先月から全国で順次公開されているロシア映画「ラフマニノフ〜ある愛の調べ」の札幌の初日を観る。
ラフマニノフはその知名度、重要度に比して、明らかにきちんと語られる機会が圧倒的に少なく、とりあえずまず何らかの形で描かれること自体が必要であると思う。
過去の偉人についてはだいたいそういうものだが、たとえばラフマニノフがロシア語を話していたということすらあまり意識したことがないのだが、スクリーン上でロシア語を話すその姿自体が、(当たり前のことながら)ラフマニノフがまずは「ロシア人」であり、ロシアを取り巻く文化、政治もろもろの状況の中に生きていたことを非常にリアルに感じさせてくれる。だから、映画はおもしろい。
まだ本作品を観ていない人のために、こまかなストーリーに触れることは控えるが、この作品の根底にあるテーマは「ラフマニノフは徹頭徹尾ロシアの作曲家であり、霊感の源であるロシアの大地から切り離され、商業主義の支配するアメリカという世界でインスピレーションが枯渇し、曲が書けなくなる」というものであり、これはロシア人が昔から好むストーリーである。ソ連時代も(スターリン時代の一時期を除けば)基本的にはそうであり、それはソ連崩壊後も変わらない。崩壊後に変わった点と言えば、ソ連時代は、ラフマニノフが革命政権を嫌って国外に出たということがあまり強調されなかったのに対し、ソ連崩壊後にはそれがあからさまに語られるようになったということくらいであり(この映画でもそれが冒頭のシーンに登場する)、基本的にはロシア人にとって今も昔もラフマニノフは古き良き時代のロシア文化の申し子なのである。
実際にラフマニノフの手紙などを見ると、ロシアから切り離され、演奏活動に明け暮れるアメリカでの生活に疲れていたのは事実であったようだし、ロシア人が作った映画であれば、そのことが強調されるのは当然で、まずはラフマニノフがロシア文化に規定されている作曲家なのだということを認識するためにも、それを強調して描くことは間違っていない。
でもこの映画でアメリカでの演奏生活がほぼ100パーセント否定的な意味しか持たない描き方をされていることに多少の疑問を感じないでもなかった。個人的にもっと描いてほしかったのは、ラフマニノフがアメリカでの生活の中から何をどのように得ていったのか、ということである。たとえば、亡命すればコミュニケーションの言語がロシア語から英語に変わるという状況があるわけで、ラフマニノフがどのようにそれに対処していったのかという問題が興味深いのだが、この映画ではアメリカ人を含むすべての人が普通にロシア語を話しており、そういう問題はそもそも存在しないことになっている。
それから、アメリカ移住後は確かに実際に作曲活動はかなり停滞するが、しかし名曲もいくつか残し、斬新な和声やリズムが見られるようになり、明らかに新しいものを吸収し、作曲技法が深化しているわけで、それはアメリカでの生活からも学んでいたはずである。そういう面がこの映画の視点ではことごとく捨象されてしまっているので、やや物足りない。
また、ソビエト体制側の人間の描き方、資本主義のアメリカ人の描き方があまりにも類型的で、これは物語を単純化するためには致し方ないとは思うものの、上の問題ともからめてもっと違う描き方もできたのではないかとも思う。
ほかに、2メートルもある大男のはずのラフマニノフが映画の中では大男ではないとか、あるシーンでその当時まだ作曲されていなかったはずの曲がラフマニノフによって演奏されていたりとか、史実と異なるエピソードが挿入されていたりとか、いろいろ突っ込みどころはあるが、でも一つの映画作品としては決してデキは悪くなく、予想以上に面白く観ることができたし、ラフマニノフの生涯の大きな出来事に関してはだいたいうまく伝わるように描かれていて、貴重な映画であることは確かだろうと思う。