動画を安易に考えない  邦画

私は日本映画を浴びるほど見てきた。

そして思うことは、動画は写真と違いある種の情感を込めやすいと思っている。
念を込めるといういい方はやや問題はあるけれど、とんでもないことに悪用しようとするとできてしまう。

拙い動画を撮りながらもなにがしかの「空気感」を感じることがある。

日本は八百万の感じる神々が存在するといわれている。
森を撮るとき、川の風景を撮ることさえも自然の畏敬を忘れてはならないと思う。

「火まつり」という大傑作映画が存在している。
自然への怖れをもっとも映像化に成功した事例だと思う。

私は神仏には無視に近い形で生きてきたと思っていたが、実はそうでもない。
生活そのものが自然との融合であったのかもしれない。

動画を撮りながら、意識しない自身の何かの導きなようなものを感じている。

正直に告白すると「亜樹旅日記1」の地蔵は無意識に入れたものでした。
違う形ではあるものの基本的には10本続けることになるけれど、何やら不思議な感覚がこの頃は芽生え始めている。

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PC明日設置予定
ネットで買えば一万円ぐらい安いし、自分ですべて設定すればさらに一万ぐらい安いけれど、結局業者にすべて丸投げという情けなさ
取説を読みなくない(笑)

そういえば「妻のトリセツ」というとんどもない本がヒットしているらしい。
世も末だ
下品もここまでやれば立派か?

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