1月4日の初登庁時に不意打ちをかます作戦で
国家公安委員会、警察庁のはいる
中央合同庁舎二号館まえでビラ配布決行
飛松さんから指示された立て看板が間に合わず
唄いながらアピール
(まきしんじ、やんなっちゃったの節で)
うそをついてはいけません
おまわりさんが言いました
なのに、こ〜れはなんてこと
うそつきだらけだ おまわりさん
あ〜やんなっちゃった
あ〜おどろいた
・・・こんな感じで即興で作詞して、やってたら
ビラ配りのひろしが涙目でやめてくれと言うので
祥子紹介の替え歌に切り替えた
ビル街はとにかく音響がよくて響きまくってちょー気持いいんだ!!
大抵は2週間の許可がおりても一日ビラを配ったらやめてるけど
初回のリアクションを見ても、一度じゃやめられない感じになってた
1月5日
母、合流
イタい唄をうたうと
場が硬直する
明るい唄を歌うと
場が明るくなる
初回の経験から
沖縄の唄を明るくやってたら
母が”唄じゃだめだ、わたしにアジらせて”と言うので
やってもらった
(前日、ブログ参照)
見てのとおりの様相
ぼくはきっちり録画し、インターネットに載せた
手法はどうあれ
根本に、この殺伐とした悲しみがあることは
真実だから
これは皆と共有すべきだと思った
1月6日
三線仲間が手伝いに来てくれた
ビラを配らせて
あまり受け取ってもらえない状況を味あわせるのは嫌だったので
この日は、ほとんど演奏オンリーにした
若干一名がことの終了時に到着した
”おいらはさびしくなんかないぞー”って感じをアピールしたく
記念撮影には参加してもらった
警備員がにやにやしながら偵察にきて
”いつまでやるの〜?”とか言うから
”あまり、決めてないんでわかりません〜”と笑顔で返しながら
アイルビーバック・・・っとこころのなかで唱える
週があけて1月10日
二日目以降やるときめてから
ヘルプなんて期待していなかったが
幸せの時間が続いたあとの孤独は
また格別の味わいがある
この日は、サングラス装着
肩から、めいっこたちが作ってくれた看板をさげ
終始うたってた
このとき
ビルを見上げながら
うたいながら
うたうってことの意味を感じてた
自分がここに存在しているということ
その存在を喜ぶ人、疎む人がいる
自分のために世界があるわけじゃないが
でも、オイラは確実に世界を構成する要素のひとつだ
そこに立つはげた街路樹と同じくらい
世界を決める決定権の一票を持っている
怖いものみたさのおばさんか?
数人が寄ってきたので
ビラを手渡した
1月11日
この日は二人がヘルプに駆けつけてくれた
すでに演奏は
メッセージソングから働く人への応援歌にかわっていた
(受け取る人がどう感じるかは別として・・・(^_^;))
駆けつけてくれた二人には
その辺を説明した
この日、異変があったのは
唄がかわってきたということもあったが
若干一名の
”読んでもらう”という行為は困難なことじゃない
・・・という意識のもとに
なんと200枚弱がこの場で受け取ってもらえたのである
ビラ配りの原点を知る想いだった
ビラ配り、情報収集活動という名の下の
警察抗議行動(*^^)v
6日目
1月12日、三線仲間と母合流
この流れができちゃえば
あとはイケイケドンドンってなもんで
演奏あり
アジテーションあり
途中、通行人から
”がんばってください”・・・のコメントあり
・・・気付けば、更に200枚ほどのビラが終了
これにて警察庁まえ配布予定ビラ終了
世間のありがたさ
それに・・・
警察だって
ほんとは敵じゃないんだ
7日目・・・1月13日、
13日の金曜日
大阪出発を次の日に控え
そろそろ、ここでオチがあるか・・・と
少し緊張気味でステージに赴くが
ヘルパーのあおりもあり
大胆に記念撮影
この日は、ストックがなくなり
カラフル度が低いが
この間の服装も
”明るく清潔に!”なんて気持ちになってて
髑髏のスカジャンから
赤いカーディガンになったりしてた
10時終了時にはカチャーシーを響き渡らせ
勝手にアンコールに応えて
釜が崎人情で終えるというパターンが定着していたが
この日
釜が崎人情が始まったとたん
参加者一名に異を感じ
唄い終わって
そばによってみると
嗚咽してた
このビラ配りをやっていなかったら
ひなたがあったかいってことも
仲間がありがたいってことも
笑うと元気になるってことも
いまより少し
すくなかった
昨日も幸せだったけど
今日はもっと幸せだ
Are you・・・しあわせハッピー?
I am しあわせハッピー!!
せんきゅ〜、さちこ〜!!
もっともっとくれ!!

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