強迫に関する 色んな行動をして行く上で、
「まゆまゆさんは 意志が強かったんですね」
そんな事をよく言われます。(過去ログ読んでね〜)
確かに 私 普段は、とても大人しく、ふにゃふにゃしいる割には^^ 子どもの頃から
「こうする」「こうだ」
と 決めていた(生まれながらのように 環境に決められていた)事に関しては、
強迫があろうが なかろうが、
「やるもんだ」「何がなんでもやる」「やる以外にない」
と 不安でどうにかなりそうになりながらも、やっていた事多いです。
・・・・・・・・・・・・・・・
だから 上記の問いかけに対し
「意志がというより、環境で そうせざるを得ず できただけですよ。」
そんな風に答えること多いです。
ですが
私の内心の思いをもっと適確に書くとしたら、もう一方の思いとして、(私が)
確かに意志が強いと言うの すごく当たっているかも、と自分では思っています。
( 何だそれ と思われそう (^_^;) 激汗)
その意志ですが、
その意志の強さの奥に何があったかというと、
先にかいたように
「こうする」「こうだ」「こうなりたい」 (何回も過去記事に書いてる気がします)
という、本来人生に対し抱いていた動機です。
でもね、そこをもっともっと追求していくと、 私の動機の奥にある気持ちの中で 大きなウェイトをしめていたものに、
「将来の人生に対する恐怖心」
があるんですよね。
母から繰り返し、
「いい学校出て、いいとこ就職して(具体的には教師) 定年まで勤め上げないと、惨めな生活になる」
そう 擦り込まれた事が とてつもない恐怖で、
「こうならねば」
と、常に動いていかないと、不安だったのです。
すごく差別的で失礼な表現になりますが、
レールに乗った生活から はずれると、ホームレスになり 生活に困り果てた自分の姿が 脳裏に浮かび、いても立ってもいられなかった面があります。
強迫の不安が一番の恐怖だったのだけど、脳裏に浮かぶ不安も負けずと劣らず いや上回っていたかも?で 動けていた面があります。
うーんでも あと一つあるかなぁ。
当時は、気がついたら持っていた、(環境に植えつけられた?)プライドが やたら高かったですから、
強迫で出来ないからと、やらないなんて ブライトが許さなかったんです。
「出来なくても やらなきゃ 私はやっていかなきゃいけない存在。やらなきゃ私でなくなる、
やらないでいる自分の姿なんて惨めすぎて 自分で自分が許せない」
そんな感じで 意志を? 発揮していきました。
プライドと書きましたが、 プライドの奥にあるものも やはり恐怖心かしら?
何が書きたかったのか よく分からなくなってきましたが
人生において よく良い悪いって評価されますが、そんなの一面から見ただけのものですよね。。^^
悪いをなくすでなく、活かしていければいいですよね。
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