言語や音楽(主にロシアのピアノ音楽)、大学での仕事などに関する雑文、読書日記などのBLOGです。
なお、当BLOGとは別に「高橋健一郎研究室HP」も開設しています。右下のリンク集からどうぞ。
2009/11/16
現在浜松で行われている「浜松国際ピアノコンクール」では、1次予選からすべての演奏の動画がインターネット配信されている。
1次予選のときから、机に向かっている間、仕事をしながら少しずつ聴いていたのだが、何せ量が多いので(1次予選は1人20分で80人以上)、1次予選は半分くらいで切り上げ、2次予選はほぼ全部流してみた。
仕事をしながらなのでほとんど注意して聞いていないし、途中で電話がかかってきたり、トイレに立ったりしても、そのまま流しっぱなしにしていたので、そもそも聴いていない時間も多いけれど、その中でつい「おっ!」と聴き入ってしまう演奏がいくつかあった。
PCでは音が立体的に聞こえてこないし、微妙なニュアンスもおそらくかなりそぎ落とされて伝わってくるはずで、生で聴くのとはおそらくかなり違うとは思うけれど、その中で1次予選で「はっ!」としたのは16番のフランソワ・デュモン。他の人の多くがすごい音圧で力が余分に入った演奏になりがちなのに対し、この人のものすごく繊細でコントロールされた音に驚かされた。
2次予選はどれもとても高度で、すでに一流のコンサートピアニストとしてどこにでも出て行けそうな人ばかりなのだけれど、その中で特に驚いたのは、10番のチョ・ソンジンのショパンのエチュードOp.10-1。この曲はみなとても達者に弾きつつも、ごまかしがきかず、やっぱりどこかで最低何か所かは音がひっかかったりする曲なのに、この人の演奏はほぼ完璧なデキで、歌心すらみせる余裕もあり、まさに熟練の極み。思わず仕事の手を止めて、3回も聴き直してしまった。続くリストは多少ミスもあったし、その後のシューマンはやや気持ちが前に出すぎのような感じもしたけれど、人を惹きつける力はとても大きい。しかも、まだ15歳というから末恐ろしい。ぜひ生で聴いてみたいと思った。
もちろん全部の人のを聴いたわけではないので、もっと良い人もたくさんいるのかもしれないが、特に気になった2人が共に3次予選に進めたようで、楽しみである。
明日(17日)からいよいよ3次予選。どんな名演が聴けるだろう?

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2009/11/15
世界的に評価が高い編集・校訂で、シマノフスキの楽譜の「決定版」と言われながら、しばらく「品切れ」が続いて、なかなか入手できなかった春秋社の「シマノフスキ全集」全4巻(編集・校訂:森安芳樹、田村進)がついに10月に再版された。
昨年シマノフスキの初期の「変奏曲」(Op. 3)を弾こうとした時には、春秋社版がなく、仕方なくポーランドのナショナルエディションを購入したのだが、途中で札幌の大谷音大の図書館に春秋社版が所蔵されているのを知って、閲覧しに行ったところ、校訂報告が非常にしっかりしていて、大変参考になった。
ヤマハの札幌店の方が私が春秋社版を欲しがっているのを覚えていて下さり、保管しておいてくださったので、それを取りにさっそく先週ヤマハへ。
アマゾンでも残り少ないようなので、ご購入希望の方はお早めに。

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2009/11/1
今年は毎日の研究時間を確保するために演奏会に行くのをかなり制限していてほとんど行っていないのだが、10月29日に札幌(キタラ小ホール)で行われたケマル・ゲキチのピアノリサイタルは外せないと思い、聴きに行ってきた。(現在、突然降ってわいた大量の仕事にかかりっきりのため)以下ごくごく簡単な感想を。。。
前半はショパンの舟歌とバラード4曲、後半はリストのコンソレーション3曲とソナタロ短調、というプログラム。
噂には聞いていたが、実に個性的な演奏。1985年のショパンコンクールで「正統なショパン」ではないと評価した審査員が多く、評価が割れてファイナルに進めなかったというのも頷ける。弱音のコントロールが尋常ではなく、内声部の強調の仕方もおもしろい。曲によっては音がややきつかったり、舟歌では流れが犠牲にされているように感じて、個人的には楽しめない部分もあったのだが、それでも高度に安定した技巧と聴く者を圧倒するメッセージ性。只者ではないことはよくわかった。
後半のリストはただただ「凄い」の一言。ソナタの一部で若干指がもつれたような場面があり、一瞬集中力が途切れたような表情を浮かべたのが印象的だったが、全体的にはダイナミズムと表現の幅がおそろしいほど広く、ライヴで聴けたことの喜びを感じさせてくれる名演。最近ピアノソロを聞いて圧倒されるという経験がほとんどなかったのだが、6曲のアンコールも含めて、久しぶりに文字通り「圧倒」された演奏会だった。

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2009/10/19
17日(土)に東京で「第7回こだわりミニ演奏会」に2台のピアノで出演。曲は定番のラヴェル「ラ・ヴァルス」。お相手が東京の方のため、なかなか合わせる機会がなかったが、上京のたびに時間を見つけて、密度の濃い練習を何度か重ね、本番を迎えた。
音楽に集中するために本当は暗譜で演奏するつもりだったところを、当日の朝に不安感が強くなり、急遽部分的に譜面を見てやることにしたが、それで正解だったかもしれない。直前の練習ではかなり良い感じでまとまっていたものの、本番ではかなり緊張もしたし、なんとなく舞い上がってしまい、落ち着きが失われて全体的に暴走気味に。完全暗譜だったら崩壊していたかもしれないと思うと冷や汗が出る。細部まで緻密に作られ、洒脱感に溢れたテンポの揺れの多いこの曲をきちんと聴かせられるようになるには余裕も必要で、まだまだ弾きこみが必要なのだろう。
それでも、一人で孤独に音楽を奏で続けなければならないソロとは違い、どんなに緊張しても、自分以外のところから音楽が鳴っているだけでそれに乗っていけるから、アンサンブルは楽しい。今回もお相手のノリの良い演奏に引っ張られるように徐々に音楽に入り込むことができ、演奏しながらライヴならではの昂揚感を強く感じられて幸せなひとときだった。
音楽ホールでの本格的な演奏会ではなく、内輪色の強い「ミニ」演奏会なので、全体的にアットホームな雰囲気に包まれ、他の方々の熱意あふれる演奏をいろいろと聴けたこともうれしい。
聴きに来て下さった方々ありがとうございました。

12
2009/10/11
この夏に学生がボランティア活動でウクライナのリヴィウ(Львiв)に行き、その後ポーランドやチェコなどに寄ってから日本に帰ってきたのだが、お土産にチェコのコーラ(Kofola)とリヴィウのビールを少しごちそうになった。
どちらも特別美味というわけでも、さりとてまずいわけでもなく、なじみがあるようでないような不思議な味。Kofola の方は人工的な味が強いものの、後味が比較的さわやかで、甘さがあまり口に残らない。リヴィウのビールはコクがあまりないか? でも、慣れるとおいしそう。


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2009/10/1
これまで何度か協演させていただいたソプラノの声楽家の方が出場した「第1回東京国際声楽コンクール」の本選が9月27日に東京(自由学園明日館)で開かれ、そこでその方の伴奏をさせていただいた。
会場は重要文化財の古いホールで、奏楽堂や札幌の時計台ホールのように大変趣がある。
演奏した曲はラフマニノフの「友よ、私を信じるな」とリムスキー=コルサコフのオペラ『皇帝の花嫁』から「イワン・セルゲイチ、庭に出てみませんか」というロシアもの2曲。圧倒的にドイツ、イタリアものが多い中で、2曲ともロシアものでそろえた人はほかにいなかったよう。
ピアノの場合も、コンクールはふつうかなり力が入ってしまう人が多く(私もそう)、熱演というか爆演というか、さらには怪演とでもいうような演奏が多くなるが、歌の場合はそれが顕著で、みなさんすごい声量で、力みなぎる歌が続く。
そんな中でマイナーなロシアものがどう評価されるかわからないし(特にリムスキー=コルサコフの曲はアリアとしてはかなり地味目だし)、ご本人は発声がうまくいかなかったらしく「これまでで最低の出来」と言っていて、札幌から聴きにいらっしゃっていた先生もやや厳しめの評価をされていたようなのだが、結果は「審査員賞」。90人近い出場者のうち何らかの賞をもらったのは7人だけなので、非常に高く評価されたということなのだろう。
自分が評価の対象になるわけでもないのに伴奏中はかなり緊張したが、ピアノのコンクールとはまた違った雰囲気のなか、貴重な経験をさせていただけて、楽しいひとときだった。

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2009/9/23
大学の紀要に連載で訳出している「同時代人の見たニコライ・メトネル」の8回目として今回取り上げるのは、妻のアンナ・メトネルと姪のヴェーラ・タラソヴァの回想録。
家族による回想録というのは、作曲家の日常的な様子、人となりがよくわかって面白いのだが、特に妻のアンナは本人が優れたヴァイオリニストでもあっただけに、音楽的なことにも詳しく、なかなかおもしろい。
メトネルはショパンのようにほとんどピアノ音楽しか書いていないが、それでもオーケストレーションに実は興味があり、ピアノソナタ「夜の風」(作品25-2)やヴァイオリン・ソナタ第3番「エピカ(叙事詩的)」などはオーケストレーションされるにふさわしいと考えていたとか、作曲に関してはほとんど独学だったので、晩年でも作曲技術に自信がなかったとか、興味深いことが書かれている。
また、モスクワ芸術座で上演しようとしていたアレクサンドル・ブロークの詩劇『薔薇と十字架』の音楽を誰に頼むかということを、ダンチェンコとスタニスラフスキーがラフマニノフに相談したところ、ラフマニノフがそれはメトネル以外にいないと答え、メトネルに話がきた(結局メトネルは書かなかったが)という話が出てくるが、これはロシア文学関係者の間でもあまり知られていないエピソードではないだろうか(手元の資料では、当初グラズノフに頼む予定だったという話が載っている)。
それから、メトネルが姪っ子のために、アヴァンギャルド詩人フレーブニコフの詩を引用して、おもしろい絵を書いてあげるという場面がタラソヴァの回想録の中に出てくるのが個人的には興味深かった。
というのは、メトネルは基本的にアヴァンギャルドの芸術(特に音楽の分野)を認めず、1935年に出された著作『ミューズと流行』では1冊まるまるかけて前衛芸術を否定しているほどだからである。この『ミューズと流行』のエピグラフとして掲げられているのは「夜半の空を天使が飛んでいた」というレールモントフの詩で、この詩に歌曲も書いているほどメトネルの音楽観の基本にあるものなのだが、この詩はフレーブニコフとクルチョーヌィフが連名で1913年に出した有名な「言葉そのものの宣言」で完全否定している詩にほかならず、そこからも分かるように、メトネルの芸術観とフレーブニコフの芸術観はけっして相容れることがない。だから、子ども相手にフレーブニコフの詩を使って遊んでいるのが何か意外な感じがして興味をそそられた。
音楽の理解のために、作曲家の日常を知るということはもちろん本質的なことではないし、けっして必要なことだとは思わないけれど、それでもちょっとしたエピソードを通して意外な発見があったり、想像力を掻き立てられることも多く、けっして無駄なことでもないように思う。
この回想録の翻訳は今日一通り終わったが、これからしばらくかけて校正し、12月くらいには紀要に掲載される予定。

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2009/9/8
昨日は「日本アレンスキー協会設立記念プレコンサート」に出演した(@札幌サンプラザホール)。
アレンスキーはロシアの作曲家で、リムスキー=コルサコフを師にもち、ラフマニノフやスクリャービンを育てたという文脈でよく言及されるが、曲の方は2台ピアノの組曲(1番と2番)やピアノトリオ(1番)が比較的よく演奏されるくらいで、ほかは取り上げられることが非常に少ない作曲家である。
同世代のグラズノフやリャードフ、タネーエフなどと共にもっと研究や演奏がされてしかるべき作曲家であり、しかもアレンスキーの場合、ペテルブルク楽派とモスクワ楽派の両方に密にかかわったという点でも、音楽史的に大きな意味をもっていて非常に興味深い。昨日のコンサートのなかでも少しお話したが、19世紀末には文豪トルストイがアレンスキーの音楽を非常に気に入り、「最近の作曲家の中で一番よい」というようなことを言っていたり、チャイコフスキーやタネーエフもアレンスキーの才能を高くかっていたりして、非常に高く評価されていた時代もある。アレンスキーに関しては日本語の信頼できるまとまった記述がほとんどなく、まともな紹介をされてきていないが、これから周辺の社会、文化的なことも含めて少しずつ当時の音楽の様子を紐解いていきたい。
そういうアレンスキーその他の演奏や研究を進めていくための「日本アレンスキー協会」が、ピアニストの川染先生を中心に設立されることになり、その記念コンサートが昨日札幌で開催されたのである。
プログラムはアレンスキーの曲のみならず、アレンスキーと親交のあったチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフ、ラフマニノフの作品を加え、ジャンルも歌曲、2台ピアノ、ピアノソロ、ピアノトリオとヴァラエティーに富んだもの。特にアレンスキーの歌曲はロシアでもなかなか歌われることのない珍しいもので、大変貴重な機会だったと思う。
【プログラム】
リムスキー=コルサコフ/八行詩 作品45−3
アレンスキー/歌曲集「思い出」より「素晴らしき日々」作品71-1
アレンスキー/「私はあなたを待っていた」作品60−T−2
ラフマニノフ/「A ミュッセからの断片」作品21-6
(ソプラノ:松井亜樹、ピアノ:高橋健一郎)
アレンスキー/二台ピアノのための組曲第3番op.33(variations)
(第1ピアノ:川染雅嗣、第2ピアノ:高橋健一郎)
チャイコフスキー/ドゥムカ〜ロシアの農村風景〜ハ短調作品59
(ピアノ独奏:高橋健一郎)
アレンスキー/ピアノ三重奏曲第1番ニ短調op.32
( ピアノ:川染雅嗣、ヴァイオリン:大石和彦、チェロ:竹本利郎)
自分としては、いろいろなキズもあり、やや不完全燃焼に終わって、最上の演奏とはけっして言えないものではあったけれど、とりあえずは100年ほど前の珍しい濃厚なロシア音楽の世界の魅力の一部を多くのお客さんにお伝えすることができたことを喜びたい。
コンサート開催にあたり、チラシ作りから営業活動その他さまざまな面で多くの方々の献身的なご協力を得た。特に集客に関しては、知名度のない作曲家のコンサートのために非常に苦戦を強いられることが予想されたが、恩師の黒澤先生やそのお弟子さんをはじめとして、多くの方々のご尽力もあり、420人ほどの方々にお聴きいただくことができた。
ここに関係者の皆様にお礼申し上げ、ご来場くださった皆様にも心から感謝申し上げるとともに、今後ともご指導、ご鞭撻を賜りますよう、お願い申しあげます。

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