「第五回アースダイビング 善福寺川と阿佐ヶ谷住宅地の50年を探る。(その3)-阿佐ヶ谷住宅-」
環境/まち・東京

■オッ!!1組の男女が、広場にあるブランコで遊んでおられます。満面の笑みです。
iwakiさん(らくさん)と
tamさん(玉井さん)です。こんなにブランコを楽しんでいる大人の方、ひさしぶりに拝見しました。完全に、子どもに返っておられます。これもアースダイビングだからでしょうね〜(ということにしておこう…)。

■ここは、南阿佐ヶ谷にある「
阿佐ヶ谷住宅」です。この「阿佐ヶ谷住宅」、花見で賑わう善福寺川に隣接するようにあるわけですが、いったん敷地にはいるとまったく雰囲気の異なる世界が広がっています。この住宅に関しては、このブログでは過去に以下をエントリーしています。ぜひ、ご覧ください。
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阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その1)−故郷としてのテラスハウス
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阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その2 )−「とたんギャラリー」
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阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その3)−iwakiさんのアコーディオン
■善福寺川のダイブは、地元で育ったkawaさんが参加されたことでグッと深みが出てきました。この阿佐ヶ谷住宅では、iwakiさんの存在が欠かせません。iwakiさんは、かつてこの阿佐ヶ谷住宅にお住まいだったのです。

■ここは、「
阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その2 )」で取り上げた「
とたんギャラリー」です。写真は、入口を撮ったもの。「TOTAN GALLERY」とありますね。カッコイイ!!

■この日行なわれていた展示(というのかな…)は、『
インストール パーティー』です。なかに入ると、こんな感じになっていました。床をとって高床にしてあります。コンセプトについては、ええと、うまく説明できませんので、
こちらをご覧ください。なんだか不思議な空間ですね。子どもって、こういう屋根裏部屋みたいな空間が大好きですよね。オジサン、オバサンたちも、子どもに戻っています。

■参加者21名全員は「トタンギャラリー」のなかに入ることができません。先に見学した人たちが、ギャラーリー前のブランコのところで時間を潰しています。なんといいますか、この雰囲気なんとなくいいな〜と思い、シャッターを押しました。第五回アースダイビングも、そろそろ終わりに近づいているので、子どもから大人に戻りかけているのかもしれません。それにこの後は、「20歳未満の方たちは飲めないことになっている発酵した液体」をいただく、大人の「反省会」が待っていますしね。
■ギャラリーのあと、iwakiさんがかつてお住まいだったテラスハウスへ移動。参加者の約半分が建築家ということもあり、皆さん、盛り上がります。4ヶ月ぶりの阿佐ヶ谷住宅のテラスハウスです。このテラスハウスに関して思うこと、「
阿佐ヶ谷テラスハウスの出来事(その1 )」に書いたことと変っていません。よろしければご覧ください。

■もう一度、Google Earth で「阿佐ヶ谷住宅」の位置を確認しておきましょう。

■拡大したものです。隣には杉並高校のキャンパスがあります。

■現在、阿佐ヶ谷住宅のあるあたりを撮影した、1947年の米軍の空中写真です。周囲は、住宅地としてすでに開発されています。ただし、善福寺川沿いの農地には、開発の手がはいっていません。
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その2)にご登場いただいたkawaさんですが、次のように過去を思い出しておられます。
iGaさんのエントリーからにあるkawaさんのメールからの引用です。
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松の木の縄文遺跡、縦穴式住居も川からは一段あがった丘の上にあります。
田んぼを埋めて、川沿いに建て売り住宅が並びだした時には、こんな所に建てていいのかなと子供心に思いました。
少し大人になって、人口が増えるばかりの時には川沿いに家が建つのも仕様がないと思いました。
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子どもであったkawaさんは、長年、「場所」に蓄積されてきた「場所の作法」を自然に吸収されているようで、そのような作法から逸脱した開発が始まったことにとても違和感を感じておられます。これを読んだとき、私は「すごいな…」と息を呑みました。子ども時代のkawaさんの「場所」に対する感性と、そのようなkawaさんの感性を育む「場所」の両方にです。
■(
その2)の繰り返しになりますが、ここで『江戸の川・東京の川』から鈴木理生さんの文章を再度引用しておきましょう。
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「昭和三〇年代以降の台地上の宅地化は、まずこの『クボ』の処分から始められた。住宅公団などの公的機関が、それまで棄ててかえりみられなかった『クボ』を、機械力を使って大規模な宅地を造成し、いつ暴れだすかわからない零細河川を、コンクリートのU字溝のように圧縮し、『クボ』に土盛をして団地を建設した。その土地がどのような理由で今まで利用されなかったかという検討は二の次で、地価の安さと機械力の利用できるという条件で『クボ』は宅地化されていった。」(256頁)
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■まさに阿佐ヶ谷住宅は、鈴木さんがこの文章のなかに書いている「住宅公団」にあたるわけです。
■iGaさんが用意してくださった資料のなかには、『東京人』(2006年12月号)に掲載された、大月敏雄さんの「阿佐ヶ谷住宅が、奇跡の団地であ理由。」というエッセーが含まれていました。このエッセーのなかで、大月さんは、この阿佐ヶ谷住宅を「ビンテージものの団地」だと高く評価しています。その理由として、2人の著名な建築家が絡んでいるからだといいます。住宅を設計した前川國男さんと、団地全体の設計を行った津端修一さんです。津端さんはついては、「公団から与えられた住戸密度を減らして」、「『得たいの知れない緑の空間』である『コモン』に住宅が取り囲まれるイメージをもって設計されたらしい」と書かれています。阿佐ヶ谷住宅は、「前川のモダニズムのを津端コモンで緩く囲む理想郷として設計」されたのでした。
■kawaさんのメール、鈴木理生さんの、大月敏雄さん。3人の文書を読んでいると、複雑な気持になってきます。「前川のモダニズムのを津端コモンで緩く囲む理想郷」は、「いつ暴れだすかわからない零細河川を、コンクリートのU字溝のように圧縮し、『クボ』に土盛をして」建設された団地でもあったからです。ここには、ある種の「ねじれ」が生じています。一般の都市勤労世帯に良質な住宅を供給するためには、地価の安い、氾濫のさいには水没するような農地に手を入れて宅地を用意しなければならなかったのです。理想郷のような「奇跡の団地」は、東京の台地の河川を狂わせた近代化と密接に関係している。ユートピアとディストピアとが、メビウスの帯のようにつながってしまっている。戦後地域社会の矛盾の一端を、ここに垣間見てしまうような気持になるのです。

■阿佐ヶ谷住宅を見学したあと、一部の帰宅組の皆さんを除いて、南阿佐ヶ谷にある「博多鉄鍋餃子」のお店へ。ビールとワインをいただきながら、鉄鍋餃子をほうばり、「大人の遠足」の1日を〆る「反省会」をおこなったのでありました。「反省会」の一次会を終えたあと、秋山隊長をはじめとする数名の皆さんはさらに阿佐ヶ谷駅前の小料理屋へ。私のほうは、都心のビジネスホテルに宿をとっていたものですから、masaさんをはじめとするノン・アルコールチームと丸ノ内線で春日まで移動し、「お茶」を楽しんだのでありました。ノン・アルコールチームの皆さんは、写真のように丸ノ内線のなかでも、楽しそうにふざけあいっこしていました。

■アースダイビングの「楽しみ方」は、じつに様々です。毎回、iGaさんが基本的なことに関して資料を提供してくださいますが、それ以外は、すべて歩きながら自分で発見していくところにあります。それがこのアースダイビングのとても良いところだと考えています。以下は、参加者のアースダイビング関連のエントリーです。
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aki's STOCKTAKING-第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅-
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Kai-Wai散策-第五回アースダイビング(珍編)-
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MADCONNECTION-第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅 報告-
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af_blog-花曇り@第五回アースダイビング大会-
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Roc写真箱-5th Earth diving-
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秋葉OLの楽しみ探し-ぜんぷくじ川周辺-
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N的画譚-トタン系溶接加工工場-
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ONE DAY-第五回 アースダイビング<善福寺川+阿佐ケ谷住宅>その1-
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ONE DAY-第五回 アースダイビング<善福寺川+阿佐ヶ谷住宅>その2-
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東京クリップ-善福寺川を歩く-
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simple pleasure-桜・さくら・SAKURA-
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う・らくん家-アースダイビング-
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MyPlace-第五回アースダイビング・善福寺川+阿佐ケ谷住宅-
(このシリーズ、これで終了です。)

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