| 投稿者: だ〜

今年になってひょんな切欠でfacebookを始めました。
facebookは実名登録なのでここではオープンにはしませんが
学生時代の同窓生や元職場の仲間や一部有名人等と友達登録してリアルタイムでの情報交換をしています。
写真や動画も投稿でき、若い人達は携帯とPCの両方で稼動させて出先からカキコされています。
楽しいことも共有化できたり、助けを請うこともタイムリーにできますね^^

あと、mixiも形だけ立ち上げていますがこちらはもっぱら東南荘の面々との交流に。それと伝さんが立ち上げてくれた『大宰府の在所』がまだ活きています。
しかし、管理コードを忘れたので掲示板機能もカキコするだけ;;

このブログも年に数回更新するだけであんまり訪問客もいないのが実状です。
それでも気が向いたときに少しずつ更新していきたいと思います。
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タグ: facebook

  | 投稿者: youkosodazaifu

2011年12月25日のクリスマスの日に、我が太宰府少年ソフトボールリーグ連盟に所属するチームで活躍してくれた二人のOB〜大石投手&野上投手が太宰府に帰省してくれ野球教室を開いてくれました。

太宰府歴史スポーツ公園で小学生約150名を前に夢のプロ野球選手から野球を教えてもらい、小学生の子ども達は非常に喜んでくれました。握手してもらったり、サインをもらったりキャッチボールをしてもらったり一緒にミニゲームをしてもらったりとこの上ないクリスマスプレゼントでした。

両選手の今年の活躍を期待したいものです。クリックすると元のサイズで表示します
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  | 投稿者: だ〜

一年振りにトップ画面の更新!

去年は9人目、10人目の孫が誕生し、二桁となった。この少子化時代になんと国益に寄与する?ことか!

しかし、こども手当てはいいのだけども孫達が社会人世代になったら、そのツケが大きく廻ってくるだろうなあ〜

昨年12月29日教え子の大石達也投手の西武ライオンズ入団壮行会が福岡某ホテルで開催された。彼が小学校2年生のときに出逢って既に15年ほど経過することになる。

非凡な彼が、偉大な選手へのスタートをきることになったがプロ野球の選手もそう簡単な職業ではないはず。実力と結果と運と怪我をしない体が必要なキーファクターだろう。

1月4日にはまた上京し、埼玉西武ライオンズの寮に入寮し9日から自主トレが開始されるそうだ。焦らずじっくり鍛えて欲しい。まあ4月中に一軍でベンチ入りできれば自ずから活躍の場は訪れるはず。少し肥満(4〜5キロ)だそうだが、キッチリ走り込みをしてベスト体重でスタートしてもらいたいものだ。

今日は10人目の孫を抱く大石達也投手の写真をトップ画面に使ってみた。クリックすると元のサイズで表示します
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  | 投稿者: youkosodazaifu



私が住んでいる太宰府の名所$旧跡等を素晴しい写真で紹介しているサイトをご紹介しましょう♪

このサイトの管理人さんは、お持ちのカメラも凄いのですが、撮影スキルに魅力を感じます。太宰府の街並みや管理人さんがお出かけされた旅先の写真もあるようです。どうぞ、お茶しながらでもご覧ください!

http://www15.ocn.ne.jp/~iitoko/
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  | 投稿者: youkosodazaifu

という宝物とは、歌にも出てくるようにとんでもない存在のようです。
我が子を育てる(殆どワイフ任せ;;)ときは、仕事に夢中でよく考えてみるとそれなりに付き合って、それなりに『お父さん!』って呼ばれて何かと家族の絆と思っていたと猛省するところです。

私には、正式に血のつながった孫が現在8人います。年が明けると二人増える予定です。

つい、1〜2ヶ月前、娘の5歳になる長女が大学病院で手術入院していました。10日程の入院中、その3歳になる男の子(弟)を預りました。この息子が比較的私に懐いていまして、夜もおとなしく私の傍らで可愛い顔して寝てくれます。私もこの孫が機嫌損なわないように気を遣い、何かと行き過ぎた面倒をみちゃいます。ところが、お姉ちゃんが退院してきて母親が傍にいると一変しちゃうのです。そして、娘からはじ〜じぃが甘やかすから言うことを聞かないじゃない!甘えてどうしようもない!!と怒られる始末;;これが、実の娘だから何とか誤魔化せるけど義理の娘(息子達の嫁さん)だったら根が深い問題なんだろうなあと難問を抱えるじ〜じぃなのです!
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  | 投稿者: youkosodazaifu

はじめまして♪ だ〜のホットボックスをオープンしました。楽しみたいと思います!クリックすると元のサイズで表示します
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  | 投稿者: だ〜

2010年の初記事投稿です。

なかなか書くことが身近すぎてかけません;;

2010年 平成22年となりましたが、毎年この年明けに西暦や和暦を書く

書類等に前の年を書いたり、頭の中で『えぇ〜っと、何年だったかな?!』と

急に考えたりするようになりました。

今年は自分にとっても例年になく厳しい一年になりそうです。

まあ、これも運命だと思って流れに沿って頑張るしかないかな♪クリックすると元のサイズで表示します
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2012/2/13 | 投稿者: youkosodazaifu

今まで生きてきて海外へ出掛けるチャンスが何度かあった。回想録として大した訪問記とまではいかないが記録に残しておこう!

@お隣の韓国2回 (ソウル、プサン、慶州) Aアメリカ3回 (ロスアンゼルス、サンフランシスコ、オークランド、ラスベガス、ニューヨーク、サンジェゴ、ハワイ) Bメキシコ (ティファナ) Cイギリス (ロンドン、バーミンカム) Dドイツ (デュッセルドルフ、ケルン) Eベルギー Fフランス2回 (パリ) Gイタリア (ローマ、ナポリ、ポンペイ) Hバチカン市国 Iスイス (ジュネーブ)の10カ国かな

生きている内にヨーロッパに行けるといいなあと子どもの頃考えていたが、幸せなことに2回もヨーロッパに行けたことに感謝したい。

ニューヨークでは自由の女神の中を上ったり、五番街を闊歩したりセントラルパークを散歩した。今は破壊された世界貿易センターツインビルもまだあったなあ。ジャズのメッカであるブルーノート本店にも行ったがジャズの素晴しさが分るほど長けてはいない自分には接点が見つからない。

ラスベガスでは、スロットマシーンで1000$(当時1$=140円)出た。500$も当たって投資額から儲けは日本円で17万だった。ラッキー!

ヨーロッパでは、ヒースロー空港の上空を飛びながら緑の多さに整備された歴史のある高貴な国だなあと思った。ロンドンでは、食事は不味いとしか言いようがなかったなあ。二階建ての赤いバスとずんぐりしたタクシーは記憶に残っている。大英博物館でミロのヴィーナスを直近にみることができた。

ドイツではデュッセルドルフでの日本人の多さ(約2万人だそうだ)に安心したり、何故か黒人が多かったのにはビックリ。ケルンの大聖堂は世界一高い教会だが、約600年の歳月を掛け今尚完成していないという。外見上は立派に機能している教会なのだが、まだ至るところで補修や改修工事が行われていた。

フランスでは、パリの凱旋門に上ったり、シャンゼりゼ通りを歩いたり、エッフェル塔にも行った。ルーブル博物館は、とても一日では廻ることができない。『モナリザの微笑み』は思ったより小さく(横80センチ縦120センチくらいかな)教科書でしか観たことがない絵画が目の前に飛び込んできた。『スマート』という現地では日本の軽自動車より小型の二人乗りの車があちこちで見られた。駐車場は道路に縦列駐車されていた。また、マンションやビルでの通りからの洗濯物は殆ど外見上見れないようになっていて街全体が芸術品だなあと感じた。地下鉄では、ここも黒人が多く夜間は単独では乗車したくない。ルイヴィトンやその他の有名ブランドショップでは、やたらと日本人が多いのには閉口する。レストランではメニューは当然フランス語なので全くメニューがわかなない。外国に行って英語で表示されているものにほっとするのも不思議なことだと思う。

イタリアではローマ。日本の国がまだ国として機能していない太古の時代に既にヨーロッパで都市国家として成り立っていた歴史や遺跡などには唖然とする。しかも、今の300万人以上が暮らすローマの街の地下から今尚新しい歴史的発見があっている事実には驚嘆すべきことである。また東欧からの難民?ジプシーには危険すら感じる。女性達に取り囲まれたら金目のものはあっという間に奪い去られる。しかし、ローマでは食事が日本人の口にあうのだろうか?!英国のそれとは雲泥の差があり美味しかった。ナポリ〜ポンペイ観光ではその昔、ビスビオ火山の噴火により一瞬の内に街が消滅した遺跡(約2000年前)に脚を踏み入れた瞬間何ともいえない天災の恐ろしさを感じた。

スイスではジュネーブ。レマン湖で高さ50メーター?ほどの噴水が目玉になっている情景だった。シャモニーからアルプスへ登山ケーブル(約7分程)で登ったが、富士山より高いケーブルの到達駅では高山病に掛かり呼吸困難になったのには参った。しかも、天気は曇天(キリ)で景色は何もみることができなかった;;

韓国では大型客船で博多からプサンへ渡ったがプサンに到着するなり、キムチの臭いがしたのには驚いたが、その後度々キムチを食している自分には呆れる。また、本場の韓国焼肉はたいそう美味しかった。ビビンバも鉄の箸で食べることや混ぜるのにスプーンを使うのも多少文化の違いか!?ソウルへは福岡空港から飛行機で行ったが、車の渋滞と空気の汚さには魅力を感じない。更に、日本と違って走る車のボディは汚れまくっていた。

パリからロンドンへは、ドーバー海峡の海底トンネルで横断しているユーロスターで行けたこと(日本でいうグリーン車に乗車)は記念になるなあ。しかも、成田から最初にヒースロー空港に降り立ち翌日ブリティッシュエアラインズで移動した(日本でいうYS11より若干小さめのプロペラ機)ドイツのデュッセルドルフまでの快適な空の旅(全く揺れなかった)には感動すら覚える。その夜だったかレストランで食したビーフステーキ(ハーフの150グラム)の美味しかったこと。現地の人達はレギュラーの300グラムを時間を掛けて食べるとのこと。ドイツで飲んだアルコール10度の黒ビールにはビックリ!

ま、こんな思い出というか旅日記のカキコでした。 
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2008/12/30 | 投稿者: youkosodazaifu

12月28日、小生が所属する太宰府少年ソフトボールリーグ連盟が発足25周年を迎え、記念式典を行った。

12月10日、正式に西武ライオンズへ入団が決まった『野上亮磨投手』を迎え記念講演とサインボールの投げ入れ、子ども達からの野上投手への質問などを中心に式典を進めた。

また、功労者表彰を行い永年チームやリーグ連盟にご尽力していただいた方々や団体に賞状と記念品を贈呈した。

自分もかつてチームの監督として、休みの殆どを少年達とグランドで汗を流し、子ども達の成長を楽しみにやってきた。今は、リーグ連盟の会長として少しでも喜ばれるような活動を続けていきたいと思っている。

そして、今の楽しみは野上投手がヤフードームに凱旋当番し、ソフトバンクとの試合で活躍してくれるのを来年の楽しみと考えている。更に、2年後のドラフトでは、自分の監督時代の最後の教え子である『大石達也投手』※現早稲田大学2年=斉藤投手と同期
〜がプロ野球からドラフト指名され、晴れてプロ野球選手として活躍してくれることを願って止まない。
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2008/12/30 | 投稿者: youkosodazaifu

今朝、新たな孫が生まれた。

ここ数年、続けざまに孫が誕生し気がつけば10本の指に王手が掛かろうとしている。

とても、賑やかな一族になりそう♪

年が明ければ、また一人孫が誕生予定である。

誰も自分の子どもに孫の作り方を教えてはいないのに、よくもまあがんばるもんだ(笑)

将来、孫のすべての結婚式に参列できるよう健康に気をつけてがんばっていきたいと思っているが・・・。
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2008/12/5 | 投稿者: youkosodazaifu

今日のヤフースポーツニュースで太宰府少年ソフトボールリーグ連盟の『野上投手』が契約金8,000万円、年棒1,300万円で仮契約を結んだようです。

一気に大金が懐に入ることになるのですが、プロ野球の世界も厳しいものがあります。

毎年新人が入団するのですが、その分トコロテン式でかつての有望な選手がプロ野球の世界を去っていくんですね。そのプロ野球を卒業した選手は、第二の人生をスタートするわけですが、恐らく野球以外には経験がない人が多いと思います。一斉を風靡した年棒の高い選手は蓄えもあるでしょうが、その分生活もそれ相当のレベルで毎日を過ごしているのだと思います。住むところ、乗ってる車、身に着けている服、食べてるものなど等・・・。OBとなって球団に残れてコーチや球団職員など数少ない人の中に入るのも難しいようです。

一年目から活躍して欲しい野上投手ですが、まだ体ができていないように見受けます。体ができていないと、プロの世界では肩、肘、腰、脚と故障するリスクも高いので先ずは走り込みと筋力アップで体を頑丈なものにレベルアップしていくことが重要でしょう!

自分の当面の夢は、この野上投手と現在早稲田で投げている大石投手がヤフードームで投げ合う試合を観に行くことです。2年後のドラフトで必ず大石投手がどこかのプロ野球チームから指名されるものだと期待しています。
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2008/12/2 | 投稿者: youkosodazaifu

先日、ワイフと映画を観に行ってきました。昔、同じタイトルの映画も観ましたが監督や役者が違うとまた感激も違うものがあります。恐らく映画としては大ヒットになると思います。撮影に1年ほどかかったそうです。主人公の男優は9kgも痩せたそうです。もともと、スリムな体で更に役を演じるために・・・。役者魂も凄いものがあります。自分に置き換えると20kgくらい痩せなければならない計算になるのでしょう;;映画の内容の話は、みなさんご承知でしょうから直接かかなくてもおわかりでようが、最期は胸が締め付けられる思いで、主人公の無念さや残された家族の思いを考えると何を信じて生きていけばいいのか?と思いました。ふと我に返ると今のこの世に生まれてきた幸せに感謝せずにはいられないですね!しっかり、その幸せを噛み締めながら生きていかなければ先人たちの命の代償は報われません。恐らく300万人を超す戦死者の魂が叫んでいると思います! 

『しっかりせんか!』って・・・。
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2008/11/28 | 投稿者: youkosodazaifu

麻雀と言えば、自分が気がついたのは、親父が家庭麻雀で月に一度くらいだったか、親父の友人ち自宅の炬燵でチーポン、ロンと言ってその傍ら茶菓子を貪っているうちに何となく覚えたような記憶があります。

本格的には19歳になってから・・・。まだ細かいルールを知らない時代でした。最初に雀荘に行って、遊び始めたのがその頃で3日間も雀荘に詰めてたこともありました。

麻雀〜中国のお遊び 数の数え方は自然と中国式に数えるんですね^^

ですから、麻雀歴としては、もう35年ほど経つことになります。

若いとき名古屋で5年強住んでました。そのときは毎週のように職場で麻雀に誘われていましたねぇ〜

麻雀といえば、よくその人の性格が出ると言われています。打ち方をみれば人柄がわかりやすいとも思います。

東南荘に出入りする前は、違うサイトで遊んでいました。

最初は、少しでもRが増えて高レート卓で遊ぶのが楽しみでした。しかし、仕事から帰ってきてすぐPC立ち上げ麻雀に興じる自分を家内は呆れて、何回と無く気まずい雰囲気になったことか?!

自然と、家族が寝静まったころ徐にサイトに顔を出し音量も無音にして静かに遊んでいる自分。そして、会社ではその付けが廻ってきて昼間の眠たいこと!

東南荘で徹夜したことも屡!

多くの方とネット上で仲良くしてもらいました。ありがたいことです。

これからも、ネット麻雀を通じて語らっていきたいと思います。関西方面の方はよくノミニケーションも行われています。そのうち、飛び入り参加しちゃうかな^^
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2008/11/28 | 投稿者: youkosodazaifu

それは、知らない街で初めて見る風景や自然の素晴しさに心を奪われてしまい、まさに心の洗濯をしてもらうようなものです。

旅〜今までの人生とこれからの人生も恐らく旅は素晴しいものだと思います。

旅 その1としてまずはシリーズとしてスタートしますね!

記憶を辿ると俗に言う『旅』と言えるものは、小学生の修学旅行だろうか?

それ以前でも、家族と出掛けたことを証明する記念写真なんぞは実家のアルバムに貼ってはあるものの、ほとんど記憶がない。記憶があっても、断片的であり最終的に感想を聞かれても自分のこととしての答えは出てこないから不思議です。

福岡県久留米市で育った自分達の小学校の修学旅行は、雲仙・長崎でした。

次回、その修学旅行の中身を書きましょう!
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2008/11/28 | 投稿者: youkosodazaifu

野球といえば、自分の中学生〜高校生と6年間の思い出が脳裏と体に染み付いている。

小学生の3年か4年の自分の誕生日に、親父がグローブとキャッチャーミットとボールを買ってきてくれた。そして、その日家の前でキャッチボールをしてくれた。

親父は大正生まれで、若い頃野球をしていたらしい。それも、学校卒業後の中国満州電業(按山)時代らしい。

中学に入り、何か部活に入ろうと思って悩んでいるうち、あまり自信はなかったが野球部に入部した。まだ、中学1年生だと先輩の2年生や3年生の体の大きさや顎の髭に圧倒され萎縮していたのを思い出す。練習後の説教や今なら少し問題になるでろう体罰もあったような記憶がある。今の時代は熱中症防止で水分補給が注目されているが、当時は水を飲むな!また、夏は肩が冷えるから泳ぐな!と教えられた。

夏の甲子園では、投手はクールダウンと言って今では氷で肩や肘を試合後冷やしている。180度逆の時代である。我々の時代はなんだったのだろうか?(笑)

今日は、野球の最初のページとしてこれくらいにしとこう^^
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