2004/12/21
ある言語学者のサイト(http://homepage.mac.com/karmatt/diary0410.html)で次のような記事を見つけた。
***
ヨーロッパの言語には,二人称単数形代名詞が2つある場合が,たくさんあります。1人の相手を指す形が2つになるわけね。一つは本来の単数形。も一つは,三人称や複数形からの転用形。
使い方は,前者を“親称”,後者を“敬称”として使います。
問題は,なぜ転用形の方が敬称になるのか?てえことなわけで。
ポライトネス的には,「単数」なのに「複数」であるかのように,
「二」人称なのに「三」人称であるかのように言うこと自体が,
相手を直に指すことを避けて間接化する“敬避”の働きをする,
と説明されるのですな。で,直接指す方は無遠慮なので親称ね。
って話をしたら,レスポンスメールがきました。ドイツ語の話。
ドイツ語にも“親称”の 'du' と“敬称”の 'Sie' の2つあって,
Sie は本来三人称複数形。「二」が「三」で,単数が複数なわけ。
いってみれば,1人の相手を「あの人たち」と呼ぶって感じね。
で,その使い方を考えてみると、、、
-------- 大学の教授はどんなに親しくても Sie で呼びます。
ところが神は,まるで友達のような Du を使うのです。
なぜそのような親しい呼び方を神にたいしてするのか,
疑問でした。
はああ,そりゃすごい! せんせは Sie なのに神様は du ってね!
神様は何よりも敬避の対象になるのかと思いきや,ちがうの〜?
-------- Du と Sie ではそれぞれ使う動詞の形も全く違うので,
Du で話しかけるかたちだと、本当に親しみを感じますし,
これはドイツ語圏では神を Du で呼ぶことで,
「近づく行為」をしているのだと思いました。
日本だと「神“様”」をつけるのに面白いですね。
いや,こりゃ,面白いねえ! 神様が 'du' だってことになると,
その神様は“絶対的他者”じゃなく,“自己内他者”って感じ?
もしかして,それ,プロテスタンティズムと何か関係あるかも?
ローマン・カトリックでも神様を親称形で呼ぶ? 違う気がする。
ふ〜む,神様を何と呼ぶか?って問題,けっこう面白いかもな。
***
ロシア語にも「あなた」という二人称をあらわす代名詞は、本来の単数形の親称(ты)と二人称複数形起源の敬称(вы)があって、神を指すときは、ドイツ語と同じように前者を使う。
どうしてドイツ語でもロシア語でも親称を使うかというのは、面白い問題だけど、「プロテスタンティズム」云々というよりも、「唯一神」であることと「単数形」ということは関係ないだろうか。それから歴史的には、敬称が出てきたのはかなり後になってきてからだから、古い親称がそのまま残ったとも考えられるかもしれない。
ただ、どちらにしても、神に呼びかけるときのロシア人やドイツ人と日本人の意識の差は考えてみるに値する問題のような気がする。
投稿者: Takahashi
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投稿者:Takahashi
グリムさま
>親称と敬称の区別がある言語では、敬称で言うだけで丁寧な表現になり、英語よりもシンプルな表現が可能なんじゃないかと
というのはとてもおもしろいご指摘だと思いました。敬語が形態論レベルで発達していないために、別の言い方を模索するというのは、おおいにありそうですね。
投稿者:グリム
Takahashiさま
親称と敬称の区別がある言語では、敬称で言うだけで丁寧な表現になり、英語よりもシンプルな表現が可能なんじゃないかと思います。たとえば英語で相手に名前を尋ねるとき、教室英語にありがちなのが「What's your name?」です。子供やクラスメイトに聞くときはそれでいいのですが、それ以外ではぶっきらぼうに響くので、普通は「May I ask your name (, please)?」といいます。
一方スペイン語では「Como se llama usted?」(como=何、llamarse=名前を〜と言う)というのが一般的で、社交的な場面でも使えます。親称の場合は「Como te llamas (tu)?」です。英語の方は遠慮気味な感じがしますが、スペイン語の方はよりストレートな感じがします。
中国語では、苗字だけ聞く場合の丁寧な表現は「您貴姓?」、フルネームを聞くときは「你[您]叫什麼名字?」(叫=名前を〜と言う、什麼=何)と言います。同輩や目下の人に対しては単に「你叫什麼?」とも言います。
投稿者:Takahashi
グリムさま
日本語でも謙譲語と尊敬語を間違うなどという場合がありますが、親称と敬称のような比較的単純なものをネイティブでもよく間違えるというのはおもしろいですね。そういう言語要素はそのうち同化がおこって、親称と敬称の区別がなくなっていくかもしれませんね。
投稿者:グリム
Takahashiさま
中国語の「你(ニー)」と「您(ニン)」のように、親称と敬称の発音が似ている場合、うっかり言い間違える可能性が高い思います。また、スペイン語の動詞の命令形は、原型が-arで終わる場合tuに対する命令形(親称=二人称活用)は語尾が-a、ustedに対する命令形(敬称=三人称活用)は-eとなり、原型が-erまたは-irで終わる場合は真逆で親称が-e、敬称が-aとなり、ややこしくてネイティブでもよく間違えるそうです。イタリア語の命令形でも同じ事が起こります。目上の人などにうっかり親称の命令形に間違えてしまうと、強いて言えば失礼になりますが、ラテン系のおおらかな人々ならちょっとの間違いくらい笑って許してくれるかもしれません。スペインやイタリアでは初対面でいきなり親称を使うことも多いので、間違いかどうかさえはっきりしないこともあると思います。
投稿者:Takahashi
グリムさま
こういう対人間の言語使用は、世代差や個人差も大きいので、なかなか語学書などではまとめにくく、外国人には分かりにくいところですね。
ロシアのプーシキンの詩で、好きな女性が自分に"вы"(敬称)で話していたのを、あるときうっかり“ты”(親称)と言い間違ったのを聞いて、男性が内心喜ぶというような内容のものがありますが、こういうのを実感として理解するのも、外国人学習者には少し難しいですね。
投稿者:グリム
Takahashiさま
語学書などにまとめられたルールは、その言語において「こういう使い方が望ましい」という「理想論」ともいえるでしょう。現実では「揺れ」あるいは「乱れ」も見られるはずです。
最近、北京オリンピックや食の安全問題などで中国関連の本がブームです。その中の一冊、田中淳著『中華人民今日は酷』という本で、中国語の親称・敬称の使い方について書かれていました。日本語では二人称は代名詞ではなく名前や呼称を使うことが多く、特に目上の人には二人称代名詞の使用を避けるのが一般的です。これは朝鮮語でも同じですが、中国語では二人称に名前や呼称を使うことはほとんどなく、英語のyouと同じ感覚で你または您を使います。特に北京周辺では你と您の使い分けは重要で、老人に対して你を使うと怒られます。辞書では親に対しても您を使うと書かれていることがありますが、最近の若者の多くは祖父母に対しても你を使い、専門家の教授はそれについて嘆かわしいと言っているので、やはり親や祖父母にも您を使うのが「理想」なのでしょう。また、商談で3,4日間酒を酌み交わす間柄になると、たいていは你で呼び合うようになります。最初は取引先に対して您を使ったほうがいいかもしれないが、先方が「您じゃなくて你でいいよ」と言って来ることもよくあります。中国でも親称への移行を提案することがあるんですね。
ヨーロッパの言語の多くは「親称で話す」という動詞(スペイン語:tutear、フランス語:tutoyer、ドイツ語:duzenなど)がありますね。漢和辞典では「爾汝之交(じじょのこう)」という熟語を見たことがあります。「爾」も「汝」も「なんじ」と訓読みし、「おまえ」「君」といった親称で呼ぶ親しい仲という意味です。
投稿者:Takahashi
グリムさま
貴重な情報をありがとうございます。
語学書でまとめられているルールというのは、
おおまかな傾向を知るための参考にはなりますが、
実際には個人差も大きいし、「揺れ」があって当然
ですね。
例えば、ロシアでも目下の方から親称への移行を
提案するのは失礼と言われますが、私個人の体験
でも、実際に10歳近く離れたロシア人の友達の
ほうから親称への移行を提案されたり、自分から
年上の方にしたこともあります。
投稿者:グリム
Takahashiさま
ドイツ語では親称・敬称の使い方に独特のルールがあり、大まかにまとめると以下のようになります。
ルール1:15歳以下の子供に対しては常にduを用いる。16歳、17歳ぐらいから親族以外で親交のない大人からSieで呼ばれるようになる。
ルール2:子供は親族以外の大人に対してSieを用いる。(幼児はまだduしかわからず、小学生に上がるころから大人に対してSieを使うように教育される)
ルール3:大人はどんなに年齢が離れていても双方からSie(親しくない場合)で呼ぶか、du(親しい場合)で呼ぶかのいずれかである。Sieからduへ移行するにはduで呼ぶことを承諾しあうことが必要。この場合、年齢差や上下関係がある場合、目上・年上の方からduで話すことを提案する(目下のほうから提案するのは失礼)。
ルール4:学生同士は初対面でもduを用いる。
ルール5:一度duを使うことを約束した人同士がSieに戻ることはない。
ドイツ語の辞書や語学書では大体こんな感じで説明されています。しかし、インターネットのいろんなサイトで調べてみたら、必ずしもそうでないみたいです。ドイツに滞在している日本人の証言によると、「20代のころは初対面の相手にduで呼ばれることとSieで呼ばれることが半々だったが、30代になってからはほとんどSieで呼ばれるようになった」というのもありました。どうやら20代までは「ルール1」でいう「子供(=若者)」の範囲内という感覚の人もいるようです。
また、こういうのもありました。会社で上司が部下に対して一方的にduで呼んでいるが、その部下はその上司からduで呼ぶ許可を受けていないため、ずっとSieを使っているというのです。また、周りの同僚が上司に対してduを使っている中で一人だけSieを使っている(自分は上司からduで呼ばれている)という例もあります(ただしこれは嫌がらせにあたります)。だからといって上司に対して「私もあなたにduを使っていいですか」と聞くのも勇気が要ります。「ルール3」に違反しているが、会社には上下関係がつき物だから仕方ないと割り切ったほうがいいかもしれません。
投稿者:Takahashi
グリムさま
いつも情報をありがとうございます。
オランダ語とドイツ語のように語彙や文法が非常に近くても、このような語用論的な側面が微妙に異なる場合に、言語コミュニケーション上の問題が生じそうで、興味深いですね。
ちなみに、ロシア語版のグーグルとウィキペディアはどちらも敬称のようです。
投稿者:グリム
Takahashiさま
最近知ったオランダ語の情報です。オランダ語で、親称と敬称は上下によって使い分けるのではなく、相手がjijを使ったらこちらもjij、uを使ったらこちらもuで応じるのが普通、というのはドイツ語と似ています。しかし、オランダ語では親称の使用はかなり頻繁で、uは特に遠慮が必要な場合に限って使われるそうです。たとえば初めてのお店でもjijを使ってもかまいません。ドイツ語だと学生同士や会社の同僚など同じ集団に属する場合を除いて、Sieからduに移行する場合必ず相手の承諾が必要とされていますね。つまり、ドイツ語では初対面でいきなりduを使うと相手を不快にさせますが、オランダ語ではそうでない場合が多いです。とくに、複数の場合は敬語で話すような場面でもuの代わりにjulieで代用する傾向があります。複数なのに動詞は単数形を用いるというのがしっくり来ないんでしょうね。
ドイツ語と方言程度の差しかないオランダ語、ベルギーでは地域によってオランダ語、フランス語、ドイツ語を使用するという点で比較してみると、ドイツ語やフランス語と違って独特でおもしろいですね。ベルギーではjijの代わりにjeを使います。オランダでjeは親称の目的格の弱形ですが、ベルギーでは主格もjeです。ちなみにフランス語でjeというと一人称の「私」です。ベルギーでは紛らわしいですね。
最近のグーグルの使用法の説明のページを開いたら、スペイン語版とイタリア語版では親称が使われてました。ドイツ語ではウィキペディアではduが使われていますが、グーグルではSieが使われていました。オランダ語、中国語、ギリシャ語ではウィキペディアでもグーグルでも敬称が使われています。このことから考えると、オランダ語、中国語、ギリシャ語は会話では親称をよく使うけど、書き言葉では敬称を比較的多く用いるという点で共通しているでしょう。