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m-louisさ んこと、丸井隆人さんとは、ブログを中心に親しく交流させていただいてきました。最近では、twitter、facebook、そして数日前からは instagram でもおつきあいさせていただいています。 その丸井さんが、動画の作品を制作されました。その作品を、インターネットで動画を配信している「コネクタテレビ」(アート・文化・生活に関する情報発信番組)で拝見することができます(YouTubeにもアップされています)。「
張智恵が舞う韓国伝統舞踊〜韓国伝統楽器の生演奏と共に〜 」という作品です。
■この作品に登場される張智恵さん=チャン・チヘ(장지혜)さんのことを、私はこれまで存じ上げませんでした。丸井さんの作品には、彼女の以下のようなブロフィールがあわせて掲載されています。
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大阪生まれ。在日3世。10代で韓国舞踊と出会い、日本での舞踊公演活動を経て1989年渡韓し、舞踊を韓国人間文化財、李梅芳(イ・メバン/이매방)先生に、伽耶琴(カヤグム)を全羅北道人間文化財、池成子(チ・ソンジャ/지성자)先生に師事する。韓国では国立劇場その他、多数の舞台公演に出演。現在、日本と韓国で舞台活動をするとともに後進の指導、育成を行っている。
韓国重要無形文化財第97号「サルプリ舞」、韓国重要無形文化財第27号「僧舞」履修者。
大阪文化祭奨励賞受賞(2000年)。張智恵韓国伝統舞踊研究所 代表。
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■プロフイールの情報よりももう少しチャンさんのことを知りたくなり、調べてみました。
民団新聞 (在日本大韓国民団)にチャンさんの記事が掲載されていました。大変なご苦労をされながら、韓国で伝統舞踊の修行をつまれてきたことがわかります。チャンさんは、大阪で韓国の伝統舞踊を教えておられますが、記事の最後のほうには、そのときの経験についてもかかれていました。「『誰にも言ってないけど私も在日だよ』と告白する少女がいた。踊りをしていてよかったと思った。韓国の良さに出会わないまま背を向ける同胞がいる。私と出会うことで韓国に触れてほしい。それが先生や私を育ててくれた人たちへの恩返し」。伝統舞踊の継承することが、在日の人びとが置かれた社会状況のなかでどのような意味をもってくるのか、このエピソードは私たちに教えてくれます。
■ここで、丸井さんの作品について、少し紹介しておきましょう。丸井さんの作品は、チャンさんの舞踊とインタビューから構成されています。チャンさんが踊ったのは、大阪は上町の大槻能楽堂です(2010年10月30日)。前半には「僧舞」と「長鼓毎」の舞が、後半には「立舞」と「サルプリ舞」の舞が、それぞれ韓国伝統楽器の生演奏で上演されました。何の予備的な知識もなく、はじめてこのような韓国の伝統的舞踊を観たにもかかわらず、自らの深い感性と共振し、涙を流すほど感動した方達もおられたようです。たとえば、「サルプリ舞」です。
■サルは「災厄」、プリは「解きほぐす」という意味です。作品では,次のように説明されます。「どうすることもできない生の葛藤、苦悩、深い哀しみを白い布に託し、宙に振り放ち、投げ捨てて、それから解き放たれようとする姿を表している。しかし、ただ捨てて終わるのではなく、その哀しみや苦しみさえも愛おしく抱き寄せて前に向かって歩きだそうとする姿へと変化していく」。この「サルプリ舞」に、人びとは自らの生の苦悩と哀しみを重ね合わせ共感するだけでなく、舞から人生をさらに歩んでいく力を与えられるのです。伝統楽器が奏でる独特の音や節回しからも、生の葛藤、苦悩、深い哀しみが直接的に伝わってくるかのようです。チャンさんは、舞手と楽士と観客とのあいだに共感のキャッチボールのようなものが生まれ、その結果として、一つの空間が生まれることも韓国の伝統芸能の素晴らしさとして強調されます。通常のコンサートホールのように音響装置を通して観客に演奏が伝わるのではなく、舞手だけでなく、直接、観客にも楽士が奏でる音が伝わりることが一体感を生み出すのです(能楽堂は、そのような一体感を生み出すのに適した芸術空間ということになります)。
■「韓国伝統固有のリズム」について。韓国舞踊におけるリズムで重要なことは、拍のポイントではなく、1拍から2拍に移行する合間なのだ、チャンさんはそのように説明します。韓国舞踊は、そのリズムと踊りがピタリと会って、リズムを足が刻み、リズムに乗って呼吸がしまって、リズムによって呼吸が落ちていく…、激しく動くことが問題なのではなく、このリズムと足と呼吸とがピタリとあわせていくことが重要…。言葉で説明するのはとても難しいですね。これは身体論の問題です。このようなリズムと呼吸をめぐる芸術身体論がしっかりと伝承されてきたからこそ、言葉や文化媒介とせず、それらを越え、人びとに深い共感を生み出していくのではないかとも思いました。チャンスがあればぜひ直接自分の眼でといいますか、自分の身体全体で、チャンさんの舞踊を観て、感じとってみたい…そのように思っています。私も、きっと涙すると思います。
【追記1】■ところで、この「
コネクタテレビ 」(アート・文化・生活に関する情報発信番組)ですが、なかなか面白いですね〜。じつに、様々な活動に関係する人びとが登場されます。今日は、丸井さんの作品だけですが、もっといろいろ視てみたいですね〜。たまたまクリックしたもの、大阪府・高槻市で運営されている「カフェ・コモンズ」です。「NPO法人日本スローワーク協会の宮地剛さんと福井哲也さんに、高槻市でのカフェ事業についてインタビュー」を行ったものが収録されています。いいな〜「コネクタテレビ」!!
【追記2】■サルプリ舞の説明については、もう少し付け加えておきます。本日、twitterで交流のあるiejie115 さんからこのプログのエントリーに関するメッセージをいただき、そのなかで、サルプリが巫族と関係していることを知りました。巫族については、若干の知識がありましたが、今回のエントリーと結びつけて考えていませんでした。また、作家・李良枝が、李さんがサルプリを習いながらいくつかの小説を書いたということも教えていただきました。jiejie115 さんありがとうございました。李良枝の全集、読んでみたいです。
さて、サルプリですが、
以下のような説明 があります。
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サルプリとは、南道巫女達が凶殺(ヒュンサル)と災難を除去し安心立命、皿に幸福を迎え入れる宗教的祈願を意味するウリマルで、巫舞から散調、即興舞に変化した踊りである。
特徴は白いチマ・チョゴリに長い布切れを手に、上半身だけを動かし、決して足を上げたりしない、優雅な踊りだ。伴奏は三弦六角を用いた「シナウィ」「神房曲」のような規則的リズム曲を用いるが、これが踊りの伴奏になると「サルプリ」曲に変化するのである。
サルプリ踊りは古典舞踊が大衆化すると共に、巫舞、能楽舞、仮面舞、僧舞等とともに民族舞踊として一般に親しまれている。
この踊りが上腕だけを主に動かす理由は、女性の胴体は男性を支配する、すなわち赤ちゃんを生んだ聖所がある場所なので、下卑な動きを興えてはならないからだという。ちなみに「サルプリ」という名称は、舞聖韓成俊翁が1936年、自作発表会に初めてつけた名前である。
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ちなみに「巫」俗については、この「
巫俗と女性 」という文章をご覧ください。勉強になります。
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