「第五回アースダイビング 善福寺川と阿佐ヶ谷住宅地の50年を探る。 (その1)-川の『原地形』-」
環境/まち・東京

■先週の土曜日、「第五回アースダイビング・・善福寺川+阿佐ケ谷住宅」に参加してきました。トップの写真は、善福寺川の川沿いで資料の地図をもとに何やら立ち話しをしている参加者の皆さんです。
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iGaさん「kawaさん、窪地を横断する五日市街道だけど、地図では土手道だけど…」
fuRuさん「どんな感じでした、kawaさん」
kawaさん「う〜んと、え〜と、たしかね…」
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みたいな話しをされているんです。ちなみに、このおじさんたちの立ち話しを横目に、その向こうを歩いている方は、最年少の参加者。中学生だそうです。やりますね。
■「アースダイビング」については、このブログで過去に以下をエントリーしています。ご関心のある皆さんは、ご覧いただければと思います。
○『アースダイバー』が生み出すネットワーク
○アースダイビングとブログの力
○『第3回アースダイビング@江戸東京地下水脈』の報告が続々・・
○コモンズとしてのブログ『超入門・アースダイビング講座』
○第4回アースダイビング
■この企画、ネーミングからもわかるように、宗教人類学の中沢新一さんがお書きになった『
アースダイバー』や、それだけでなく田中正大さんの『
東京の公園と原地形』、さらには中沢新一さんもおそらくは大きなヒントを得たであう鈴木理生さんの『
江戸の川・東京の川』等からの刺激を得て始められました。アースダイビングの楽しみ方は、参加者の関心に従って実に様々なのですが、簡単に説明するれば、「東京の街を散策しながら、大地のなかから立ち上がってくる記憶(「場所の履歴」)を確認し、楽しく勉強する大人の遠足」ということになるように思います。
■アースダイビングの実施にあたっては、毎回、中心メンバーのお1人である建築家のiGaさんが、参加者のために事前にきちんと資料を準備をしてくださいます。そのような資料のおかけで、今回も、大変充実した内容になりました。と、わかったようなことを書きつつ、私は今回が初参加でした。もっとも、ブログを通じて、東京に在住の皆さんとネット上では、このアースダイビングについて随分盛り上がってきましたし、いろいろ勉強させていただきましたので、なんだか初参加という気もしません。

■集合は、杉並区にある丸ノ内線・方南町駅を出たところ。皆さん、なんだかウキウキされているのがわかりますでしょ。形式としては、普段ブログでコミュニケーションをしているオジサン・オバサンたちのオフ会なのですが、アースダイビングは、先ほども説明しましたように、ただのオフ会ではありません。
■さて、今回の「第五回アースダイビング-善福寺川と阿佐ヶ谷住宅地の50年を探る。」の趣旨についてですが、
iGaさんが「
第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅」の本文をお読みいただければと思います。

■上は、Google Earth でみた、現在の善福寺川。一方、下は1947年に米軍によって撮影された空中写真です。まず、1947年の状況から見てみましょう。iGaさんも解説されていますが、戦後すぐとはいえ、もうすでに武蔵野の雑木林や農地は住宅地と開発されていることがわかります。また、計画的に開発されているわけではないことは、その住宅地の形状からわかります。もとの農地の形状がなんとなく見えます。一方、まとまった農地は、蛇行する善福寺川沿いにまとまっています。

■当時の様子を想像するには、iGaさんの「
善福寺川今昔」をご覧いただければと思います。ここには、今回の参加者のお1人、この善福寺川沿いでお育ちになった
kawaさんの幼い頃の写真(1960年代初頭)が掲載されています。お友だちと妹さんと手をつないで、善福寺川の土手道を歩いている写真です。川は浅く、河岸段丘がずっと続いています。3人そろって長靴をはいています。道路事情の良い現代の子どもたちは、もうこのような長靴を履きませんね。右の写真は、そのときの様子を“再現”しているときのものです。真ん中はkawaさん本人、左右は“代役”です。参加者一同、大笑いの瞬間なのですが、ここでは左の善福寺川のほうをご覧ください。kawaさんの写真にあった川は、もちろん姿を変えています。どこの都市にもあるように、三面コンクリートの護岸工事が施されています。なおかつ、川も深くなっています。
■高度経済成長期の頃、善福寺川のまわりにあった農地はどんどん宅地にかわっていきました。農地は、善福寺川が増水したときには、遊水地の役割も果たしていたと思うのですが、立錐の余地のないほど住宅が建てこむと、治水事業をおこなわざるをえません。ましてや都市化が進み地表がアスファルトで覆われてしまうと、まとまった集中豪雨があれば、すぐに川の水位は上昇し洪水のリスクが高まります。そのあたり、iGaさんは、今回のアースダイビングの解説のなかで、次のように説明されています。
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「今日の様に川幅ぎりぎりに宅地化された河川は豪雨に対する抵抗力を失い、新たな都市水害を招いています。そうした都市水害に備え流域の緑地では運動公園を兼ねた調節池の整備が現在進行中です。それが可能なのは善福寺川流域の元農地を私有地のままに置かず、行政が長年に亘り共有地として確保してきたからでしょう。」
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iGさんが解説されていることを、自分でも確認してみることにしましょう。

■川沿いには、古い住宅がありますが、すでに人は住んでおらず、まわりはフェンスで囲まれています。行政が、善福寺の周囲を公園化していくために、私有地を買い上げているのです【上段左】。すでに撤去され、基礎だけが残っている土地もあります【上段中】。川沿いを歩いていると、奇妙な穴を護岸に発見しました【上段右】。これは、溢れそうになった川水を、調整池に取り込むための穴です。写真は、普段はテニスコートとして利用できるように工夫された調整池です【下段左】。こちらは、テニスの壁内練習場です。むこうに大きな取り込み口が開いているのが見えます。これも調整池です【下段中】。善福寺川には野球場もありますが、現在、工事中です。調整池のとしての機能を高めるために、さらに掘り下げる工事が行なわれているようです。

■2005年9月のことになりますが、1時間で100ミリを超える記録的な集中豪雨があり、
善福寺川が氾濫しています。そのため、このような調整池だけでなく、下水道に関しても工事が行なわれていました。雨水や川から溢れた水は下水道に流れ込みますが、下水道の能力を超えてしまうとあふれ出します。逆流する下水の水圧で、マンホールが吹き飛ばされるシーンをニュースで見たことがありますが、あんな感じになってしまうわけです。写真は、工事現場の説明板に書かれていたものです。下水道の下に、貯水槽をつくって、一時的にそこで水を貯め込むみ、あとでポンプで排出するようです。

■今回のアースダイビングしたところから、もう少し善福寺川をくだったところでは、善福寺川とちょうど交差するように「神田川・環状七号線地下調節池」の建設されています。巨大なトンネルのなかに地上に溢れた水を取り込むわけです。写真は、株式会社クボタが発行している雑誌『KUBOTA』のバックナンバーからのものです。実に、巨大ですね(こういうのを、最近、入手した広角レンズで撮ってみたいものです…エントリーとは関係ない話しですけど)。もう10年以上前の記事ですが、次のように書かれています。
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「この地下調節池は神田川と善福寺川の中流を横切るように位置し、その洪水に備える。豪雨に際して貯めることが可能な水量=貯留容量は54万立方メートルとのことだ。将来的には、この地下調節池が延長され、約30kmにわたり東京山の手を南北に走り、東京湾へと到達する地下トンネル=“地下河川”になる。東京湾岸では10河川からオーバーフローした水が海へと放出される。」
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■こちらは、
国交省の平成17年度の『白書』に掲載されたものですですね。2005年9月の氾濫のさいにも、効果があったと述べています。ただし、そのような「巨大地下河川」による土木的な対策だけでは限界があり、「土地利用規制や止水板・土のう等の常備」、「二線堤(輪中堤)の整備」等によって「洪水氾濫域等で被害を最小化する対策」の必要であるとも書かれています。

■善福寺川は、杉並区の善福寺公園内善福寺池を源とする、神田川流域の一部です。上の地図で、赤く囲んでいるところが今回のアースダイビングを実施したところです。ところでこの地図、これは「神田川流域浸水予想区域図」です。「総雨量が589mm、時間最大雨量114mm」の雨を前提としたものです。かなりの豪雨です。凡例が見えませんが、黄色:0.2m〜0.5m、緑:0.5m〜1.0m、青:1.0〜2.0、紺:2.0m〜5.0mです。東京の東の低地ではなくて武蔵野台地で、このような氾濫がおこりうるのです。
■この点に関して、1978年に出版された鈴木理生さんの『江戸の川・東京の川』で、次のように書かれています。もう、30年近く前のことです。
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川というものは、再三くりかえすように、自然的・人工的原因をとわず、その流路の一ヵ所にでも変化が加えられると、全流路・全流域が加えられた変化に応じた形で、それまでの流れからまったく新しい流れ方をしはじめる。こうした川の本質を無視して、目前の経済的好条件に飛びついた結果は、いまや武蔵野台地上の全河川に影響をおよぼしつつある。
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■「神田川流域浸水予想区域図」、基本的にはハザードマップです。しかし、それ以上に、近代化の過程で本人が自然環境(水・大地・河川)に対して行なってきたことに対する応答が、ここには示されているように思えてなりません。色がついたところは、凹地です。通常は水が存在しなくても、大雨のさいには、水が流れたり溜まったりする場所です。土木技術に押し込められたり、あるいは河川工事によって消されてしまった河川が、無言のうちにその存在を示そうとしているように、私には思えるのです。昔の姿=「原地形」が、ここにはあらわれているのではないかと思うのです。(このシリーズ、続きます。)

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