、我々人間にあります」(字幕)とも語ります。「ひょっとして、アメリカ人や先進国の人びと、それから第三世界の国々の人びとまでを全部一括して『人間』っていっているの?」とも思ってしまいます。「政治的な問題ではなくて、モラルの問題だ」と語るとき、その意図は、政治家や一部のリーダーが考え対処していけばよい問題なのではなく、国民1人1人のライフスタイルの根底にあるモラルの問題だという主張なのでしょうか?実際、この映画を紹介している「+D Style シネマ特集」では、「
より個人レベルでの観点でとらえ、見る者を『再教育』するこの作品は、アメリカドキュメンタリー史上、記録的なヒット作となっている」と書かれています。
■実際の映画をまだ見ていないのでなんともいえませんが、少なくとも私が専攻している環境社会学の分野の研究者たちは、個々人のモラルだけに温暖化の問題の構造を還元するような議論はしません。政治システムはもちろのこと、経済・社会システムとも複合化した複雑なシステム(それらの複合的なシステムは、多くの人びとを、温暖化を促進するようなライフスタイルへとしむける)を、この映画が無視して、温暖化の問題を個々人のモラル“だけ”に還元しているような“印象”を強く与えているとすれば、それに対しては多くの社会科学者たちは批判的になるでしょう(繰り返しますが、実際の映画は見ていないので、もちろん、まだ断言はできませんが…)。たとえば、温暖化のなかで水没しつつある太平洋の島嶼国家の人びとからすれば、温暖化とは、まさにアメリカをはじめとする先進国の政治システムや経済・政治システムが引き起こしている問題で、自分たちは被害者として認識されるからです。
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http://www.jca.apc.org/~earth/sab1f.html
■逆の考え方もできます。これまで、地球環境問題や温暖化の問題をあまりに、政治や経済・社会のシステムの問題として語りすぎてきた。あるいは、温暖化を含めた地球環境問題を、まるで政治闘争の単なるイディオムや材料にしか過ぎないように人びとに思わせてきた。多くの人びとに、自分たちには関係のない(またコントロールできない)出来事と思わせてきた。しかし、そうではない。そのような主張なのかもしれません。あるいは、そのような政治や経済・社会のシステムを変化させていくのも、個々人のモラルやそのようなモラルにもとづいた様々な実践なのだ、そのような主張なのかもしれません。上記の映画の紹介にも「個人レベルでの観点でとらえ」と書かれていますしね。世界の各国が、温暖化を防ぐために二酸化炭素を含む温暖化ガスの削減に努力しているなか(程度の差はもちろんあります)、アメリカは、二酸化炭素を規制すると経済活動が滞るとか、二酸化炭素規制には温暖化防止の効果がないといった主張を繰り返して、排出規制に反対しています。もちろん、京都議定書にも参加していません。そのようなアメリカ国内の事情のなかで、アル・ゴアは対抗的な主張をしていることも忘れてはならないでしょう。
■歴史について、もしあのときこうだったらという仮定の話しは意味がないといわれます。しかし、この映画のCFを見ていると次のように思わずにはいられません。「もしあの時、フロリダの大統領選挙でアル・ゴアが勝利していたら、そして第43代大統領になっていたたら、京都議定書は、イラク戦争は、地球環境問題の行く末は、まだましな方向にむかっていたのではないのか」、そのように考えてしまうわけです(もちろん、この映画、ある種の反ブッシュ政治キャンペーンのひとつの形態と見ることも可能ですが)。本題に戻りますが、映画のCFだけでは、どうもよくわかりません。“元”大統領候補のアル・ゴアが、実際にはどのように語り活動してきたのか、やはり一度きちんとこの映画を映画館で実際に見てみたいと思いました。
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ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記 - アル・ゴアの「不都合な真実」
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nagopage(名越章浩が思うこと)
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ゴア元副大統領制作の映画「不都合な真実」をめぐって

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