追悼 山城新伍  邦画

70歳で逝った山城新伍

彼は一貫して東映娯楽路線で花を咲かせた男だった。
しかし、テレビ「白馬童子」ぐらいしか主役は張ってはいない。

彼は芸術風映画、例えばATG映画のようなものを心底嫌っていた風だったが、映画そのものは大好きだったことは言動に表れていた。

東映娯楽映画、時代劇でも、やくざ映画でも名作といわれるものには数多く脇役として出演している。

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彼を最初に見たのは不良番長シリーズだったと思うが、彼の人生そのものもかなり艶っぽいものだったように思える。
女優であった奥様を悩ませたであろう数々の武勇伝は、今はしまって置いてやってほしい。
つれあいとの関係は終わったとしても、娘にまでそっぽを向かれたのは一生の誤算だったのかもしれない。

時が経ち、憎しみが浄化されたとき、線香の一本もあげてほしい。
彼の映画を愛したファンとしてそう思う。

合掌
1



2009/8/16  20:41

投稿者:とみやす

いやー参りました(笑)。
ここまで女性の本音らしきものが聞けるとは

いま、一生懸命ロマンポルノにおける女性像を考えていたところなのですが、こういう映画は、実はよく見ると女性賛歌の映画でもあるのです。
ほとんどのロマンポルノは、好き嫌いは別として女性の「自立」のようなものを描いており、最後が破滅のような形で終わることは、ほとんど記憶にありません。
女性がいなかったならば、こういう映画は成立しませんし、ポルノ映画を見たからと言って、戦争にはなりません。
ごくごく平和な娯楽だと思っています。

違う性、女性にはそれなりの尊敬の念は持っているつもりなのに、理解されないと嘆いてはいけないのですね。
決して分かり合えないだろうという前提で、ふっとクロスするところがあればいいと。

言われるように、男は最善作が尽きると、破滅作をとりたがるもの、戦争に負けそうになると「特攻作戦」を取ったように
順応性はどうにもならないほど苦手な男が多いです。

私は常に女性の見方です(笑)。

2009/8/16  19:35

投稿者:文

>さしずめ、男性失格の私としては・

あれれ…全然「男性失格」じゃありませんよ。
仕事に生きる男は、最も男らしい男ですからね。

女がそれを理解して受け容れるか否かは、無関係です。
それは女のほうの事情であって、当の男性には関係ないことなんです。

>そこに女性が絡まないとすると実にすっきりした生活が可能ということですね

まぁ、何をおっしゃる(笑)。
「女が絡ま」なきゃぁ、何のための人生ですか。何のための仕事ですか。形だけでも「自然」にわざと屈服して、それを楽しんで生きていくことこそが、男子の醍醐味だと思いますよ。

自然を征服しようとすると、ダメですけどね…壊れますから。
壊れた自然は、もはや自然ではありません。


>女性が作る映画が、なかなかなものだとこの頃思っています

私たち女は、知力・気力・体力・精神力、その全てにおいて、男性に劣ります。これはどんなに女権論者が頑張ったところで、動かしようのない事実なんです。
それでも、私たちはちっとも困りません(笑)。
面倒なことや危険なことは、男にやらせますもの、へっちゃらですのよ(笑)。

いや、冗談はともかく、そんな私たちには男性にない最高の武器があります。
それは『順応力』
より現実的な性である女は、その時その時の状況に自分を難なく合わせることが出来ます。
男性は、これが不得手です。だから、環境に押しつぶされてしまうんですね。
いうなれば、いつまでも「最善」のみにこだわって、それさえを失うことになるのが男、ダメだと判ったらすぐに「次善」「三善」に切り替えていけるのが女です。

どうも神様は、女のほうがお好きだったみたいですよ(笑)。
すべての能力において男性よりも劣る私たちですが、恐らく最後に笑うのは私たちでしょう。

>直接関わらなくとも女性の艶は、絶対必要です(笑

ええ、勿論ですとも。
それなくして、殿方は良い仕事は出来ません。
私たち女が男性を必要とする、その100倍くらいの真剣さで、男性方は女を必要としていますからね。

てなわけで、勝つのは……女です。ホホホ…(笑)。

2009/8/16  15:03

投稿者:とみやす

文さん、長文の深いメール有難う。
私もそうだろうと思いつつ、何か理屈を言いたくなるのですね(笑)。

さしずめ、男性失格の私としては・・・

なんだろう?

人はいつの間にか、自分の生きたいように、住みやすい様に変えて行ってしまうものです。
そこに女性が絡まないとすると実にすっきりした生活が可能ということですね。
意識的に避けなくとも、何となくそうなるのもいいような気がします。

良くも悪くも日本映画好きとしては、映画が見れる環境があれば後はどうでもいいかというようなところがあるから、どんどん世間から外れていくのでしょう。(自戒を込めて)

ただ、私女性に一方的に絶望はしていません。
ブログにも書いた映画「異母兄弟」の「妾」から女性へと変わる壮絶な戦い等々・・・未来は、理屈を超えた女性の本能でしか救えないと・・。
日本は近い将来、間違いなく「債権大国」になるわけで、男の論理に任せていてはいけません。

女性が作る映画が、なかなかなものだとこの頃思っています。
「かもめ食堂」なんて絶対男には出来ない秀作ですもの。

直接関わらなくとも女性の艶は、絶対必要です(笑)。
ということで、
お後がよろしいようで(笑)


2009/8/16  9:20

投稿者:文

>私には、女の人は何を考えているのかさっぱり分かりません

わはは〜。そうでしょうねぇ。
女も、男性の考えることは「さっぱり分からない」んですよ(笑)。
でもね、お互いに「女とは(男とは)そういうものなんだ」と思えばいいだけの話なんです。

理解できなくても、なんの問題もありません。
火星人と付き合うことを考えて下さい。
環境だの育ちの違いだのとは全く無関係です。
「種」が違うのです。相互理解は無理です。
ただひたすら、相手の存在を認めて、慣れるしかないんですよ。

もうよくご存じのように、女に理屈は一切通用しません(笑)。
理屈で押そうとすると、ダメなんです。
かえって、理屈を言ってくる男をうとましいと思うだけです。
「あなたは結局、あたしのことなんか全然解ってないんだから!」と叫ばれるのがオチです(笑)。
そんなときに、「いや、そうでない。理解している。その証拠にこれこれこういう場合は、こうしてやったじゃないか」
なぁんて論理的に説明しようものなら、決定的にキレられます(笑)。

男性は、何故女がそこでキレるか理解できないんですね。
そして、私たち女は、何故男性がこの期に及んで…こうまで二人の仲が切羽詰っているのに……理屈を言おうとするのか、それが理解できないんですよ。

>そうすると、家庭を持つ意味合いがなくなるような気がしますが、同志としてならば存在できるのですか?

さぁ…女は「同志」なんか望んでないと思いますよ、多分。
結婚して家庭を持つのは、女の場合、かなりの部分を本能に拠っているんです。
そうしたいからするだけなんですね、きっと。
男性のように、「〜したから、〜なって、〜だから、〜となる」とは考えません。
「そうしたいから」「そう欲するから」「好きだから」「嫌いだから」
これだけです。
女の人生の多くは、これで構築されています(笑)。
家庭を「そうしたいから」持って、相手の男(つまり夫)にはそれを全面的に支え・守ってほしいだけです。

とみやすさんは、大自然に刃向かえるでしょうか?
大自然をコントロールできるでしょうか?
理屈の通らない「自然」というものに対して、唯一出来るのは「避ける」と「屈服する」だけではないですか?

女とは、まさにその「自然」です(^_^)/

2009/8/15  22:34

投稿者:とみやす

こんばんは

≪恨みは恨み、別の面を見て許すことなどまずありませんね。≫
自分の母親を見ていて、何だろうと・・・延々と繰り返す過去の怨みつらみ
私には、女の人は何を考えているのかさっぱり分かりません。
と言うのが、この頃の心境です。

(時が経ち、憎しみが浄化されたとき、線香の一本もあげてほしい。)
というのは男の幻想であると。

なるほど、そういう思考形態を持っているものですか?
この年になって何か女性学を勉強しているようです。

自分のしたことについては、責任を持つと言うことに尽きると思うのですが・・・。

まずい、土つぼにはまりそうです(笑)。

いや、この議論はつい最近、親しいものとやったような気がしています。

映画「身も心も」という映画のなかでも延々とやっていましたが・・・。

文さん、こうしてみるとやはり、これからは女の時代ですかね。
男のロマンはどうにもならないです。

で、一つ質問です。
そうすると、家庭を持つ意味合いがなくなるような気がしますが、同志としてならば存在できるのですか?

いい仕事をするには、女(男)子供は邪魔だ。と
言いすぎならごめんなさい、私自身はどこかでそんな風に考えているところがありますから。




2009/8/15  19:00

投稿者:文

そうそう。70歳だったんですねぇ、まだ。
今時、70は早すぎます。
若い頃は、男前でしたねぇ。

そうですか、そんなにそちら方面(笑)の活躍が多かった人なのですか。


>娘にまでそっぽを向かれたのは一生の誤算だったのかもしれない

あはは…。
男性って、そういう「誤算」がありますよねぇ。
下の、暴力教師(といっても昔は普通だったかも)のお話にしても、男性はこうして長年月たってしまえば、「いいところもあった。違う一面もあった」と思い出すのでしょうが、女は決してそういうことはありません。
恨みは恨み、別の面を見て許すことなどまずありませんね。

山城さんの場合もそうでしょう。
とみやすさんが「誤算」と表現なさったように、それはきっと「えー?そうまで責められなきゃならないこと?」なのでしょう(笑)。
でも、娘さんにとっては、死ぬまで許せないようなことだったのかも。

面白いですね、男と女は、こうして未来永劫、交わることのない平行の道を歩いていくんですねぇ。

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