
■私は、1998年の4月から2004年の3月まで、岩手県立大学というところに勤務していました。6年間単身赴任していました(岩手の暮らし、それはそれは素晴らしいものだったのですが、今日は、岩手のお話しではありません)。単身赴任の最中、月に1〜2回、琵琶湖の環境問題に関する仕事にあわせて自宅に戻っていました。そのさい、移動手段には新幹線を使っていました。「関西から岩手だと、ジェット機でしょ」と多くの方はお思いでしょうね。しかし、関西の大阪伊丹空港(場所は兵庫県にありますが)から岩手の花巻空港までは、午前1便と午後1便しかなく、移動のタイミングを拘束されてしまいます。また、空港までの(からの)移動時間や、チェックインしてからの待ち時間をあわせると、新幹線での移動よりもたった1時間ほど短くなるだけなのです。というわけで、私は、もっぱら東海道新幹線と東北新幹線を乗り継いで移動していました。こちらのほうが出発の時間を気にせずに移動できるからです。
■京都駅からは、東海道新幹線で東京駅へ。そして東京駅では、東北新幹線の改札口を通ります。東海道新幹線で、あちこちから聞こえていた関西弁が、東北新幹線の改札口を通過すると、まったく聞こえなくなります。まわりの会話は、標準語+東北各地の方言へと見事に変化します(やはり、関西からだと普通はジェット機を利用するんでしょうね)。それはともかく、です。東北新幹線で上野を通過すると、いつも左側の車窓を眺めていました。「崖が続くな〜」「不思議な地形だな〜」と思いながら、いつも眺めていました。私は、地理学が専門ではありませんし、熱烈な地図ファンというわけでもないので、まあ、そんな素人っぽい印象をもちながら、その風景に引きつけられていたのです。関西では、あまり見かけない風景ですからね。ところが、です。
■単身赴任の暮らしは、私の関西の大学への異動にともない2004年の3月で終わったのですが、それ以降も、岩手での仕事が継続しましたから(現在も継続中)、しばしば、やはりこれまでと同様に新幹線で岩手に移動していました。2005年にブログを始め、2005年の8月には、東京でmasaさんが運営されている『
Kai-Wai散策』にもコメントを書かせていただくようになりました。ちょうどその頃だったと思います。中沢新一さんが『アースダイバー』という本を出版されたのは。『アースダイバー』のことを、京都から新幹線にのるときに買った朝日新聞の『AERA』で知ることになりました。その記事を読んだ直後、東北新幹線のなかから見えた「崖」や「不思議な地形」が、これまで以上に気になったことはいうでもありません。そして、盛岡(岩手)に到着したあと、その足で「さわや書店」(地元の有名書店)に直行、『アースダイバー』を買い求めたのでした。さらに、すぐさまその内容を確認し、ホテルのロビーにあるパソコンを使って(たしか、盛岡駅前の東横インだった)、masaさんの連絡をとったのでした。「この本は、masaさんのような方のためにある本ですよ」って。『Kai-Wai散策』の過去のエントリーを拝見しても、「お知らせ」のコメントはないので、おそらくメールでお伝えしたのだと思います。ちょうどその頃、『Kai-Wai散策』では、masaさんのご近所ブロガーの皆さんのあいだで、谷戸という地形や、「風景としての.....骨格」なんてことが話題になっていました(AKiさんの『aki's STOCKTAKING』の「
aki's「Kai-Wai 徘徊」本妙寺坂」、「
東京の公園と原地形」、「
本妙寺坂から、アースダイビングへ」をお読みいただければと…)。まあ、そんなこんなで、9月29日には『Kai-Wai散策』で、私にとっては記念すべき「
秋の本郷でアースダイブ」がエントリーされることになったのでした。2005年の後半は、東京のブロガーの皆さんと、アースダイバー/アースダイビングで大いに盛り上がったのでした。
■その後、東京のブロガーの皆さんとは、「アースダイビング」と名付けられた東京の街を歩く企画に、何度か参加させていただきました。そして、
JEDIの結成にも参加しました。しかし、です。AKiさんを隊長に、iGaさんの企画のもとに行われている「アースダイビング」、関西からだと毎回参加することはなかなか困難です。この春にも、iGaさんによって「J
EDI・春だから荒ぶる川の桜と水門...」が企画されたのですが、仕事や老親の世話等で都合がつきませんでした。この企画では、東京の十条から赤羽台地を通って、荒川にいたるルートでしたので、なんとか参加したかったのですが…。というのも、『アースダイバー』に書かれていたことを、まさに目の前で実感したのは、武蔵野台地の一番北東の角に位置する赤羽台地を、東北新幹線の車窓から眺めたときだったのですから。赤羽台地は、私にとっての聖地、原点なのです。「聖地巡礼」しなくてはいけません。というわけで、先週の日曜日(5/24)、岩手に仕事にいった帰りに東京に一泊し、翌日の月曜日、すでに何度も赤羽台地を歩かれているmasaさんと一緒に、赤羽台地の稲付谷にダイブしたのでした。
■トップの写真について説明します。これらの地図は、iGaさんが「J
EDI・春だから荒ぶる川の桜と水門...」に参加する皆さんのために用意された地図です。私も今回、iGaさんエントリーからダウンロードさせていてただきました。明治時代から現在までの、赤羽台地とその周辺(現在の荒川あたりまで)を含む地域の地形図です。そして真ん中にあるのは、iGaさんお手製の凸凹地図(地形だけを取り出した地図)です。そして、そして。その凸凹地図の横にあるのは…。iPhoneに取り込まれた、稲付谷の凸凹地図です。もちろん、iGaさんが作成されたものです。ただし、です。これは、masaさん経由でいただきました。以下、稲付谷をダイブしているときの、masaさんとのやりとりを再現してみました。
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masaさん「ちょっと確認してみましょうか(と、おもむろにiPhoneを取り出す)」
わきた「ど、どうしたんですか。僕なんて、紙にプリントですが…」
masaさん「iGaさんの画像を、取り込ませてもらったんです」
わきた「いいな〜、カッコいいな〜…(うらやましい)」
masaさん「あっ、この画像、さしあげましょうか」
わきた「えっ…、どうやって」
masaさん「添付書類でメールで、わきたさんのiPhoneに送りますから」
(しばらく、操作…ちょっと試行錯誤)
わきた「あっ、届いた。わ〜い、うれしいな!!」
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■とまあ、こんな具合で手に入れたものです。いいですね〜、親指と人差し指で画像を拡大したり縮小したりできるんですから。歩いているところの特徴が、じつによくわかります。すばらしいです。しかし、こういう地図とiPhoneといったモノを撮るのって、とっても難しいですね。試行錯誤して撮りましたが、なんとも…なものしか撮れませんでした。そのあたり、ご容赦ください。というわけで、これから、しばらく「赤羽台地を歩く」をシリーズで連載いたします。で、最後に、「聖地」「原点」を歩くことのできた喜びをあらわした写真を1枚。「みなさ〜ん、ここは、私の聖地です」と叫んでいます。まあ、そんなふうにイチビっているところを、masaさんに「いいですね〜」なんて言われながら(からかわれながら)撮っていただだいたものです。masaさん、ありがとうございます。次回は、「赤羽台団地と真性スリバチ」について報告します。

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